私得アルトネリコ2パロ彰こは(前衛×歌姫)
騎士パロ兼ねてるので彰人くんの衣装はWDイベ限定のアレで。
健全だけどセリフだけ抜き出すと不健全になる延命剤投与ネタ。パロ元の用語はある程度いじってあります。
2人とも騎士隊所属。ツーマンセルで行動するのに慣れてきて、相手のことを頼りになるなーって思い始めたくらいの距離感。
冒頭はくっついた後の2人です。やることやってるし、ダイブ下層(LEVEL6以降)まで到達してる。
騎士パロ兼ねてるので彰人くんの衣装はWDイベ限定のアレで。
健全だけどセリフだけ抜き出すと不健全になる延命剤投与ネタ。パロ元の用語はある程度いじってあります。
2人とも騎士隊所属。ツーマンセルで行動するのに慣れてきて、相手のことを頼りになるなーって思い始めたくらいの距離感。
冒頭はくっついた後の2人です。やることやってるし、ダイブ下層(LEVEL6以降)まで到達してる。
少しだけ未来の話
「――こはね!」
彰人の合図に呼応するように、背後から聞こえていた歌が終わる。頭上から目の前に落ちる光球、派手な爆発音。地面を微かに揺らすほどの衝撃とともに、対峙していたモンスターの身体が傾く。
そのまま倒れ、動かなくなったのを確認した彰人は軽く息を吐き出した。
剣を納めながらパートナーの方を振り返れば、想定外だと言いたげな顔をしたこはねが魔法を放った姿勢のまま固まっていた。
「ずいぶん派手にやったな」
「うっ……なんだか抑えが効かなくて……ごめんね」
「別に謝る必要ねえだろ。お疲れさん」
手のひらを握ったり開いたりを繰り返しつつ、気まずそうに縮こまる様子に笑う。討伐対象を確実に仕留めたのだから堂々と胸を張ればいいのに。
彰人は彼女との距離を詰めながら、空の様子でおおよその時間を確認した。ここから宿までの道のりを考えると、そろそろ引き上げたほうがよさそうだ。
「こはね、残りは明日に回して今日はもう戻るぞ」
「うん。あの、東雲くん……ご飯のあと、お部屋に行ってもいいかな」
声をかけた彰人に対し、こはねはどこか緊張した雰囲気で、躊躇いがちにそんなことを言い出した。
――恋人が、寝る前に、部屋へ来る。
夜這いか、と言葉にしそうになったのを寸前で飲み込んだ彰人は、無言で彼女を見つめた。
現在、彰人とこはねは騎士隊として指令を受けた任務の真っ最中だ。
だからこそ宿はツインやダブルではなくシングルを二部屋確保したし、任務完遂のために連日モンスター退治やら暴走体の捜索やらに奔走して――
「……だめ?」
寄ってきたこはねにそっと覗き込まれ、彰人は反射的に喉を詰まらせた。考える間もなく「来ていい」と口から勝手に音がこぼれ落ち、一拍遅れて心臓が跳ねる。
彰人は嬉しそうに笑ったこはねを見下ろしながら、脳内に浮かぶ“禁欲”の二文字にバツ印をつけた。モチベーション維持には適度な触れ合いも大切だろう。
「――それじゃあ、東雲くん。これ、お願いします」
宿屋で出される夕飯を一緒に取り、一度解散したあと改めて彰人の部屋を訪れたこはねは、両手に包んでいたものを遠慮がちに彰人へと差し出した。
室内の光を反射して、青くきらめくこぶし大の結晶。
おう、と短い相槌とともに結晶を受け取った彰人は、期待が外れたことを察して思わずそれを握りしめた。ギチリと音がしそうなくらい力を込めてしまったけれど、それなりに硬度があるものだから割れる心配はない。
――これは、こはねが定期的に摂取しなければならない薬だ。別名、延命剤。その名のとおり、寿命を延ばす効果があるもので彼女にとっての必需品。今となっては彰人にとっても非常に大切なものである。
触れ合いを期待していたことが恥ずかしくなった彰人は、手のひらで目元を覆いながら奥歯を噛み締めた。
「……いや、でも期待するだろ。あんな言い方されたら」
「? 東雲くん?」
