Vischio

続・退屈しのぎに

画面に明滅するゲームの結果。敗者に求められているのは続行の意思。
何度目になるかわからないその画面に、オレはつい溜息をついて隣に座っている瞳を横目で見た。

無言のまま『CONTINUE』を選ぶ瞳の表情は不機嫌そのもので、なかば意地になっているんじゃないかと思う。

「……もう諦めろって」
「いや」
「何度やっても同じだろ」
「それはもう聞き飽きた。もうちょっとで勝てるはずなの!」
「お前のそれも聞き飽きたっつーの。もう負けてやるからやめようぜ?」

それは嫌、と堂々巡りになる答えを聞くのも数度目だ。
せめてハンデの調整をし直せばいいのに、瞳はすぐに続行を選ぶから結局結果が変わらない。

2人で遊びやすいようにとワンルームの中央にあったローテーブルを移動させ、テレビ画面の前に並んで座っているこの状態は長時間続けるには向かない。というか、既に腰が痛い。
それに画面の見すぎで目が痛くなってきた。
自分が少しでも楽できるようにコントローラのコードを引っ張って、身体を後ろへ動かす。
背中にベッドの側面が当たったところで動きを止めて、そのまま寄りかかった。

「なぁ瞳」
「んー……?」
「オレちょっと休憩」

目が痛いんだと言えば不満そうな表情をすぐに緩めて、「しょうがないわね」と零しながらリセットボタンを押した。
……そんなにあっさり妥協してくれるならもっと早く言えばよかった。

ベッドによりかかったまま、一人で続行している瞳のプレイをぼんやりと眺める。
いつの間にか目の焦点は画面から瞳の後ろ頭に移っていて、高い位置で結われた髪に僅かな違和感を覚えた。

いつもなら瞳の髪を飾っているはずのリボンがない。
ふとカーペットの敷かれた床に視線を移せば、無造作に放置されているのが見えた。
布の端を掴んで引くと、近くにあった瞳の足を掠めてからオレの手元に納まった。
瞳はゲームに集中しているせいか、リボンが足をくすぐったことに気づかなかったようだ。鈍いヤツ。

しばらくリボンを適当に弄っていたものの、やはりつまらない。
瞳は相変わらず画面に釘付けで、こっちを見もしない。きっとオレがここで別のことをし始めても気づかないだろう。
先に遊びを放棄したのはオレの方だけど、だからと言って放っておかれて楽しいはずがない。 息を潜め、膝をつきながらゆっくりと瞳に近づく。
予想通りというべきか、あと数センチで触れられそうなほど接近しても、やっぱり瞳は気づかないまま黙々と画面に向かっていた。

「鈍感女」
「っ!?」

耳元で呟くと、瞳はこっちが驚くくらい大げさに肩を震わせて、悲鳴を喉に詰まらせた。
勢いよく振り向くものだから、結われた髪がしなってオレの顔面を叩いた。
……目に入ったっつーの。

「ぐっちゃん! もう、驚かすから…………大丈夫?」
「ってー……あー…涙でてきた」

開かない目元を片手で押さえていると、じわりと水がでてくるのがわかる。
俯いたまま何度か瞬きを繰り返していると、さっきから黙ったままの瞳が興味深げに覗き込んでくる気配がした。

「……なんだよ」
「ぐっちゃんが泣いてるの貴重だから」
「おま…誰のせいで」
「っ、わ、私だけど、ぐっちゃんだって悪いわよ!」

好きで涙を出しているわけじゃないのに、見られるのは釈然としない。泣き顔を見せたいとも思わない。
それが好きな女相手なら尚更だ。
勝手に出てくる水が納まるまではと腰を落ち着けて顔を背けると、視界の端でゴソゴソ動いていた瞳がわざわざ前にまわりこんでハンカチを差し出してきた。

──オレの気持ち、少しくらい察してくれてもいいんじゃねーの…?

「……マジで鈍いなお前」
「な、なによもう! ぐっちゃんの言うとおり、私はすっごく鈍いみたいだから言われないとわからないわ」

瞳はそっぽを向いて拗ねたように言ったものの、すぐにオレの方に向き直り身を乗り出してきた。
心配そうに、自分も痛いと言い出しそうな表情で。

「目、赤くなってる……冷やす?」
「…………いや、いい」

瞳の腕を掴んで、額を合わせる。
コツ、と軽い音と共に灰茶の眸が間近に迫った。
なんでこんなに無防備なんだ。これだけ近づけば触れたくなるのに。
瞳にもちゃんと教えてるはずなのに、ちっとも覚えない。わざとなんじゃないかと思うほど。
……瞳に限ってそれはねーか。

