Vischio

擬似TASTING


「どうぞ、こはねちゃん」
「わあ…! ありがとうございます、メイコさん!」
「ふふ、あとで感想聞かせてね」

 はい、と嬉しそうに返事をしたこはねが、メイコさんから渡されたグラスを両手で受け取る。そのまま隣にいた杏と「よかったねこはね」「うん!」なんて会話を始めたから、てっきりカウンター席に座るんだと思って眺めていたのに。こはねはにこにこしながらこっちに来て、オレの正面に座った。
 珍しいと思いながらも、それを口にしたらこはねはあっさり移動しそうだったから、出かかった言葉をコーヒーと一緒に飲み込む。カップを置いてそれとなく様子を見ていると、こはねはストローで中身を軽く混ぜてから口をつけ、表情をぱあっと明るくさせた。まるで周りに花でも飛ばしてそうな雰囲気。
 一言もしゃべっていないくせに、こうまでわかりやすく“美味しい”と表現できるのは、こはねの一種の才能だと思う。
 不意に湧いた悪戯心に従って、テーブルの表面を指先で叩く。トントン、軽い音につられた丸っこい瞳がこっちを見て、なあに、と言いたげに瞬きをした。

「それ、オレにも一口」

 笑いながらねだってはみたが、本当に分けてもらいたかったわけじゃない。驚くのか、戸惑うのか、両方か。それとも第三者に助けを求めるか?
 返ってくる反応を想像して待っていたら、こはねはにっこり笑って「はい、東雲くん」と口からはなしたばかりのストローをこっちに――

「…………は!?」
「え?」

 からかう気満々だったのに、想像してたのと違う。こうもあっさり了承されると苛立つというか悔しいというか、男としては全く意識されていないのがはっきりした。

「……冬弥にも同じことしそうだよなお前」
「青柳くんには甘すぎるんじゃないかな。杏ちゃんも青柳くんは絶対飲まなそうって言ってたよ」
「だろうな」

 真面目にズレた答えを返してくるのを雑に流しながら、差し出されたグラスを受け取る。山盛りのホイップクリームにチョコレートソースがトッピングされた、見るからに甘ったるいラテ。
 オレが飲むのをにこにこしながら見守っているのは、誰かとこれを分かち合いたかったからだろう。
 なんせこれはメイコさんがこはねのために作った試作品。今後メニューに加わるかどうかわからない代物だ。たぶん、頼めば作ってくれると思うけど。
 同じストローを使うことに躊躇いも羞恥心もあったが、こいつがなんとも思ってないのにこっちばっかり意識してるのが癪で、なんでもない振りをして口を付けた。
 ラテ自体の甘さは控えめで、ほんのりハチミツの風味がある。

「……美味いな。さすがメイコさん」
「美味しいよね!」

 身を乗り出してくるこはねが、珍しく食い気味に力説するものだから思わず吹き出してしまった。

「ど、どうして笑うの」
「力入りすぎだろ」
「だって、同じ気持ちなのが嬉しくて」
「そうかよ……ほら、返す。ありがとな」

 こはねが言う“同じ気持ちで嬉しい”は全然特別なことじゃない。なのに、今はオレだけが対象になっているという事実が優越感に似たものを感じさせて、浮かれそうになるのが我ながら滑稽だ。
 テーブルへと戻したグラスが再びこはねの両手におさまる。「また飲みたかったから言ってね」なんて、改めて意識してるのはオレだけだと突きつけながら、こはねはストローに指を添えた。
 小さく開かれた唇に、ちらりと覗く舌。どっちも柔らかそうで、今ならきっと甘い味がする。たぶん、舌先に残るラテと同じ味。
 確かめるすべがないのが惜しい。

「……まあ、そのうちってことで」
「?」

 不思議そうに首を傾げるこはねに「こっちの話だ」と誤魔化して、しばらく手付かずだった自分のコーヒーを飲み干した。




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