Vischio

恋をうたうカナリヤ 修正前ver.2

≫現実世界ED色々捏造。紅蓮の記憶が途中で戻る
≫瞳の弟だった夢を見たという話をしていたという前提





「だから、夢じゃないんだってば」

今日一日でどれだけ水分を消費しているのか、目も鼻も頬も赤くした従姉はホットミルクの入ったカップを傾けながら言った。
先ほどまでのしおらしい態度はどこへいったのか。
ときおりしゃくりあげる声が混じるせいで酔っ払いのようにも見える。

泣いたかと思ったら笑って、笑ったと安心した途端また泣く。かと思えば紅蓮が弟なのは本当だと言ったり忙しい。
本当だといわれても、紅蓮は彼女の弟ではない。
けれどそれを完全に否定する気にならないのが紅蓮自身にも不思議だった。
伯父夫婦に接するときに感じる安心感。この家に入ると“帰ってきた”と錯覚しそうになる自分。
幼少のころから入り浸っているせいだと思う反面、それだけではないと胸の奥で訴えられている気がした。

(それが夢に反映されてるってのか?)

まるで記憶の確認をとるように、瞳が思い出話を振る。
聞いた途端にその情景が思い浮かぶ感覚に苦笑しながら、瞳の気がすむまで付き合うことにした。
──本当に目の前にいるのは自分の知っている紅蓮なのか。
そう不安がっているのがなんとなくわかる。
今日になっていきなりそんな疑いをかけられるのは正直辛かったが、それで瞳が安心するのなら、

(と思ったけど、やっぱ……キツイもんはキツイな)
「ぐっちゃん?」
「なんだよ」

いつものように反応しただけでホッと息をつく瞳を見て少し気分がざわついた。
瞳が語る紅蓮は間違いなく自分であるはずなのに、別人として見られているような違和感。
どうすれば、これを拭い去ることができるのか──

『ぐっちゃん、イヤ! 目を開けて!!』

「ッ!?」
「……どうしたの?」
「いや、なんでも……」

ズキン、と頭が鈍い痛みを訴えた。

(なんだ?)

一瞬浮かんだのは、涙を流す瞳の顔だ。
ただ、目の前に居る瞳と違うのは蒼い眸とウェーブがかった淡い金髪。
パタパタ絶え間なく滴を降らせながら自分を抱えて、懸命に呼びかけている。

「い、てぇ……」

何が起こっているのかよくわからない。
ズキズキと強くなる痛み、先ほどからチラつく瞳と同じ顔をした金髪の女。

『愛するものと、自らと』

「ぐっちゃん……?」

『どちらかの命を刻の天秤にかけよ』

「~~~~~ッ、」

脳内に響く声を聞くたびに痛みが増して、声をかけてくる瞳に返事すらできない。
自分はこの声を知っている。
一体どこで聞いたのか、思い出そうとするのを痛みに邪魔される。
瞳の声が遠い。目を閉じると瞼の裏には森が映り、その先に弓を番えた少年が見えた。

『お前の刻はもうすぐ止まるのだよ、グリーエン──いや、紅蓮』

「ぐっちゃん!!」
「…………っ、…はッ、」

知れず息を止めていたのか、瞳の声に反応して短く呼吸を繰り返した。
矢に貫かれたような気がして思わず身体を確かめる。ありえないのに。

(今のは……)
「ねえ、だいじょうぶ? お医者さん呼ぶ?」
「へ……き、心配、すんな……」

青ざめた顔で覗き込んでくる瞳に手を伸ばし、そっと頬を撫でる。
──あのときと同じ、必死な顔だ。
ぐっちゃん、と泣きそうな声で呟く瞳が、金髪の女とぴったり重なった。

『なぜ僕が君にこんなことを言うのかわかりますか?』

『好きなものは好きではいけませんの?』

ようやく和らいできた痛みにゆっくり息を吐き出しながら目を閉じると、走馬灯のように浮かんでは消えていく光景。
覚えている。未だ夢には出てきたことがないはずの言葉の羅列。
覚えがないのに覚えているというのはなんとも矛盾した感覚だ。
紅蓮は知れずクツリと笑いを零した。

どうして忘れていたのか。
瞳の言うことは確かに真実で、自分が彼女の従弟だということも真実。
混濁する記憶は眩暈を呼び起こし、今にも気を失いそうだ。

「瞳……」
「な、なあに? 欲しいものでも」

紅蓮は瞳の手を引いて、腕の中に閉じ込めた。
驚いて身を固くする瞳の肩口に顔を埋めた紅蓮は、かろうじて聞き取れるほどの声量で「思い出した」と呟いた。

「何を?」
「…………わりぃ、」
「きゅ、救急車呼ぶから、ちょっと待って」
「少し、だけ、だから……」

ポロポロと絶え間なく落ちる涙で濡れた頬に口付ける。
紅蓮はそのまま「ごめんな」と呟くように告げて気を失った。

「け、携帯……」

紅蓮に抱きしめられたまま身動きが取れなくなった瞳は、視線を動かして目的のものを探した。
メールを見たあとベッドに放置していたことを思い出したまではよかったが、床に座り込んでいる現状では明らかに手が届かない。
こうなったら第三者に頼むしかないだろう。
瞳は何度か喉を整えると、階下にいるはずの母に声をかけた。

「……いないの?」

何度呼びかけても返事が返ってこない。
どうしよう、とパニックになりそうになりながら深呼吸を繰り返す。
苦しむ紅蓮を見るのはこれで何度目だろう。今回は原因がわからない分余計に怖かった。
せめてもの確認に、くっついている紅蓮の額に手を当てる。紅蓮は汗をかいているものの、熱はないようだ。

「ぐっちゃん、起きてよ…」

せめて離してくれれば、と力を入れて脱出を試みたがピクリとも動いてくれなかった。

「ぐっちゃん、」
「…う…」

根気強く呼びかけていると、ようやく反応があった。
瞳は一息ついて顔を覗き込んだ。

「だいじょうぶ?」
「ああ……、なんとかな。頭いてぇ……」
「水とか飲む? 飲みかけでよければミルクもあるけど」

眉間に皺を寄せて俯く紅蓮を気遣いながら、腕の中から抜け出そうとして身をよじった瞳は無言できつくなった囲いに目を瞬かせた。

「ぐっちゃん?」
「好きだ」
「え!?」
「お前のこと好きだ……愛してる」

瞳が突然の告白に固まっている間に、頬に軽い口付けが落ちてくる。
それが数回繰り返されたころようやく正気に返った瞳が紅蓮を押し戻した。
時間にすれば30分も経っていないのに、突然の変化には戸惑いしか生まれない。

「ちょ、なん、」
「……オレが、向こうでお前に言ったことだよな」

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