「こはね、お前ちょっとオレのこと殴れ」
「なぐ……え!? む、無理だよ……やだ」
ぷるぷる首を振って態度でも拒否を示しつつ、こはねは心配だと言いたげな顔で結晶を持つ彰人の手を包んだ。
「急に、どうしたの?」
彼女の両手から伝わってくる温かさに絆されて、静かに息を吐き出す。抱いていた下心に後ろめたさはあれど、こはねに隠し事はしたくない。
彰人は抵抗感と羞恥心を抑え込むと、自分を殴るよう言い出した経緯を余さずこはねに話すことにした。
「――まあ、オレが勝手に期待してたってだけだから。気にすんな」
「……するよ……東雲くん、当たってるもん」
ぽつりと落ちた呟きに瞬いてこはねを見ると、彰人が話をするうちに少しずつ染まっていた彼女の顔は、今や真っ赤と言っていいくらいだった。
こはねは俯きながら彰人の手を強く握りしめ、握った彰人の手も一緒に胸元へ抱え込んでしまう。ぎくりと動いた指先には気づいたはずなのに、こはねはそれには触れず口を開いた。
「終わったあと……お願いするつもりだったの。痛いの我慢したから、ごほうびに……東雲くん、ください、って」
しぼんで消えてしまいそうな声が彰人の胸に突き刺さる。激しく脈打つ鼓動と連動するように、こはねに握られたままの手が震えた。
そっと顔を上げた彼女の瞳は恥ずかしいと言いたげに揺れている。けれど、その中には確かに欲が混じっているのを感じ取った彰人は、ごくりと喉を鳴らした。
「……好きなだけやるから……あとで、もっかい言ってくれ」
歓喜か興奮かで震えそうになった声を抑えたせいで、紡いだ言葉は掠れるほど小さい。彰人はこはねを引き寄せると、そのまま腕の中へしまい込むように華奢な身体を抱きしめた。
うるさいくらい鳴っている心音はこはねにも聞こえているらしい。彼女は嬉しいと言いたげな雰囲気を隠そうともせず、彰人の胸に耳をぴたりとくっつけて甘やかな笑い声をこぼした。
強制イベントで縮まる距離
彰人たちが所属する騎士隊の任務には、治安維持のための見回りというものがある。割り振られた地域をパトロールして、周辺にいるモンスターを退治するのがメインの仕事だ。
まれに困っている住人がいれば彼らの手助けをしたり、担当地域外でも近い場所から通報があった場合には対処に駆り出されることもある。
もっと実力をつければ、騎士隊の本部から離れた地へ遠征する機会もあるだろう――が、現状ではまだまだ先の話だ。
彰人は対峙していたモンスターが倒れて動かなくなったのを確認すると、剣を納めながら背後にいるパートナーを振り返り、足早に近づいた。
戦闘中に紡いでいた魔法を暴発させて座り込むなんて明らかに異常事態だったけれど、モンスターを放置する方が危険だったから討伐を優先した。
「こはね」
呼びかけとともにしゃがみ、彼女の顔を覗き込む。彰人を見返してくるこはねの顔は真っ青だった。うっすら汗をかいているのに小刻みに震えていて、状態を確かめるために触れた指先が驚くほど冷たい。
彰人は内心焦りながらパートナーの――“歌姫”と呼ばれる種族の生態を記憶から探る。おそらく延命剤切れを起こしかけていると判断して、問いかけることもせずにこはねを担ぐと木陰へ運び込んだ。
延命剤は、時間経過によって勝手に削られてしまう彼女たち“歌姫”の寿命を延ばすための薬だ。それが切れるということは、つまり――
「……お前、死にたいのか?」
不躾に言葉をぶつけた彰人に対し、ゆっくりと瞬いて首を振るこはねを見つめながら、じわりと湧き上がってきた苛立ちを飲み込む。ここまで悪化するほど何も言わずにいたこはねにも、側にいたのに彼女の状態に気づけなかった自分にも腹が立っていた。
「なんで……言わねえんだよ。オレ、そんなに信用ないか?」
「ちが、う。ちがうよ東雲くん、ごめんね」
