※イベスト「KAMIKOU FESTIVAL!」ネタで彰こは
※司がすぐに見つからなかったよif
※神高の構造その他諸々捏造
※イベストと4コマ情報のみで作成。今後サイストを読める機会がきたら修正するかも
→【10/2 追記】一周年の諸々で配布冬弥のサイスト読めたので、違和感大きかった部分に修正入れました
※司がすぐに見つからなかったよif
※神高の構造その他諸々捏造
※イベストと4コマ情報のみで作成。今後サイストを読める機会がきたら修正するかも
→【10/2 追記】一周年の諸々で配布冬弥のサイスト読めたので、違和感大きかった部分に修正入れました
「あ、あの……すみません。聞いてもいいですか?」
(……こはね?)
在校生と来場者の音が雑多に混じる騒がしい廊下で、彰人がその声を捕らえたのは奇跡だったかもしれない。
存外近くから聞こえた声に吸い寄せられるように視線をやると、宣伝看板を持った女生徒に話しかけているこはねが居た。
――来られないはずじゃなかったのか。
そう反射的に考えたのは、杏がこはねを誘ったときに、こはね自身が今日は家族で出掛ける用事があると言っていたからだ。もしこはねが来るのなら、自分のクラスの出し物――お化け屋敷で存分に“接待”してやるつもりだったのに。そう、なんとなく惜しい気持ちになった覚えがある。
改めて女生徒に話しかけている姿を見るが、やはりこはね本人だ。来場者に配られるパンフレットを片手に“困っています”とわかりやすく訴えているからか、相手をしている方も看板を下ろして親身に話を聞いていた。
「――それで、杏ちゃんの教室に行きたいんです」
教室がわかれば案内できる、と返す相手にパッと表情を明るくさせて礼を言うのを見たところで、彰人はこはねとの距離を詰め、彼女が被っているキャップを取り上げた。
「え!?」
「よっ」
キャップを取られた頭に両手をやりつつ振り返るこはねに挨拶すれば、目を丸くしたあと彰人を認識してふにゃっと表情を緩める。次いで彼女の口からこぼれた「東雲くん」には、あからさまに安堵した響きがあって彰人を落ち着かない気分にさせた。
これは今日に限ったことではなく、いつの間にか発生するようになった不可思議な感情の動きだった。彰人自身、薄々感づいていながらも認めるのが嫌で目を逸らしているもの。
「……知り合いかな?」
「あ、はい。すみませんセンパイ。彼女はオレが案内しますよ」
こはねの相手をしていた女生徒が持っていた看板の3−C表記と上履きの色を目に留めて、案内役を引き受ける旨を伝える。同時にこはねもぺこりと頭を下げながら彼女に礼を言った。
「どういたしまして。よければ私のクラスにも寄ってってね」
持ち上げた看板を揺らして、笑顔での宣伝も忘れないところに感心する。彰人はさっそくパンフレットを広げようとするこはねを止めて、人通りの少ない踊り場へと導いた。
「杏はどうした?」
「委員会の人に呼ばれてるよ。教室で待っててって言われたから行こうとしてたんだけど、迷っちゃって」
パンフレットにもクラスと出し物が書かれているはずだが、内部に慣れていないせいか現在地がわからなくなったらしい。
「杏ちゃんは先に連れてってくれようとしたんだけど、急いでたみたいだから断ったの」
「それで迷ってちゃ世話ねえな」
「う……」
言葉を詰まらせながらパンフレットに顔を埋めるこはねに笑って、持ったままだった彼女のキャップを被せる。鍔が前にくる被り方も悪くない、と思ったところで彰人は意識的に目を反らした。
