Vischio

どうしてこうなった!?(序・こはね)


 冒険者になるために、幼馴染が村を出ていく。
 こはねがそれを知ったのは、幼馴染──彰人が出発の準備を全て終わらせたあとだった。

「明日には出る。しばらく戻らないつもりだから、一応お前にも言っとくわ」
「…………え?」

 さらりとなんでもないことのように告げられて、こはねは呆けた顔で彰人を見返した。彰人はこはねを見ているようで見ていないのか、目は合わない。いつの間にか胸元を握りしめていたらしく、服の下でトットッ、と少しずつ速くなっていく心臓の鼓動を感じた。

「今、巡回の司祭が来てるだろ?あの人の拠点が街だったの思い出してさ、ちょうどいいから一緒に連れてってもらうことにしたんだよ」
「し、しばらくって、東雲くんのお家は?」
「行くのはオレだけだから心配すんな」

 彼にとっては、決定事項を報告しているだけなのだろう。こはねは反射で頷きを返したけれど──頭の中はだいぶ混乱していた。
 
 ──いかないで。
 
 ふっと浮かんだ言葉が飛び出さないように、慌てて俯いて両手を使って口を塞ぐ。こはねは冒険者になりたいのだと熱心に語る彼の姿を知っているから、それだけは絶対に言えない……言ってはいけない言葉だ。
 いつかは村を出ていってしまう気はしていたけれど、それが明日だなんて急すぎる。どうして直前になるまで教えてくれなかったのか、もっと早く言ってくれれば、心の準備ができたのに。

「こはね」

 自分を呼ぶ声がいつになく優しくて、余計に顔を上げられなかった。いま彼を見たら、寂しさで泣いてしまいそうな気がする。

「……なあ、見送りしてくんねえの?」
「っ、」

 ひょいと覗き込まれたことに驚いて、こはねは思わず顔を上げてしまった。彰人と目があった途端、涙がこみあげてきてあっという間にあふれる。ぎょっと目を丸くした彼の姿が瞬く間にぼやけてしまい、焦りながら目を擦った。

「な、泣くなよ」
「ごめ…ん…、ごめんね……」
「バカ、謝んな。あ〜~〜、そうじゃねえ。そうじゃ、なくて」

 両手を彷徨わせていた彰人は、それを一度握りしめてからこはねの腕を引いた。ぎゅうと強く抱きしめられたことに驚いて、こはねの身体が勝手に震える。

「……お前に泣かれんの弱いんだよ。知ってるだろ」

 ぼそぼそ言いづらそうに漏らす彼の声は、こはねの涙を止めるのには逆効果だった。こはねはなかなか止まらない涙を彰人の肩に押し付けながら、彼の服を握る。自分を包むぬくもりにほっと息を吐いたあと、この温かさも明日にはないのだと思ったら離れるのが怖かった。

「別に、一生の別れってわけでもねえのに」
「だ……、て……」



***



 こはねは彼の夢を邪魔したくなかったし、いつからか、こはねにもほんのりと芽生えた夢がある。

『──お前のことも守ってやるよ』

 強い冒険者になったら、と笑う彰人が、ほんのり照れくさそうにしながら言ってくれた言葉。彼の家族と近い位置にこはねを入れてくれたのが嬉しかったのを覚えている。
 彰人がこはねを守ってくれると言うから、こはねも彰人を守れるようになりたかった。
 まだ誰にも言ったことがない、こはねだけの秘密の夢だ。

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