Vischio

有能サポーター

アスベルは鈍い。
もうほんっとうに鈍い。

教官のアシストも(これは絶対面白がってるだけだと思うけど)パスカルのふとした一言も、ヒューバートのさりげない指摘も、全部スルー。
その鈍さがありがたくもあるのは事実だけど、少しくらい意識してくれたっていいじゃない。

教官の口車に乗せられて挑戦したお色気作戦も見事失敗に終わったし(アスベルに対して実行したわけじゃなかったはずなのに、結果的にはアレだもの)、ますます自信なくしそう。

「はぁ…」
「シェリア?どうしたの、苦しいの?」
「ソフィ……ええ、ちょっとね」

遠目にアスベルの背中を見つめていたら、いつのまにか近くに来ていたソフィがちょこんと首をかしげて私を見上げてきた。
その頭をなでて髪を梳く。また少しパサついているみたい、今日は私が洗ってあげようかしらと思う。

「シェリア」
「なあに?」

逸れていた意識がソフィに連れ戻されて、真っ直ぐ見つめてくる視線とぶつかった。
僅かに下がっている眉尻と、私の手に添えられるソフィの手。

…さっき“苦しい”って答えたから心配してくれてるのね。

「大丈夫よ。体調が悪いわけじゃないから」
「じゃあどうして?わたし、治せる?」
「う…、」

どうやって答えたらいいんだろう。
頭を撫でていた手を止めて、言葉に詰まる。

「──ソフィ、残念ながらあなたじゃ治せませんよ」

突然現れたヒューバートに、彼の名を呼ぶ私とソフィの声が重なった。
チャ、と眼鏡のブリッジを上げて僅かに目を細めるヒューバート。
…身長差のせいで少し見下ろされる感覚は未だに少し戸惑う。
昔のヒューバートは私より小さくて猫背で、私が見下ろす側だったのに──

「シェリアの病気は兄さんにしか治せません。そうでしょう?」
「びょ…ってちょっと、ヒューバート!」
「アスベルなら治せるの?……わかった、待ってて」

私がヒューバートに食って掛かろうとしたのとソフィが頷いたのがほぼ同時。
一瞬あっけにとられた私は急いでソフィを後ろから抱え込んだ。

「だ、大丈夫!もう平気よソフィ!ほら、すっごく元気でしょう?」
「でも」
「そうですよシェリア。いっそのこと直接伝えてしまったらどうです」
「ヒューバートは黙ってて!大体、どうしたのよ急に。いままでそんなこと言わなかったじゃない」

腕の中で身じろぐソフィを逃がすまいと力を入れながら、横目で青い軍服を睨む。
彼はわざとらしいほど大きな溜息をついて、いい加減鬱陶しいんですよ、と呟いた。

鬱陶しいってなによ。
しつこく想い続けてるのが悪いってこと?いいじゃない、想うくらい自由でしょ?

「そうじゃなくて、溜息です。…気づいていないんですか」
「──」

「何してるんだ?」

ヒューバートに気を取られていたせいで、さっきまで遠くにいたはずのアスベルが近づいてきていたことに気づけなかった。
ソフィは私の腕から抜け出してしまったし、さりげなくヒューバートが私の背中を押したことでアスベルとの距離がますます縮む。

「アスベル、あのね、シェリアがね」
「うん?」

さっとアスベルに近づいて懸命に話そうとする様子はとても可愛らしいけれど、内容は十中八九私のことだ。のんきに愛でてはいられない。

「アスベル、違うの、違うのよ、なんでもないの!」

もう一度ソフィを後ろから抱えて口を塞ごうとしたのを、直前で本人の手によって強引に止められた。
い、痛いわソフィ…!

「だめ!」
「ソフィ、あのね」
「…我慢しちゃ、だめ。シェリアが言ってくれたんだよ?」

…確かに言ったかもしれないけど、それとこれとは違うのよ!
困りきった顔をしているだろう私と、私のために怒るソフィを見比べて不思議そうに首を傾げるアスベルは、まだソフィの言葉を待っていた。

「ソフィ、シェリアがどうかしたのか?」
「うん。苦しいって」
「あ、ちょ…ソフィ!」
「苦しい?」
「うん。アスベルにしか治せないってヒューバートが言ってた」

いきなり“苦しんでるから助けて”なんて言われても、どうしたらいいか困るに決まってるのに。
アスベルの表情を見ることができなくて、私は俯いたままソフィの手でアスベルに引き渡された。

「…アスベル、治してくれる?」
「ああ、任せておけ」
「よかった。これで安心だね、シェリア」

にこにこするソフィにつられて頬が緩んだけれど、大見得きったアスベルが内容を理解してるはずがない。
思わず見上げると、逆に問うように見返されてしまった。
近すぎる距離とさりげなく肩に置かれた手が落ち着かない。しかも、どうした、なんて優しく聞くものだから何もいえなくなってしまった。

「ぼくたちは行きましょうか、ソフィ」
「でも、シェリアが…」
「二人だけの方がいいんです」
「そうなの?どうして?」
「そ、それは…その、そうですね……教官の方が詳しいかと」
「うん、聞いてみるね」

段々小さくなっていく二人の声を聞きながらも、私は変わらず声が出せなかった。
この強引すぎる展開はなんなの。
もうヒューバートが謀ったとしか思えない。…後で覚えてなさいよ。

「シェリア」
「は、はい?」
「ぷっ…なんだよ畏まって。…それより俺はどうしたらいいんだ?」

……やっぱりそうよね。
どうせそんなことだろうと思ったわよ。

今なら、“病気”を理由に何を言っても許されるかしら。

手を繋いで。
頭を撫でて。
抱き締めて。

──ねえ、アスベル。お願いしたら叶えてくれる?

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