(……らしくねえ)
見続けていると落ち着かなくなるくせに、見ていたい。しかし用もなく見つめ続けるのは不審でしかなく、さすがのこはねも理由を聞いてくるだろう。
見つめていたいだけ、なんてキザったらしいセリフを吐く気もないが、そんなことを考える自分のことも理解できない――したくなかった。
いつもどおりにキャップを被りなおすこはねの隣で、彰人は冬弥に現状を報告することにした。
杏とはぐれたこはねを保護したこと。杏と合流するまでは付き添う予定であること。一応、司の捜索も続けること。
手分けして司の捜索に動いている最中だったせいか、冬弥の反応は早かった。
曰く、「小豆沢を優先してくれて構わない。どうせならクラスに案内してやったらどうだ? 招待したがっていただろう」とのことだが、“招待したい”だなんてはっきり言った覚えはない。来た場合を想定した話はしたかもしれないが、それはこはねだけじゃなく杏も含めての内容だったはずだ。
「東雲くん」
冬弥とのやりとりに集中していたのと、内容の気恥ずかしさに肩が跳ねる。何も知らないこはねは彰人を驚かせたことに気づいて謝ってきたが、かえって恥ずかしくなるからやめてほしい。
「……で、なんだよ」
「えっとね、用事あるなら行き方だけ教えてくれれば大丈夫だから、」
「無理なら無理って言うし、冬弥には連絡ついたから気にすんな。あれなら目立つから近づけばわかるし」
遠慮を覗かせるこはねを遮ると、彰人の言葉を気にとめて「あれって?」と首を傾げながら聞き返してきた。
人物像を思い浮かべると、付随する声の大きさや大仰な仕草、遠慮のない態度で脳内がうるさくなるのが鬱陶しくて、つい顔をしかめてしまう。
こはね相手にそれを取り繕う気も起きず、彰人はしかめっ面のまま人を探していることを伝えた。
「…………もしかして、前に言ってた人?」
「お前に話したことあったか?」
「いつも自信満々で、かっこいいポーズを決めながら歩くって」
「あったわ」
いつかどこかで、身を縮めるようにして歩くこはねを見かねて話題にしたことがあったのを思い出した。そのときのこはねは自信を持てるようになるコツを聞きたいと言っていたような気がする。
彰人は司のようになったこはねを想像しかけてしまい、それを慌てて振り払った。
(オレがあいつを発見したとして、そんときこいつが行動を起こそうとしたら全力で止める)
自信を持つことは大切だと思うが、率直に言って司を真似るこはねは見たくない。
「そんなことより、杏の教室行くんだろ」
「あ、うん。ありがとう、東雲くん」
「……そういうのは着いてから言え」
にこにこしながら隣に並ぶこはねが「神高の文化祭はすごいね」と言いつつ、ずっと持っていたパンフレットをしまう。その行動は彰人を頼ることを明言しているようで、どうにもむずがゆい。気分が高揚するような感覚をわかりやすく言葉にしたら“嬉しい”だろうか。
「杏ちゃんと会う前にもいくつか見たんだよ。屋台とか、お化け屋敷とか。東雲くんのお勧めもあったら教えてほしいな」
杏と一緒に見て回りたいのだと笑うこはねはいつもより饒舌だ。彰人を見上げたことで意識が逸れたのか、向かい側から来る人とぶつかりそうになる。
こはねの腕を引くことで回避させると、予想よりも大きく動くものだから、驚いてそのまま抱え込んでしまった。
「むぐっ」
「……悪い、勢い余った」
「だいじょうぶ、ありがとう。ごめんね」
