Vischio

oasis for the mind(運とローザ)


「わたくしの言葉、聞いてますの?」

「ええ、ちゃんと」

ダン、とテーブルを叩く音と、キツくなる視線。
そんなローザの態度など気にする様子もなく、青年はいつもの柔和な笑顔を見せた。

熱いから気を付けて。
笑ったまま差し出されたカップから、温かい湯気が昇る。
ふわりと続いた良い香りに誘われるように、ローザはそれに手を伸ばした。

「……いただきますわ」
「どうぞ」

軽く茶器が音を立てる。
ローザがカップの中身を冷まし、口に含むまで、青年──メグルは静かに待っていた。

「落ち着きましたか?」

クスリと溢される笑いと細められる目。
それを見て、ローザは小さく息を吐き出しながら肩から力を抜いた。

「──ええ、いくらか気が晴れました。その……いつも付き合ってくださってありがとうございます」
「おや、どうしたんですか?」

心底不思議そうに目を瞬かせて首を傾げるメグルから目を逸らす。
ローザは意味もなく自分の毛先を指に絡ませ、くちびるを軽く噛んだ。

「ですから、他人の愚痴なんて聞いてて楽しいものではありませんでしょう? ましてお兄様とルイさんの話だなんて」
「そんなことはありませんよ。もちろん楽しいとは言いませんが、僕はルイちゃんが……いえ、二人が幸せなら」
「欺瞞ですわ」

メグルの言葉を遮って、視線を合わせる。
揺らぐかと思ったけれど、彼は僅かに苦笑して、再度「そんなことはありません」と言っただけだった。

「僕はずっと見てきました。7年のブランクはあるけれど、彼女のことも、彼女を見つめる彼のことも」

──まただ。
ローザは知れず自分の手を組み、視線を下げる。
自分の知らない世界の話。兄──紅蓮とルイと、メグルの世界の話を聞かされるのは城の中だけで十分だ。
どうせその中に自分は入れないのだから。

「辛くないと言ったら嘘になります。……僕は彼女が好きですから」

話を終わらせようと思ったのに。
メグルの表情に何も言えなくなる。感情に引き摺られそうで──苦しい。

「でも同時に、二人が大切なんです。どちらも、同じくらい……自分よりも二人の幸せを願ってしまうほど」

大切なんですよ。
いいながら、メグルは柔らかく微笑んだ。

どうしてそんな風に割り切れるのだろう。
二人が幸せなら自分も幸せになれる? 見守る立場でいられる?

──無理だ。少なくとも、自分には。
それとも、時間が経てば同じように考えられるようになるのだろうか。

(わたくしには、わかりませんわ)
「ッ、すみません、泣かせるつもりは」
「!?」

ガタン、と音を立ててメグルが立ち上がる。
あわせて揺れたテーブルの上で、紅茶が波打って少し零れた。

「僕としたことが……ああ拭くものが、すみません、なにか布を」
「だ、大丈夫ですわ! 自分で持っています」

それよりも、泣くなんて──信じられない。

「……言っておきますが」
「?」
「わたくし、あなたに同情したわけじゃありませんから」

本当のところは自分でもよくわかっていないけれど。

「大体わたくし、いつもはこんなに弱くありませんもの。今日は……そう、たまたまです。偶然、水分摂取量が多かったに違いありませんわ」

少し強めに目元を拭って顔を上げる。
若干睨んでしまったような気がするけれど、ご愛嬌ということにしてもらう。

メグルは驚いた表情のままゆっくり瞬くと、不意に噴きだした。
すぐに謝罪の言葉が続いたが、クスクス笑いながらでは意味がない。
ローザは眉を顰めると、今度は遠慮なくメグルを睨み付けた。

「すみません、」






無性にこの二人が一緒にいるところが書きたくなった。

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