Vischio

Vergissmeinnicht

『……! ……ッ、……!!』

水を通したような音。
はっきりと聞こえないソレはとても必死で、引き込まれてしまいそう。

──呼ばれているのは私じゃないのに──

繰り返される名前は誰のもの?
懸命に手を伸ばして、掴もうとしているのは誰なの?

『……忘れるなッ!……私は……』

どうしてもいなくなるというのなら

わたしをおぼえていてほしい

わたしを──わすれないで

──学問の国ロッド。
紅の彩が目立つ城の廊下を進みながら、紅蓮は小さく息を吐き出した。
朝食の時間が間近にせまり、料理長に呼びとめられてメニューを告げられたその足で、彼は未だに姿を見せない瞳を起こしに行くところだった。
いくら昨夜寝るのが遅くなったとは言え、そろそろ起きてもらわないと困る。

「おーい瞳、そろそろ……瞳?」

当然寝ているものだと思っていた瞳は、膝に顔を埋めて自分の肩を抱いていた。
具合が悪いのかと慌てて近寄ると、気配に気付いたのだろう。彼女はゆっくり顔を上げ、紅蓮を視界にいれると腕を伸ばした。

「ぐっちゃ、ん……、っく、」
「ッ、なに……泣いてんだよ」

紅蓮は片膝をベッドに乗り上げて、伸ばされた腕を取る。
幼子をあやすように背を叩くと、ぎゅうときつく締められた。

「おい、苦しいって……どーした?」

聞いてみても、瞳は嗚咽を漏らすばかりで要領を得ない。
涙で衣服が濡れるのを感じながら、紅蓮は瞳の髪を優しく梳いた。

「泣いてたの」
「……お前が?」
「ちがう……男の子……」

いかないで

おいていかないで

ずっといっしょにいてくれるって──いったのに……

ようやく落ち着いたらしい瞳は、頭を撫でられながらぽつりぽつりと夢の話をしだした。

「一生懸命……悲しい声で、呼ぶの……」
「……瞳は駄目だからな」
「? 何が?」
「連れていかせねーって言ってんだよ」





“わたしをわすれないで”をテーマに書こうと思ってました。
タイトルもどきはワスレナグサの独逸語訳なんだそうです。


Powered by てがろぐ Ver 4.2.0. login