彰人の胸元へつっこんできたこはねが、ぶつけた鼻を押さえながら照れたように笑う。それを見た瞬間、うまく呼吸できずに息苦しさを味わった――いい加減、こはねへ向ける気持ちを認めるべきなのかもしれない。
「東雲くん?」
「いや、別に……行くか」
なんでもない風を装って先行しようと歩き出した直後、こはねが後ろで小さな悲鳴をあげた。
なにごとかと振り返れば、神高の男子生徒がこはねの腕を掴み「Vividsのこはねちゃん!?」と興奮した様子で大きな声を出したところだった。
「あ、あの」
「うわ、マジだ! こはねちゃんここの生徒じゃないよね、遊びにきたの?」
突然のことに身を竦ませるこはねの様子に気づかず、興奮したまま話を続ける男の態度に苛立つ。
静かに、だが確実にこちらを観察するような空気が広がっていく。周囲をとりまくこの雰囲気も、周りを見ていない男の態度も、なによりこはねを掴んだままの手が気に入らない。
呆然としていたこはねが唇を引き結び、背筋を伸ばす。なにか発言しようとしたことには気づいたが、彰人はそれをあえて無視して男の手首を掴むと、こはねから剥がしながら彼女を自分の後ろへ追いやった。
「セーンパイ。文化祭中にナンパしてたってこいつの相方に言いつけますよ」
どうやら三年生のようだが、こはねを助けてくれようとしていた女生徒とはえらい違いだ。
こはねを“Vividsの”と称するだけあって相方――杏のことは認識しているようで、ぐっと言葉に詰まる様子を見せる。このまま撤退すればいいのに、男は彰人を指差して食い下がってきた。
「お、お前はなんなんだよ!」
「オレ? オレは――」
端的に言えば仲間だ。同じ夢を目指すチームメイト。
男はVivid BAD SQUADのことを知らないようだから、杏からこはねを任されているのだとでも言えば追い払えただろう。なのに、彰人はそれを口にしようとした瞬間に物足りなさを覚えた。こういう輩を黙らせられるような、自分だけの肩書きがほしい。
「東雲くん」
控えめに彰人の服を引くこはねが前に出ようとするのを利用して、華奢な肩に腕を回す。驚いた様子のこはねを悟られないよう自分の方へ抱き寄せながら、彰人は男に向かってにっこり笑った。
「――センパイの想像に任せますよ。……これ以上邪魔すんな。いくぞこはね」
「え、うん……わ!?」
肩を抱いたまま方向転換すると、よろけたこはねが彰人に掴まる。それが後押しになったのかどうかは知らないが、特に追いかけられる様子もなく人混みに紛れることができた。
「ここまでくりゃいいだろ」
「びっくりした……私、あんな風に呼ばれたの初めてだよ」
人の少ない落ち着く場所を求めていたら、いつの間にか別棟にまで足を伸ばしていた。
文化祭中の荷物置き場と化しているらしい空き教室でこはねを解放すれば、彼女は先ほど男に掴まれていた腕をさする。無意識なのか、そのまま服をぎゅっと握り「びっくりした」ともう一度小さく呟いた。
彰人はそんな彼女を抱きしめたい衝動に駆られたが、さすがに“仲間”というカテゴリーに置かれている立場で無遠慮に触れる気はない。
「大丈夫か」
代わりに、なるべく優しくを意識しながら声をかけると、こはねは彰人を見て頷き、表情を和らげた。
「東雲くんがいてくれてよかった」
こはねがそう言って笑うだけで満足感を得られるのだから、恋ってやつは単純だと思う。
(……ほんとガラじゃねえわ)
思い通りにならないうえにややこしくて、意図せず振り回されるたびに厄介だと思う。だから受け入れたくなかったのに――どうしても、切り離して捨てることができない。