「謝るくらいなら――っ、わるい。半分以上は八つ当たりだわ」
「よ、予定では……薬が切れるの、まだ先で……だから、ちょっとくらいなら大丈夫だと思ってたの」
気まずそうに告げられた“ちょっとくらいなら大丈夫”は、延命剤切れが死と直結しているということを忘れてしまいそうになる。風邪薬や頭痛薬とはワケが違うのに。
薬を使うべき本人よりも彰人の方がよほど焦っているようで、どうにも調子が狂う。
「……はあ。今度から変だって思ったら早めに言え。いいな?」
「うん」
「絶対だぞ」
「うん。約束する」
「それで、薬は? 持ってるよな?」
問いかけながら、頷いてくれと祈りに似た気持ちで彼女を見つめる。
彰人は無意識のうちにこはねの冷えた指先を握り、ごくりと唾を飲み込んだ。延命剤は上から支給されるものだが、近場にそれを扱う施設はない。もしこはねが持っていないのなら、彼女に待っているのは確実な死だ。目の前にいるのに、何もできないまま見送ることになりかねない。
彼女たち“歌姫”が延命剤切れによって死亡した場合は遺体が残らない――水分となって空気中に溶け込んでしまうと噂されているが、本当だろうか。
最悪の想像にゾッとしながら、彰人はゆっくり息を吸った。こんなことなら、保険として一つくらいは自分が預かっておくべきだった。
――この世界に生きる人型の生物には、人間と“歌姫”の二種類が存在する。
彰人が前者で、こはねは後者だ。“歌姫”と呼ばれる彼女たちも生まれたばかりのころは人間であり、成長途中に遺伝子が変異した種である。
“歌姫”と名付けられているとおり、変異する可能性があるのは女性のみらしい。親子間で遺伝しても必ず発症するというわけではなく、見た目だけで判断するのは非常に難しかった。
騎士隊へと入隊した際、隊員は漏れなく“歌姫”についての知識をある程度叩き込まれる。なぜなら、騎士隊では前衛と後衛のふたり一組による行動が基本であり、後衛には“歌姫”が配属されることが多いからだ。
彼女たちは人間には扱えない独自の言語を操り、歌という形で強力な魔法を使う。ひとりで攻撃、回復、補助と多岐にわたる魔法を扱えるけれど、歌っている間は無防備になる。それなのに自分自身の身を守るすべは全く持たないため、必ず護衛を担う隊士を必要とした。
大抵の場合、パートナーとなる相手は騎士隊のほうで割り振られる。彰人とこはねも例に漏れず、自らが互いを選んだわけではない。一応、コンピューターによる相性診断はされているという噂だが精度は怪しいものだ。
彰人がパートナーとしてこはねに引き合わされたとき、彼女が自分と正反対のタイプであることに気づいて不安を覚えた。自信なさげな雰囲気と、俯きがちでおどおどとした態度。こいつを戦闘に出して大丈夫なのかと基本的なことからして心配だった。
しかも、出会った当初の彼女は回復効果のある魔法が一種類使えるだけだと言うのだから、それも不安材料の一つだった。戦闘では前衛が“歌姫”を守りながら時間を稼ぎ、“歌姫”が紡いだ魔法で一気に片を付けるのが基本なのに、それは無理だと言われたも同然である。
意外だったのは、早々に被る猫を捨てて「足手まといにはなるな」と告げた彰人に頷いたばかりか、ならないように頑張るから協力してほしいと言い返してきたことだ。
「――私、増やしたいの。魔法」
だからダイブ屋へ付き合えと真剣な目をして言われ、気圧されたのは彰人の方だった。
彼女たちが扱う魔法は、本人の感情が強く影響する。“ダイブ”は彼女たちの心の中――精神領域へと入り込み、心に揺さぶりをかけて魔法を開発する手段の一つだ。ダイブ屋はそれを行うための店である。
強化手段の一種とはいえ心の中を覗かれるに等しい行為であるため、大抵は信頼関係を築いたパートナーや恋人――親しい相手にしか頼まない。
(……って聞いてたけど……違うのか?)
