Vischio

【没ver.】睡恋華[etude I]

≫睡恋華[prelude]後、春休み中
≫ぐっちゃんはちびっこです。ついでに世話焼き。




「瞳、起きろ!」

バン、と大きく開けた扉。
遠慮なくテリトリーに入り込み、容赦なく布団を剥ぐ。
瞳を起こすにはこれが一番有効だと学んだ。

「う……ぐっちゃ、酷い……まだ休み……」

往生際が悪い瞳は目を瞑ったまま、むにゃむにゃと言い訳しながら取り上げたばかりの布団を掴んだ。

「お前がメシ食わねーと片付かねーんだって何度言わせんだよ! さっさと起きろ!」

くそ、こんな時もっと身体が大きかったら便利なのに。
瞳を起こすだけで軽く息切れしてる自分が情けない。

「朝ご飯いらないから……あと十分……」

く……コイツ、オレの話聞いてねーな?
大体オレが誰の為に朝メシ作ったと思ってんだ。

既に寝ると決め込んでる瞳は意外に力が強く(体格差のせいだ、絶対!)、布団は半分以上取り返されていた。

こーなりゃ意地だ。
──ぜってー起こす!

オレは引っ張っていた力を緩めると、そのまま瞳のベッドに片足を乗せた。
瞳は頭の半分しか外に出てない。いくらなんでも潜りすぎじゃねーのか?

とりあえずそのままの状態で布団ごと押さえつけて、頭の方に顔を近付けた。

「……フレンチトースト、フレッシュサラダ……」

呟くように、でも確実に瞳に聞こえるように。

「……オニオンスープ、ハムエッグ……」

声に出しているのは魔法の呪文でもなんでもない、朝のメニュー。
それでも瞳には効果抜群だということも学習済みだ。
案の定、難攻不落かと思われた布団から、瞳がわずかに顔を覗かせた。

「ぐっちゃん……デザートは……?」

釣れた。
……食べ物で釣れるなんてちょろすぎるぞ、瞳……

期待してこっちを見てくる様子に、思わず笑ってしまう。

「──苺」

かろうじてそう言うと、瞳が嬉しそうに笑うのが見えた。
……現金なやつ。



「ん、熱いからな」

コトリと音を立ててスープの入ったカップを瞳の傍に置く。
瞳は口を動かすのに忙しいのか、何度も頷いて返事をした。

……ウサギとかハムスターってこんな感じだよな。

「……美味い?」
「うん」
「ふーん……」

満足そうにニコニコしながら頷かれて、なんとなく照れくさい。
父さん以外に振舞う機会なんてせいぜい家庭科の授業くらいだし。
なんにしても満足してるんだったら問題ない。

──で、その親はというと。
昨日から旅行に出かけている。なんでもオレたち二人が春休みになったことが理由らしいけど、出発直前に行く事を告げるってのはどうなんだ?

『ぐっちゃん、瞳の世話よろしくね。ちゃんとしたものが食べたかったら瞳をキッチンに立たせちゃだめよ?』
『お母さん!』
『土産買ってくるからな。あと頼んだぞ』

口を挟む間もなく、慌しく出発した二人には似た者夫婦という言葉を贈ろうと思う。
……どうでもいいけど瞳が使い始めたあの変な呼び方が、母さんにも定着しつつあるのが微妙だ。

直せと抗議したところ、返ってきた答えはこれ。

「ぐっちゃんが私を“お姉ちゃん”って呼んでくれたら直すわよ」

ぜってー無理。
全然“姉”って感じじゃねーし。むしろ手の掛かる妹……そんな瞳を“姉さん”と呼ぶのはなんとなく負けた気がして嫌だ。
だからここは百歩譲ってオレが我慢してやることにした。

母さんの言っていたように、瞳には料理スキルが欠落しているようだった。
夕飯の準備開始早々に瞳をキッチンから追い払ってしまうほどに壊滅的。

──そういや昨夜も瞳は頷きながら食べてたな。

「ごちそうさまでした」

ぱちんと鳴った手のひらに反応して顔を上げると、照れたように笑う瞳と目が合った。

「……なんだよ」
「食べ終わるの待っててくれたでしょ?」
「ッ、別にそんなんじゃねーよ」
「素直じゃないなぁ、ぐっちゃんは」

クスクスと声を零しながら「一人は寂しいから」と呟いた瞳を見て、不覚にもドキッとした。
──その気持ちがわかるから……
……くそ。
そんくらいで喜ぶんならいくらだって付き合ってやるよ。