諦めの境地でこはねを見ると、彼女はなにを思ったのか上着を脱ごうとしているところだった。
「……いや。いやいや、なにしてんだ。どうした!?」
「これ気に入ってるんだけど、目立つのかなって……思って……」
確かに、今被っているキャップと揃いで身につけているのをよく見る。Vivid BAD SQUADで歌っているときも――Vividsとしてステージに立つときも。
(全然大丈夫じゃねえじゃん)
彰人が声をかけたときの姿勢で止まっていたこはねが、鞄からの振動音に気づいて上着を着直す。ほっとしたような、惜しいような。内心複雑な彰人をよそに、鞄から携帯を取りだして「杏ちゃんだ!」と明るい声を上げたことには安心した。
「杏、なんだって」
「えっと……委員会の用事終わったって」
「そりゃよかったな」
「うん! 一緒にいてくれて本当にありがとう!」
「別に。お前さ、もっと服増やせば?」
にこにこしながらそばに寄ってくるこはねを直視していられず、そっけない返事をしてしまう。彰人は自分の態度にうんざりしたくなるが、こはねは特に気にした様子もなく身を乗り出してきた。
「じゃあ、あの、」
「な、なんだよ」
気圧されて身を引くと、それに気づいたこはねが恥ずかしそうにしながら少し下がる。だが言いたいことは決まっていたようで、そっと彰人を見上げて「また服を選んでほしい」と口にした。
この瞬間、彰人の脳裏には“小悪魔”の三文字が浮かんだ。こはねの上目遣いの衝撃を和らげるべく片手で顔を覆う。クラスの出し物の一環で巻いている布きれが緩むのを感じながら、長々と息を吐き出した。
「だ、だめならいいの! お店には、東雲くんが居ないときに――」
「あ~~~、もうわかったよ。何着でもお前に似合うやつ選んでやるから予算決めとけ」
――こうなったら、こはねの好みを押さえたうえで自分の好みも織り込んでやる。
彰人がしれっとそんなことを決意している間に、こはねは嬉しそうに笑ってバイトのシフトを教えてほしいと手帳を開く。
直近の以外は覚えていないからあとで送ると約束しながら、まるでデートの予定でも組んでいるようだと落ち着かない気持ちを味わった。
手帳のカレンダーを見せられ、彰人が指差す先にこはねの文字が増えていく。神高の、それも教室の中で彰人個人の予定を書き入れるこはねを眺めるのは不思議な気分だった。
手帳を閉じたタイミングで、こはねの鞄の中からまた振動音が聞こえてくる。長く続くそれに彰人が電話だろうと言えば、こはねは慌てて鞄に手をつっこんで携帯を取りだした。
「あ! もしもし、杏ちゃ――」
『こはね今どこ!?』
彰人のところまで聞こえてきた杏の声がわかりやすく焦っていて、反射的に“やべえ”と口から出そうになった。こはねを杏の教室まで連れて行くと言ったのに、寄り道をした結果、現在地は目的地からだいぶ離れていたからだ。
「えっとね……東雲くん、ここどこ?」
『彰人? なんで? そこにいるの?』
「うん。私が迷ってたときに助けてくれたんだよ。え? うん、大丈夫。ちょっと待ってね――東雲くん、杏ちゃんが代わってほしいって」
電話をかけてきた勢いのままだと簡単に想像がつく状況で杏の相手をするのは避けたかったが、そんなことをしても無駄な労力を使うだけだ。
彰人は溜め息をついて、仕方なしに携帯を受け取る。もしもし、の応答を言い切る前に「今どこにいんの?」と数分前にも聞いたセリフが耳を直撃した。声が低く、こはねへ問いかけていたものとだいぶ雰囲気は異なるが。