彰人が接した“歌姫”はこはねが初めてだから、その辺の機微がまだよくわからなかった。無理はするなと言ったもののこはねは引かず、お互いに初めてとなったダイブ体験はかなり大変だったように思う。
成果として得られたのはこはねの新しい攻撃魔法と、わずかに向上した互いの信頼関係だろうか。
それからはある程度行動を共にしてふたりでの立ち回りにも慣れ始め、こはねが後ろにいることに心強さを感じてきた矢先だというのに。まさかパートナー喪失の危機に立ち会うことになるとは、まったく想像していなかった。
「こはね、」
「だいじょうぶ……薬、持ってるよ」
ほっと息をついた彰人は、ならば早々に使うよう言いかけた口をつぐんだ。延命剤は、錠剤のように飲みこんで終わりというものではない。
経口摂取ではなく、“歌姫”として変異した際に身体のどこかに現れる徴から入れる必要がある。
その徴は彼女たちの弱点でもあり、最大級の秘密だ。そのため普段は隠しているし、よほど親しい相手にしか見せない。場所すらも教えないものだと聞いた。
「……あっち向いてるから、終わったら呼んでくれ」
周辺の安全確認は済んでいるが、いまだに青白い顔をした彼女から離れる気になれず、彰人はこはねに背を向ける。手持ち無沙汰ではあるが、気軽に手伝うとは言えない行為だ。
剣の手入れでもして待とうと身じろいだ彰人は、袖を引かれたことに気づいて振り返った。
「どうした? やっぱり、オレがここにいたらやりづらいか?」
「あの……いれるの、東雲くんに、お願いしてもいいかな」
言いづらそうに、途切れさせながら告げられた内容に固まった彰人は、そのままこはねを凝視した。こはねは今、彰人に徴を――最大級の秘密をさらすと言っているのだが、聞き間違いか。
「……お前、マジで言ってんのか? 普段はどうしてんだよ」
「か、鏡がないと……それに、私、いつも上手くできないせいで……ずっと、痛くて……」
しどろもどろに話すこはねは、よほど延命剤の投与を苦手としているらしい。こはねの言う痛みが体験できない彰人には、それがどの程度なのかわからないものの、長引く痛みが辛いという感覚はなんとなくわかる。
こはねが“ちょっとくらいなら”と投与を先延ばしにした一因でもあるような気がして、彰人は頭を掻きながら唸り、観念したとばかりに息を吐き出した。
「……なら、手伝うけど……こはね、お前ほんとにいいんだな?」
急所である徴の場所を教えることも、ましてやそれを見せる行為も、彼女たちにとっては一大事だろう。
これが最後の確認だと思いながら、彰人はこはねを見つめる。彰人を見つめ返したこはねはゆっくり瞬いて、ぐっと息を呑んでから微かに頷いた。
「東雲くんになら、平気」
瞳に怯えのようなものを浮かべながらも、こはねははっきりと言い切った。こはねの言い方のせいか、まるで盛大な告白でもされたかのような錯覚を起こして心音がおかしい。
それを誤魔化すために、彰人は「わかった」と返して一度こはねから周囲へと意識を反らす。準備ができたら呼ぶように付け足すと、こはねに気づかれないようひっそり息を吐いた。
「東雲くん、これ」
こはねが自分の荷物から取り出したのは青い結晶だった。多角錐を二つくっつけたような――中央が太く、端にいくほど細まる形。こはねの手から両端がはみ出るくらいの大きさはある。
「――は? まさか、それがそうなのか?」
「うん」
あっさり頷いたこはねから結晶を受け取った彰人は、思わず手に乗せられた塊を握る。彰人には縁のないものだったから、こうして実物を見るのは初めてなのだが――
(……でかくないか?)
こはねの小柄で細身な身体にこれを入れる様子が想像しづらい。
どうやって入れるのか、そもそも入るのだろうか、と彼女へ視線を移した彰人は、こはねが背中のファスナーに手をやっている最中であることに気づいてぎくりと肩を揺らした。
慌てて顔を背けたものの、ドクドクとうるさくなった心音が落ち着いてくれない。緊急事態だというのに、不謹慎だろう。
(……つーか、背中、なのか)
鏡がどうとか、ひとりでは上手くできないと言っていたのはそれでか、と納得しているとこはねが距離を詰めてきた。
「し、しののめくん……」
「見てねえからな」
「あ、あの、みて……というか、おろして、ほしい……」
か細く震える声から飛び出た内容に驚きながらこはねを見ると、彼女は両手で自身の胸元を握りしめ、真っ赤な顔で縮こまっていた。
「ご、ごめんね……指に、力が入らなくて」
彰人は自分が声に出して返事をしたのかわからないまま、片手に握りしめていた結晶を再びこはねに預けた。こはねができないなら彰人がやるしかない。
