Vischio

愛に狂う、狂った愛

羽衣を失くした天女は(そら)に帰れなかったんだって話、知ってるか?
男はわざと羽衣を隠して無理やり天女を娶ったんだ。

だったらさ、人魚にも同じ事できると思わねぇ?



***



自慢気に、自分で作ったんだと言うソーマの瓶を並べ立てるお前に。
一度だけ戯れに聞いた。

「どれが人間になるソーマなんだよ?」

お前は一つを指差して、聞いてもいないのにもう一つを横に並べた。

「で、こっちが人魚に戻るソーマ。味がないのはちょっと残念よね」
「不味いもん飲むよりマシだろーが」
「……それもそうね」

さすがぐっちゃん、とどうでもいい事に感心してオレの肩を叩く瞳の足は今、ヒトの足だ。
瓶を乱雑に並べ立てたまま書庫をうろつく瞳は、見た事ない程の蔵書の量にただ感心するばかり。

オレは本を読むフリをしながら瞳が出した瓶に視線をやった。

なあ、瞳、お前なら知ってるよな。
──オレ記憶力いいんだぜ。

別の日、また瞳がロッドに遊びに来た。
なんでも先日気にいった本を見つけたらしい。

また本棚の間をうろつく瞳の隙を見て、オレは瞳の荷物の中から瓶を一本失敬した。

「瞳、オレちょっと部屋戻るわ。まだここにいんだろ?」
「んー、うん……まだいる……」

目的の物を見つけたのか、返事がおざなりだ。
それを好都合と解釈して、部屋へ戻るべく書庫をあとにした。

「お兄様?」
「ローザか……どうした?」
「あの……頼まれていたものが届きましたので……」
「さんきゅ、部屋に置いといてくれ」

使用法でも聞きだしたいのか、何か言いたげな様子を見せるローザ。
だがオレはそれを無視して、横を素通りした。

部屋の机の四段目。ここには鍵が掛かるようになっている。
そこに瓶をしまい、鍵をかけると丁度従者が扉をノックした。
大方ローザの言っていたものを持ってきてくれたんだろう。

瞳を書庫に置いてきているので、適当に対応を済ませて部屋を出た。

「ねえぐっちゃん、返して……持ってるんでしょ?」

戻った途端、瞳が責めるように言いながら近寄ってきた。
今にも胸倉を掴まれそうな勢いに一瞬押し黙る。

「なんのことだよ」
「私のソーマ!」

確信しているのは珍しい。
もう少し瞳を振り回すのもいいかもしれない。

「さあ、知らねーな」
「嘘! さっきまで全部あったんだからぐっちゃんしかいないわ!」
なるほどな、杜撰なようで一応気ぃ使ってるわけだ。
オレは観念したと言うように両手をあげて肩を竦める。
それから肩眉を上げて瞳を見た。

「そんな大事なもんなのか? あんなに持ってんだから一本ぐらいいーじゃねーか」
「だめ! ぐっちゃんが持ってったのは一番大事なやつなの。あれがないと私帰れないんだから」

出して、と右手をオレに突き出す瞳。

──ホントお前ってわかりやすいよな。ここまで予想通りの動きって中々できねーよ。
オレは出された瞳の右手を取って、書庫から引っ張り出した。
驚く瞳に、ソーマは部屋に置いてきたと告げる。
おとなしくなった瞳はこれが──ここまでの動きが全部罠だって、気付かない。

今逃げねーと、ずっとここから出られないんだぜ?
そんなこと、お前がわかるはずない。
他国から態々取り寄せたのはお前のための枷だなんて、知るはずもない。

黙ったまま、気付かれないよう背後から捕まえて。
絶対逃がすものか。

オレがどう足掻いても届かない海になんて帰すかよ。

オレがお前を愛することが禁忌だなんて、誰が決めた?

コッチではそんなもん関係ない。

──オレとお前は他人なんだから。

好きだ。愛してる。
──女として──

愛してる。

何度繰り返して言えばお前はオレを弟として見なくなるだろう。

愛してる。

どうしてもわからないというのなら……
お前もオレも、全て──壊してしまおうか。

愛シテルから……

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