Vischio

謎の洋館でホラー体験する冬杏


 視界の端でなにかが動いたと認識したのとほぼ同時。バタン、と大きな音が鳴った。

「なっ、なな、な、なに!?」
「ドアが閉じたみたいだな」
「は? え? なに? なんで?」

 視認できるほどに身体を震わせた白石が、浮かせた両手を彷徨わせながら音源を確認するように振り向く。
 背後を注視したまま寄ってくる彼女が何かを掴みたそうにしていたが、よそ見をしているせいでふらふらと危なっかしい。思わず腕を取れば「わっ!?」と大きな声を上げて跳ねた。

「白石、危ないぞ」
「とととと冬弥」

 勢いよくこっちを向いた白石は蒼ざめていて、反射的に「すまない」と謝罪が口からこぼれ出た。

「先に声をかけるべきだったな」

 唇をわななかせ、硬直したように動かない白石の方へ寄る。
 ぎこちなく名を呼ばれたから返事をすれば、浮いたままだった手が俺のジャケットを掴んで思い切り握りしめた。

「白石?」
「…………」
「どうした。声がでないのか?」
「むり…」
「うん?」
「無理無理無理無理……むり……こはねぇ……」

 数分前とは全く違う弱り切った声と、ずるずる沈んでいく身体に驚く。
 慌てて白石の腕を掴んだままだった手に力を入れ、支えながら一緒にしゃがんだ。
 白石は床に完全に座り込んでしまったが……女性が足を冷やすのは良くないんじゃなかったか。いや、室内はカーペットが敷き詰められているからまだマシだろうか。
 せめて床よりはソファかベッドに座ったほうが──

「冬弥、ごめん……立てない」

 俯いたまま膝を立て、白石が申し訳なさそうに呟く。
 ぎちりと音がしそうなくらい強く握られたままのジャケットを視界に入れて、さてどうするかと思案した。

「提案なんだが」
「置いていくのは無しだからね!?」

 食い気味に訴えてくる白石は必死なのだろうが、さすがにこの状態の彼女を置いていくほど薄情なつもりはない。
 そもそも、こんな得体の知れない場所で単独行動をするつもりもなかった。

「置いていかない。とりあえず、場所を移さないか」
「え?」
「床よりはそっちのソファのほうがいいと思う」
「…冬弥、私の話聞いてた? 立てないんだって言っ──」
「少し我慢してくれ」

 身を屈めて白石の上体を支えつつ、膝裏に腕を通す。
 存外距離が近いなと思っていたら、首に彼女の髪が触れてくすぐったかった。

「ちょ!? ちょっと、待った! 待って!!」
「なんだ?」
「なんだじゃない! なにしようとしてんの」
「立てないんだろう? 代わりに運ぼうかと」
「いやいや……え? これ私の感覚がおかしい? おかしくないよね?」
「? 持ち上げていいか?」
「よくな……わ、ばっ、うわ!?」
「し、白石、苦しいんだが」
「……よくないって言ったじゃん……」

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