「こはね、もっとこっちこい」
「っ、あ、あの……東雲くん」
「なんだよ。くすぐってえからあんま動く、な――」
彼女の背に腕を回し、取っ手の部分を探そうと覗き込んだところで彰人は動きを止めた。なぜ、彼女の正面から挑んでしまったのだろう。
頬に触れているこはねの髪がくすぐったくて、抱えた身体は温かい。指先の冷たさとは違ってきちんと温かいことにほっとしたが、それは一瞬だけだった。
あまりの近さに驚いて思考が飛ぶ。このままでいるのはまずい気がする。なにがまずいのかはよくわからないが、とにかく動かなければ。
「わ、悪い、いま離す」
「だ、大丈夫だよ。えっと、ね……ここらへんに、あるから」
つつ、とこはねの指が彰人の背中を這う。ぞわりと肌が粟立つ感覚に息を詰め、無意識にこはねを抱き寄せながら彼女の服を掴んでしまった。
「……おま……お前な、いきなりそういうことすんなよ」
動揺しながら呟けば、彰人の腕の中でこはねが微かに跳ねる。俯いたのか肩に額が触れ、ごめんねと小さな謝罪が聞こえた。
「あ、の、口で言うより、わかりやすいかなって……思って……」
ぽそぽそと付け足される理由はともかく、一度速度を上げた心音は全く落ち着く気配がない。彰人はぐっと喉を詰まらせて、目を閉じてから静かに息を吐いた。
「どこだって? もっかい」
「え、と……このへん」
さっきは不意打ちだったから驚いただけだと言い訳めいたことを考えながら腕を緩め、再度教えるように要求する。そろっと動いた指は左の肩甲骨、カーブになっている部分の真ん中辺りをなぞった。
「――ひあっ!?」
この辺りかと見当をつけて触れた途端、びくんと身体を震わせたこはねが声を上げる。同じくらい驚いて彼女の背から手を浮かせた彰人は、ドクドクと早鐘を打つ心音から意識を反らしながら息を止めた。
「ご、ごめ……ごめんね、へんな声……でちゃった」
「別に変じゃ……あー、その……急に触って悪かった。ちゃんと、言うようにする」
こはねがこくりと頷いたのを確認して、改めて現状に向き直る。
やるべきことは、ファスナーを降ろして、徴を確認して、そこに延命剤を投与だ。
「じゃあ、やるぞ。いいか?」
「ん、うん」
脳内でのシミュレーションとともに声をかけ、探り当てたファスナーの取っ手を掴む。
チ、チ、と微かな音を聞きながら少しずつ取っ手を降ろしていく。他人の――それも女子の服を脱がしているだなんて、事実を認識すると緊張感が込み上げた。
ともすれば震えそうになる指先に力を込めて、なにも考えないよう努力しながら息をひそめる。なぜ騎士隊は“歌姫”の制服をこんな構造にしたのかと明後日の方向へ文句を浮かべながら、無言のまま背中の中ほどまであるファスナーを降ろしきった。
ファスナーを全開にしても、自動で背中がさらけ出されるわけではないらしい。背骨に沿って服に切れ目が入ったような状態で、先ほどこはねが示した場所はまだ布地の下だ。
(……これめくっていいのか?)
「チャック、あいた?」
「ん、ああ。あいた……けど」
「ありがとう。えと、脱ぐね」
「は!?」
「か、肩! 出さないと、い、入れづらいと思うから」
しどろもどろに説明され、そうか、とかろうじて相槌を打った彰人は、眼下でもぞもぞ動いているこはねを意識しないように必死だった。
「……東雲くん、これ、おねがい」
「っ、わ、わかった」
なるべく遠くを見るよう意識していた彰人は、声をかけられて微かに肩を揺らした。胸元で服を押さえているこはねはうっすら赤くなっているし声も震えているが、戸惑いっぱなしの彰人も似たようなものだった。
差し出された延命剤を受け取って、やんわりとこはねを懐へ引き寄せる。下着の紐が肩からずり落ちて腕に引っかかっていることに心臓が反応して、思わず手のひらを握りしめた。
こはねが“この辺にある”と示した辺りには確かにタトゥーのようなものがあった。直径3センチ程度の複雑で緻密な紋様、おそらく延命剤はここから入れるのだろう。
「こはね、触るぞ」
「う、うん――んっ、」
「ここ、で……あってるよな?」
「あっ、ン、しの…めくん、あってる、から」
撫でないで、とこはねは彰人の服を掴みながら声を震わせる。
白くなめらかな肌は赤みを増していて、わるい、と呟いたあと無意識にごくりと喉が鳴った。
いよいよ延命剤を投与するという段階になり、彰人は手にした結晶をこはねの徴へ近づけた時点で動きを止めた。この小さな徴に、こぶし大はある塊をどうやって入れるのか。
「……こはね」
「ん……なあ、に?」
「これ、どうしたらいい」
「えっと……真ん中の丸いところに、ぐって刺す感じで、だいじょうぶだよ」
――オレが大丈夫じゃねえけど?
