Vischio

【没ver.】睡恋華[etude II]

春休みは基本的に暇だ。
特にオレは進学するだけだし、課題なんてものもねーし。
一日中ゆっくり過ごせるはず、だった。



「………………」
「あとね、これと、これ」

家族が増えたから、と引っ越してきた新しい家は広い。
キッチンはもちろん、リビングだって大きめのソファにテレビにテーブルを置いてもまだ余裕がある。
その大きめのソファの上で、何故かオレは今身動きがとれない状態だった。

それもこれも隣で“スウィーツ100選”なんて本を熱心に見ている瞳のせいだ。
アップルパイ、レアチーズケーキ、トリュフショコラ、プディングにタルト……甘いものオンパレード。写真はもちろん“おいしそう”と思わせるように撮られていて、抜け目なく店の場所と値段まで掲載されている。

春休みだからと近場の店で食べ歩きをする気満々だった瞳は、オレの一言に過剰に反応した。
あの時うっかり口を滑らせたりしなけりゃ、きっとオレは予定通りゆっくりと春休みを満喫できたんだと思う。



◇ ◇ ◇



「ぐっちゃんのおススメってある?」

瞳は友達から借りたと言いながら出した本──スウィーツ100選──を引っ張り出すと、ソファでくつろいでいたオレの横に来た。

「ストロベリーカフェもいいんだけど、甘味処も行きたいしホテルのパーラーも美味しそうでしょ?」
「……まさかそれ全部行くのか?」
「残念だけどさすがにそれは無理。だからおススメあったら教えて?」
「んなこと言われても、よくわかんねーんだけど」
「そうなの? ……じゃ、食べたいものでいいわよ?」

そういうことなら、と瞳から本を借りて捲ってみると、近場の喫茶店での出品物が色々と紹介されているようだった。
オレも甘い物は嫌いじゃない──好きってほどでもないけど──から、その程度なら協力できる。
だけど、それに載ってる菓子の値段に思わず眉を寄せてしまった。

少し前まで金の遣り繰りをしてたのが原因だと思うけど、オレはそういうのに煩いらしい。
自分じゃ意識してないものの、以前友人から言われた事があった。

「もっと安くなんねーのかよ」
「何言ってるのよ……これくらい普通でしょ?」「味なんてそんな変わんねーだろ。瞳には金の無駄じゃねーの?」
「な……」
「違いがわかるってんならともかくさ。お前わかんねーだろ?」
「……そんなこと言ったって、近くのスーパーには売ってないでしょ!?」

──否定しねーのかよ。

呆れるオレから本を取り返した瞳は「安い方がいいに決まってるじゃない」と文句を言って、唇をとがらせた。

「作れば?」
「……ぐっちゃん、誰に言ってるの? 嫌味?」
「あー……そーだよな。言い直す。作ってやろーか? まあ、味の保障はできねーけど──って、イッ!?」

一瞬でオレと瞳の距離は詰まって、オレは瞳に圧し掛かられていた。
間には借りたと言っていた本があって──友達のじゃねーのかよ──期待に満ちた眸をした瞳の顔が近い。というか……痛いし重い。

「~~~~ッ瞳!」
「ほんと?」
「はあ?」
「つくってくれる?」
「……できるヤツならな」



◇ ◇ ◇



……口は災いの門ってほんとだな。
これからの予定は菓子作りで埋め尽くされたも同然だ。

オレは何度目かわからない溜息をついて、横にべったりくっついて離れない瞳を盗み見た。
相変わらず嬉しそうに本を眺める瞳は、飽きることなく甘味の選別に忙しい。

「これも美味しそうよね」
「……太るぞ」
「う、……でも食べたいじゃない」
「はぁ……だからって毎日は無理だからな。材料だって買いにいかなきゃなんねーし」
「う~ん……」
「まぁ精々悩めよ」

そうは言ったものの、瞳が飽きない限りこの体勢のままなのかと思うと気が重い。すぐ横にある体温が落ち着かないし、瞳の髪がくすぐったい。
大体背もたれがあるのになんでオレに寄り掛かってんだ。

「ふぅ、なんか眠くなってきた……」
「は?」
「今ならいい夢見られると思わない?」
「寝るのはいいけど自分の部屋行けよ?」
「んー……」

そう言ってる傍からなんだか半分寝てるような返事。
このまま寝られるなんて冗談じゃない。

「おい、瞳」
「うん……ぐっちゃんあったかい」
「んなことどうでもいいから起きろ。起きて部屋行けって」

瞳はオレの言葉なんて聞いてないかのように本を閉じ、猫のように擦り寄ってきた。
ただでさえ身動きが取れないのに、これじゃあ完全に閉じ込められたようなものだ。
オレじゃまだ瞳のことを運んでやることは出来ないのに──そんなオレの葛藤など知る由もなく、瞳は寝息を立て始めた。

「…………マジかよ」



寝ている人間というのは重い。
肩を貸しっぱなしにしているのが段々辛くなって、散々悩んだ末に瞳を起こすことにした。
どうしても寝たいのなら、やはり自分の部屋へ行ってもらうのが一番いい。

「瞳」

声をかけて揺らす。
ピクリと反応を返してきたから起きてくれると思ったら、うっすら眼を空けただけでまた閉じた。

「おーい、起きろよ」

さっきよりも力を入れて揺らすと、瞳はぐらぐら揺れてオレの肩からずり落ちた。
床に落ちるんじゃないかと焦ったものの、ずるずる滑るようにして着地した先はオレの膝。

「…………男の膝枕なんて気持ちよくねーだろ」

とりあえず頭を打たなくてよかったと安心したはいいけど、瞳が起きるのが先かオレの足が痺れるのが先かの持久戦に変わっただけだ。
名前を呼びながら肩を揺らしてみる……が、起きる気配がない。

「落とすぞ」

足をぶらぶらさせて言うと、ようやく瞳が身じろいだ。
瞼をゆっくり開いて、焦点の合ってない眸でオレを見る。

「…………ぐっちゃん、」
「ん?」
「ひどい……」
起きて第一声がそれってどういうことだ。

──やっぱ落としてやればよかった。

溜息混じりに瞳を見て「何が」と問えば、目の前で出来たての菓子を落とされたらしい。
……もちろん夢の話だ。

「駄目って言ったのに」
「夢だろ」
「おいしそうだったのに……」
「だから夢だろ? んなもったいねーことするかよ」

ぶちぶち文句を言う瞳に呆れ混じりに言うと、「ほんともったいないわよね」と返ってきた。
寝ても覚めても菓子三昧なんて、甘ったるくて嫌になりそうなものだけど、瞳はそうじゃないらしい。

「で? 決まったのかよ」

話題転換のつもりで聞けば、ゆっくり瞬いた瞳はパッと顔を明るくして大きく頷いた。

「うん! ぐっちゃんが落としたやつにする」
「…………あ、そ」
「食べられないの悔しかったんだもの」「わかったから……どれだよ」
「えっと……」

にこにこしながら本を捲る瞳を見て、完成するまでは夢から離れないんだろうなと苦笑が漏れた。

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