「別棟の空き教室。どっかのクラスか部活が荷物置きに使ってる」
『なんでわざわざそんなとこに』
「こはねが厄介なのに絡まれたから避難してきたんだよ」
『ふーん……こはねに変なことしてないでしょうね』
「するかよ!」
『……まあ、いいや。今からそっち行くね』
「オレじゃなくてこはねに直接言ってやれ」
言いながらこはねに視線をやれば、彼女は彰人と杏の会話を気にすることなく上機嫌にパンフレットを広げていた。杏と回りたいと言っていたから、ルートでも考えているのだろう。全く気にされないのも切ないが、嫌な体験を引きずるよりはずっといい。
通話状態が続く携帯をこはねに返す。あとは杏が到着するのを待ってから冬弥と合流すればいいだろう。時計を確認すれば、そろそろクラス当番の交代時間も近い。
「――東雲くんにお礼したいな」
杏との通話を終えるなりそんなことを口にするこはねは、まだ彰人を振り回し足りないらしい。勝手に振り回されておきながら、文句の一つでもこぼしそうな口を覆って一呼吸おく。
「いらねえ」
「そこをなんとか」
「本人がいらねえって言ってんだから諦めろよ」
「でも、すごく助けてもらったし、一緒にいてくれたのも嬉しかったから!」
「…………なら、」
――抱きしめさせろ、と言ったら受けいれるのか。
やけに食い下がるこはねを前に、うっかり漏らしそうになった要求を飲み込んだ。
彰人が何かを言いかけたことには気づいたらしく、続きは?と言いたげに首を傾げるのだからたちが悪い。問答無用で抱きしめたらどんな反応をするのだろうか。
想像を溜め息で追いやって、ふとさっきの約束を思い出した。
「……今度、オレが選んだ服全部試着して見せろ」
半ばヤケクソで言ったことではあるが、よく考えればなかなか良いんじゃないだろうか。
自分の発言に満足感を覚えた彰人とは逆に、こはねがそれはお礼にならないんじゃないかと言い出し始めたが、もう決めたことだ。
「お前な、オレに案出させといてつべこべ言うなよ」
「だって……また私ばっかり得してる気がする」
「損するよりいいだろ」
納得いかないと俯くこはねの元へ、バタバタ慌ただしい足音が近づいてくる。ガラリとドアを開く大きめの音と被さってもはっきり聞こえたこはねを呼ぶ声にあわせ、彰人は彼女の背をぽんと叩いて送り出した。
***
文化祭は終わったあとの片付けが面倒だ。昼食を食べながらぼやいた彰人に、冬弥は「そうだな」と同意を口にしつつも、どこか楽しげに笑った。彼にとっては面倒さよりも新鮮さが勝るのかもしれない。
「そういえば弟くんさー」
「……その呼び方やめろって言ってんだろ」
まあまあ、と全く聞き入れる気のない反応に彰人のこめかみが引きつる。仕方なしに溜め息をついて続きを促せば、瑞希はにんまりと笑みを浮かべ、炭酸飲料の入ったペットボトルを持ったまま彰人を指さした。
「こはねちゃんと付き合ってるんだって?」
「――は?」
ぐしゃりと潰れたカフェオレのパックから中身が飛び出し、彰人の手を濡らす。辺りに漂うコーヒーの香りに反応した冬弥が使い捨てのお絞り(使用済み)を差し出してきたが、それどころではない。
「文化祭中、こはねちゃんをかけて先輩とバトったらしいじゃん」
「は?」
「絵名にも教えていい?」
「は?」
瑞希が話しているのは日本語のはずなのに、脳が理解を拒否しているようで内容がさっぱりわからない。
こはねがなんだって?