彰人は思わず反論しそうになった言葉を飲み込む。痛いからと嫌がっていたこはねの様子を思い出し、これは確かに痛そうだと小さく息を吐いた。
「こはね、もっとこっち……オレのほう寄っかかっていい」
「え」
「あとどっか掴んどけ」
「う、うん」
こはねを引き寄せ、彼女の手が自分の背に回ったのを感触で確かめる。
こわごわと服を掴む指先に気を取られながら、ゆっくり呼吸を繰り返した。
「――入れるぞ」
こくりと頷いたこはねの呼吸が浅い。痛みに怯える様子を宥めたくて、彰人はこはねを抱きしめるように腕を回して彼女を固定した。
「っ、ん……ッ、ン……」
言われたとおり、徴の中心に突き刺すようにして延命剤の結晶を押し込む。びくりと跳ねて、押し殺した声を漏らすこはねを見るのは苦しかった。
「こはね、息止めんな」
「だ……って……ぃ、ぁ……ッ、」
ずぶずぶと少しずつ沈んでいく結晶を支えながら、こはねを固定している腕に力を入れる。こはねは彰人の肩に額を押しつけ、浅い呼吸を繰り返していた。
「もうちょいだから頑張れ」
「ん……ふふ、ぁ、いっ……いた……」
「なにしてんだよ」
不意に笑ったかと思えばすぐに痛みに声を掠れさせ、彰人の服を握りしめる。こはねは彰人に寄りかかり、苦しげな吐息を漏らしながら「ありがとう」と呟いた。
「まだ全部入れ終わってねえんだけど」
「痛いの、変わってないのに……いつもより、つらくないから」
「まあ……自分でやるより早いだろうしな」
「それだけじゃ、ないよ」
ぽつりと呟かれたのと同時に、ようやく彰人の手から延命剤が消える。
全部収まったのかと確かめるように徴の中央に触れてしまい、再びこはねが声を上げながら跳ねた。
「し、東雲くん、そこ、くすぐったいから、だめ」
「……わるい」
ぎゅう、と彰人を掴んだまま訴えてくるこはねを見下ろしていると、とくりと心臓が鳴る。悪いと謝りながらも、機会があればまたしてみたいとぼんやり思った。
「こはね、さっきの……延命剤って余分に持ってるよな? オレにひとつ持たせてくれ」
また今日のようなことがあってはたまらないと思いながらこはねに言うと、彼女はろくに理由も聞かないまま「はい」と延命剤を彰人に手渡した。
渋られたところで説得するつもりだったけれど、そんなにあっさり大切なものを預けていいのだろうか。
「東雲くんだからだよ」
「……そーかよ」
「えっと、その……ま、また、お願いしても、いい?」
こはねは胸元を握りしめ、緊張をあらわにしながら彰人を見上げてくる。
彰人はぐっと喉が詰まるような感覚を覚え、それを誤魔化すために首元を撫でながら「いいけど」とぶっきらぼうに返した。
「お前のほうが嫌なんじゃねえのかよ」
「……私、東雲くんになら平気って言ったよ」
「っ、」
「それに、東雲くんにしてもらうとね……あったかくて、優しいのが伝わってくるから……痛いの我慢しやすいみたい」
こはねは彰人にはわからない感覚の話をしながら柔らかく笑う。
トクトクと普段よりも早い心音は、突発的に発生した特殊な触れ合いのせいなのかこはねの笑顔のせいなのか、はっきりしないまま彰人は大きく息を吐いた。
「とりあえず、今日は戻るぞ」
「うん!」
「……こはね、ちょっと手貸せ」
「手?」
彰人に向かって伸ばされた手――指先を掴む。驚いたのか、肩を跳ねさせたこはねには気づいたけれど、彰人は冷え切っていたそこが温かいことに安堵して口元を緩めた。
「東雲くん……?」
「お前の手、小せえな」
「そ、そう、かな」
戸惑うこはねに笑って彼女の手を解放する。
騎士隊の宿舎へ戻る道のりを歩き出しながら、今までよりもこはねとの距離が縮まっているような気がした。