もうひとりの傍観者
――穴があくほど見つめる、とはこういうものを言うのかもしれない。
冬弥は彰人の視線の行き着く先を追いながら、ふとそんなことを考えた。
見つめられている方――こはねをちらりと横目でうかがえば、彼女は何か思うところがあるらしく先ほどから俯きがちだ。時折思い出したように胸元をぎゅっと握りしめては離すのを繰り返している。
「小豆沢、」
声をかけると、傍目にもわかるくらい肩を跳ねさせたこはねが慌てたように冬弥を見上げた。驚いたせいか、普段よりも丸くなった瞳と素早い瞬きに申し訳ない気持ちになる。
「すまない。考え事の邪魔をしたか?」
「ううん、大丈夫。どうしたの?」
「彰人が小豆沢になにか言いたげなんだが……」
冬弥がそこまで言ったところで、こはねは眉尻を下げて困ったように笑う。うん、と小さな相槌を打ちながらも少しずつ視線を落とし、再び俯いてしまった。
――なにかあったのだろうか。
まるで彰人の視線から逃げるような仕草に困惑してしまう。四人でいたときの様子を振り返ってみたが、これといって変わったところはなかったように思う。彰人とこはねもいつもどおりだったはずだ。
現在はチームメイトとして接しているから恋人同士の雰囲気とは遠かったけれど、ふたりの場合はそれが普通だと言える。チームとしての活動が終われば、彰人はスイッチが切り替わるのか露骨にこはねを恋人扱いすることもあるが――
「……私ね、今は東雲くんのこと見たくないの」
つらつら考え事をしていたせいで、冬弥はぽつりと落とされたこはねの言葉を理解するのに少し時間を要した。じわじわと浸透してきた内容にかなりの衝撃を受けていたものの、幸いと言うべきかそれを表には出さずに済んだ。
気づかぬうちに『見たくない』とこはねに言わしめるほどの事件でも起こったのか。
思わず問いかけたくなり彰人を見たが、彼の視線は相変わらずこはねに固定されたままである。
喧嘩をしている雰囲気でもないし、彰人に原因があるとは考えにくい。
「……なぜ、と聞いてもいいか?」
「えっと……東雲くんには言わないでね」
後で自分から言うつもりだと前置きして、こはねは俯きがちのまま冬弥に理由を――イベント主催者の女性と話している彰人を見たくないのだと苦しげな表情で告げた。
「――……なるほど。小豆沢のそれは独占欲とはまた違うのか?」
「へ!? ど、独占?」
驚きで肩を跳ねさせ、再び冬弥を見上げたこはねが勢いよく赤くなった。
後で彰人に小言でも言われそうだと思いながら無意識のうちに彰人の方をみたが、どうやら向こうに動きがあったらしい。ちょうど彰人を追って移動し始めていた杏と目が合い、笑顔になった彼女にひらりと手を振られた。反応を返す前に背を向ける杏を見送ってから、視線を戻してこはねを見下ろす。
「……つまり、彰人を独り占めしたいとか、自分以外と関わって欲しくない……とか、だろうか」
補足しながらも、冬弥自身はよくわかっていない感覚である。推理小説などを読んだときに、犯行動機として出てくることがあるな、程度の認識だ。これに関しては、おそらく彰人の方が詳しい。
「……そういうのも、すこし、ある……かも……」
だんだん小さく消えていく声とともに、こはねはまたもや俯いてしまった。先ほどの苦し気な表情とは違って、戸惑いと羞恥が大きいように見える。
独占欲と思われる彰人の行動を目にする機会は比較的多いが、逆は――少なくとも冬弥は――見かけたことがないからか、当事者でもないのになんだか安心感を覚えた。
(……よかったな彰人)
冬弥は微笑ましい気持ちを抱えながら、彰人と杏の様子をうかがう。ようやくイベントについての話し合いが始まったようだ。
件の女性と彰人の間には杏が居るように見えるが、安易に気にする必要はなさそうだとこはねに伝えるのもよくない気がした。
「小豆沢、たぶんもう少しで終わると思う」
「え、見ただけでわかるの?」
「おそらくだが……いいところが取れてるといいな」
「うん! でも杏ちゃんと東雲くんなら上手に調整してくれそう」
「確かに」
ふたりの交渉術を思い出し、冬弥は微かに笑いながらこはねに頷きを返す。そのままイベントで歌う曲の候補をあげている途中で、彰人たちが解放されたのが目に入った。
こはねに声をかけた冬弥は、ひとり先に飛び出てきた杏の行動を予想して、いつでも動けるように身構えることにした。
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1984文字 / 2023.12.29up
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