「ぐっちゃん?」
「“勝ったほうの言うこときく”、だったよな」

勝負を始める前に、オレが瞳に出した条件。
瞳が『CONTINUE』を選んだ回数とオレの勝数は一致している。瞳は諦めずに再戦を挑んできたけれど、どうしたって結果を覆すことができない数にまで伸びたはずだ。
素早く数度瞬いて視線を泳がせるのは誤魔化そうとする前触れだ。けど、今日は誤魔化されてやらねーからな。

──勝った数だけ、と言わなかった優しさを酌んで欲しい。

「で、でもまだ、」
「瞳」

少し距離をあけて名を呼べば、言葉に詰まった瞳が眉尻をさげて、困ったようにオレを見上げた。
いつもよりずっと折れるのが早いのは、涙目の効果なんだろうか。
全然、まったく、これっぽっちも嬉しくねーけど。

「……変なのはやめてね」
「簡単だって」

観念した声に応えるように笑って言えば、変なうなり声が返ってきた。
信じられないとでも言いたいのか。

「オレが、瞳にしたいと思ってること」
「は?」
「だから、オレがしたいことを逆に瞳がしてくれよ」
「…………そ、それのどこが簡単なのよ!」
「なんで赤くなってんだよ、やらしーな」
「~~~~!!」

オレがそう言うと、瞳は赤い顔のまま無言で攻撃を繰り出してきた。
あえて避けずに叩かれてやるものの、加減してくれてないせいか、なかなか攻撃力が高い。

瞳が何を想像したか知らないけど“やってくれ”って頼むより、オレのことを考えて行動してくれる過程が嬉しいと思う。
……オレのことどういう風に見てるのかもなんとなくわかるしな。


「ほら、観念しろって、速水サン」


いつもはしない呼び名を茶化すついでに呼んでみる。
瞳はピタリと動きを止めて、最後の一撃を当てた手でオレの服を握った。

「…ぐっちゃんが、私に、したい…こと」
「そうそう」

思いつかないのか、それとも思いついても実行する勇気がないのか実行したくないのか──最後のはあまり考えたくないが──段々と涙目になってくる瞳が可愛くて仕方ない。
瞳の泣き顔は苦手だけど、見たくなるときもあるんだってことに最近気づいた。

しばらく固まっていた瞳は、意を決したように顔を上げたかと思うと勢いよく抱きついてきた。

「っ、」

勢いを受け止めきれずに背中を打って仰向けに転がる。
当然、上には瞳が乗っていて、圧迫感に耐え切れずに情けなく咳き込んでしまった。
咳き込みながら、気休めにでもカーペットが敷かれていてよかったと思った。

「る、い…!おま…殺す気か…!」

せっかく引いたと思った涙がまた勝手にでてくる。
オレの言葉にも微動だにしなかった瞳は、僅かに身を起こしてオレを見下ろしてきた。

「…………」
「瞳…?」
「…………ッ、やっぱり…無理…!」

空気が抜けたかのように、自力で起こしていた身体から力を抜いた瞳はそのままオレの上に倒れこんだ。
触れてるところが温かいし柔らかいしいい匂いだし好きな相手だしで色々無理だ。

「仕返しのつもりだったんだけど」

オレが瞳にした数時間前のやりとりを言っているのだろうかとも思ったが、オレとしてはもうそれどころじゃない状況で瞳の頑張りを評価する余裕がない。

「…なんか、緊張しちゃってだめね。ね、もういい?私頑張ったわよね?」

瞳の声を耳元で聞きながら、オレの上から移動し始めていた瞳を捕まえた。

「な、なに? だめだった?」
「…………いや、だめじゃねーよ。大正解。…まぁオレとしては、もうちょい頑張ってほしかったけど」

目が合った瞳は、きょとんとした表情をすぐに桃色に染めた。
照れているせいか、焦って暴れる瞳を逆に押さえ込むように抱きしめる。
あっさりと体勢を入れ替えて──でも潰さないように気を付けて──薄く涙が浮かんでいる赤い目尻に口付けた。

触れること、好きだと告げること、こうして傍に居ること──全部、瞳にしたいことだ。

不正解なんてない。こんな簡単なことってないんじゃねーの?

「…ぐっちゃん、」
「んー?」
「近い、っていうか重い!」
「潰さないようにしてるって。つーかこの状況でその台詞ってあってねーよな」

何かを言いたげに、視線を彷徨わせていた瞳はゆっくり瞬きをした後おとなしく目を閉じた。
更に珍しいことに腕をオレの背中に伸ばして添える。
まるでついでのように小さく囁かれた告白が甘く聞こえた。


「…オレも」


瞳に応えながら、何度もついばむようにキスをした。

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