「あー……これバグってるな。冬弥くん、噂の真相ってどうなの?」
「……俺は何も知らされてないが、それが事実でも不思議じゃないとは思う。俺は知らされてないが」
「うわ、こっちもバグってる……もういいや、杏に聞いちゃお」
冬弥が物言いたげに彰人を見てくるが、彰人も何を言ったらいいかわからない。瑞希から聞かされた内容を脳内で根気強く反芻し、“とりあえず”レベルで把握したが――全部でたらめだ。絵名には絶対に言わないよう釘を刺さなくてはならない。
「全部……小豆沢と付き合っているというのもか」
「それを真っ先に疑うだろ、普通は」
「しかし、彰人は小豆沢のことが好きだろう? だから暁山が言うように、文化祭中に付き合うことになったのだと思ったんだが」
「なんて?」
「うん?」
「今なんて言った」
呆然と聞き返した彰人に、冬弥が不思議そうに瞬く。そのまま一言一句同じ内容を繰り返され、思わず頭を抱えそうになった。こはねへの気持ちは彰人がようやく認めて受け入れたところだというのに、既に筒抜けとはどういうことだ。
「……確かに、彰人から直接聞いた覚えはないが……目は口ほどに、とはよく言ったものだと思う」
「なんだそれ」
意味がわからず眉根を寄せれば、冬弥はふっと笑いながら自身の目元を指し、「小豆沢がいるときの彰人は割とわかりやすいぞ」と返してきた。
彰人がこはねのことばかり見ていると言いたいのだろうか。いつからか視界内にこはねがいることが多かったから、それは認めてもいい。けれど、わかりやすいと言われたら反論したくなるものだ。
「……わかりやすくはねえだろ」
またもや不思議そうに瞬いた冬弥がわずかに首を傾ける。そうだろうか、とでも言い出しそうな気配を察して、彰人は「ねえだろ」と願望混じりに繰り返した。そうでなければ、こはねにも伝わっている可能性が浮上してしまう。
「だが、少なくとも白石は――」
「弟くんごめーん! 杏がこっち来るって」
視界の端で電話をしていた瑞希が、冬弥を遮って割り込んでくる。彰人に謝ってくるあたり、既に面倒な予感しかしない。
「……お前余計なこと言ったんじゃねえだろうな」
「同じこと聞いただけだって! そしたら杏までバグってさあ、「聞いてないけど?」ってめちゃくちゃ低い声で言うし、ボクのほうが質問攻めにされて大変だったんだからね」
「知るか」
「こはねちゃんに直接聞くって言い出したの止めたんだから褒めてよー!」
こはねへ問う前に彰人に確認、という流れなのだろう。助かったという気持ちもなくはないが、やはり面倒なことになりそうだ。
彰人が溜め息をついて手を拭いていると、傍らに置きっぱなしだったスマホが震えた。部活の助っ人依頼かバイト先からかと画面を見たら、メッセージの送り主は現在話題の中心人物――こはねだった。
予想外のことに心臓が変な動き方をする。妙に緊張しながらメッセージを確認すると、彰人のバイト先を訪問する日時についての簡潔な内容で、文化祭のときに約束した服選びの件だった。
こはねの希望は土曜か日曜、経験則から店の状況を思い出しながら、客が少ないであろう時間帯を指定して返す。あとは店長に話しておけば当日融通を利かせてくれるはずだ。
嬉しい、楽しみ、ありがとう――立て続けに送られてきたメッセージとスタンプに緩む口元を押さえて、試着の件を忘れるなと念押ししたところでハッとした。
顔を上げれば、彰人に注目していたらしいふたりがそれぞれ笑みを浮かべる。冬弥は穏やかに、瑞希はやたらと楽し気で居心地の悪さを感じた。
「相手こはねちゃんでしょ」
「……だったらなんだよ」
「ちょっとー、なんで不機嫌になるのさ。微笑ましいなあって思っただけなのに……っていうか、ほんとにこはねちゃんだったんだ」
思わず舌打ちしそうになった衝動を溜め息で逃がす。曖昧に誤魔化せばよかったと思ってももう遅い。彰人は胡乱な目で瑞希を見たが、瑞希は全く気にした様子もなく「ふっふー」とわざとらしく笑った。
「噂も案外バカにできないよね」
「彰人、俺にできることがあれば手伝うぞ」
「ボクも!」
「……気持ちだけもらっとくわ」
できればなにもしないで放っておいてほしい。
こはねからの返信は気になるが、この状況で確認する気にはなれない。もし彰人の好みを織り込んだ服で、彰人だけが見られるこはねのファッションショーをやる予定だと知られたら、余計に面倒なことになりそうだ。
(……後でこはねにも口止めしとこう)
彰人はひっそりと決意して、これから発生するであろう厄介なイベント――杏からの問い詰めを乗り越えるべく、大きな溜め息を吐き出した。