「あ、そうそう、ぐっちゃん、今日暇?」
「何だよ急に……」
「これ、行ってこようよ」

ぴらっと瞳が出したのはポストカード……というか、中学の制服引き換え券を兼ねた知らせ。

「なんでわざわざ……父さんたちが帰ってきてからでいいじゃん」
「私が早く見たいんだもん」
「…………」

堂々と言ってのけた瞳に返す言葉はない。
半ば押し切られる形で──メインはオレであるはずなのに──瞳に付き合って制服を取りに行く事になった。



◆◆◆



屈辱だ。オレは今この上ない屈辱を味わっている。

「か、可愛い……! ぐっちゃん撮っていい? 撮っていい?」

オレが返事をする前に、瞳の手に収まってる携帯から『はい、ちーず』と機械的な音とフラッシュ。

──お前質問してる意味ねーじゃねーか!

持ち帰る前に、と試着させられたまではよかった。
成長期だから大きめに注文してあるのも知ってるし、腕とか脚とか長さが合わないってのもわかってるつもりだった。

だったけど……こんな喜ばれ方は趣味じゃねー!
男が可愛いなんて言われて喜ぶと思ってんのか!?

「瞳……」
「ちょっとくらい笑ってくれてもいいのに。ねえ、これ茜に送ってもいい?」
「ヤ メ ロ」

アカネが瞳にとってどういう人物かは知らないけど、ばら撒かれるなんて冗談じゃない。
っつーかもう脱ぐ。これ以上おもちゃにされて堪るか!

「きゃ、ちょッ、なにやってんのよぐっちゃん!」
「うぉっ!?」

ガタン ごん。

「~~~~ッ、」

上着を脱いだだけなのに、急に突進してきた瞳に試着室に押し込まれ、頭と腰を打った。
なんか怨みでもあるんだろうか……

「はあ……びっくりした……」

いや、びっくりしたのはこっち──って、なんで瞳?
身を起こそうにも脱ぎかけの上着が腕に引っかかってうまくいかないし、その上着の裾を瞳が押さえ付けてるもんだから動けない。

……そーだ。どいてもらうついでに……

「なあ……まだ撮んの?」
「え?」

近くにあった瞳の耳に囁くように告げると、瞳は目を瞬かせて見上げてきた。
それに──瞳が希望してた──笑顔で返すと、更に声を潜めた。

「続きは家にしとけよ……なんならお前も」
「ッ、」
「げ、バカ!」

勢いよく身体を離し、顔を赤く染め上げた瞳が思いっきり息を吸い込むのを察知して、咄嗟に腕を引く。
そのまま瞳の顔を自分の胸に押し付けると、直後に叫び一歩手前の呻きが漏れた。

「~~~~~ッッ!!」

あぶね。
こんなところで悲鳴なんか上げられたら……いや、想像するのは止めとこう。

「おい、落ち着けよ……ちょっとした冗談だろ? お前が乗っかってるのが悪いんだから」
「~~それなら普通に言えばいいでしょ?」
「オレで遊んだ仕返し」
「あ、遊んでないもん……可愛いがってただけだもん……」

だからそれが余計なんだっての。



◆◆◆



「なぁ、いい加減機嫌直せよ……」
「……じゃあぐっちゃんの写真茜に見せてもいい?」
「……さっきの?」
「うん」
「却下」
「む……」

制服の入った紙袋を鳴らしながらの帰り道、瞳はずっとしかめっ面のままだった。
なんとなく理不尽な気がしないでもないけど、瞳は笑ってるほうがいいと思う。

「瞳」
「なに」

呼べば答える律儀さが嬉しくて、何度も名前を呼んだ。

「瞳ー」
「もう、なによ!? 私はまだ」
「昼飯なんにする?」
「……つ、つられると思ったら大間違いなんだから!」

そうは言いつつも、明らかに動きが不審だ。
そんなに食に執着するなんて……母さんが働いてるときはどうしてたんだろう……

「好きなもん作ってやるけど、希望ねーの?」
「う、」
「ん? なんだよ」
「…………オムライス」
「んじゃ、買い物して帰ろーぜ」

瞳は何度も眼を瞬かせて「いいの?」と聞いてきた。
元から献立が決まってたわけじゃないんだから別に何でもいいと思うけど。瞳のご機嫌伺いも兼ねてるしな。

「別のにするか?」
「ううん、オムライスがいい」
「……お子様」
「聞こえてるわよ」

口では不機嫌そうに言いながらも、嬉しげな態度は隠しきれてない。

……見てて飽きねーなぁ……

だんだん早足になる瞳に気づかれないように笑い、急き立てる声をあえて無視してゆっくり歩いた。

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