Vischio

一応、食べられます

「焦げ臭……」

二階の自室で寛いでいた某時刻。
かすかに漂ってきた匂いに思わず顔を顰めた。
窓を少し開けて、部屋から匂いを逃がす。
隙間から入ってくる風はひんやりしていて、ああ秋だな、なんて今更な事を思った。

直後に耳慣れた声による悲鳴と、それに続く派手な音。
さすがに気になってドアを開けると、丁度瞳が上がってきたところだった。

「何やってんだよさっきから。つかこの匂い」
「ぐっちゃん助けて!」
「は?」

間髪いれずに言われると同時に、握られる服の裾。
面食らってるオレをよそに、瞳は「早く」と急かして服を引っ張った。
──白い粉にまみれた手によって、べったりと手形がつけられたのが見えた。



台所は散々だった。
粉まみれの床と──さっきの悲鳴はこれかもしれない──色々なものが散乱した流し台、割られた……というより砕かれたようなカボチャが無造作に転がっているうえに、どう見ても炭にしか見えない塊が皿いっぱいに乗っている。

「……なんだよこれ」
「クッキー」
「………………炭だろ?」
「クッキーだってば!」

頑なに言い張る瞳に、じゃあ食ってみろと言えば急いで首を振って拒絶する。
やっぱ食えねーってわかってんじゃねーか。

「もうすぐハロウィンでしょ? 当日ね、茜と一緒に近くの保育園でお菓子配ることになっ」
「やめとけって。お前自分から犯罪者になる気か?」
「ちょっと、どういう意味よ! そりゃ……少し、身体に悪そうだけど」
「少し?」

摘んだ途端ボロリと崩れた炭──瞳曰くクッキー──を見ながら眉を顰めると、いきなり腕を叩かれた。
痛ぇ……しかもまた手形。

溜息を吐いて近くにあった布巾を取る。
そのまま瞳の手を掴んで拭き始めると、不機嫌そうにくちびるを尖らせてそっぽを向いた。

「当日までにはマシになるわよ」
「……自分で言うなよ。って、ちょっと待て! それまで家で練習する気なのか?」
「そうだけど?」

されるがままになっている瞳はことりと首を傾げて、当たり前だと言い放った。

「とりあえず台所片付けないとと思って……」
「まさか手伝えってのか?」

こうして引っ張ってこられたのはそのためだったのかと瞳を軽く睨む。
……まぁなんとなくわかってたけど。焦げ臭い部屋で粉まみれの台所の片付けなんて、面倒なことこの上ない。

「だ、だめ?」
「…………お前のそれ卑怯だよな」
「は!? 何のこと? 私何かした?」

覗き込んできた瞳をそれ以上見ていられなくて引き寄せる。
腕の中で、小さく悲鳴が上がった。

「なな、なによぐっちゃん、いきなり。びっくりするでしょ」
「いきなりじゃなきゃいいみてーだな、その言い方だと」

本気とからかいと半々のつもりで言ったのに。

「うん……いいわよ。私も、その……こういうの嫌いじゃないし」

オレの背中に腕を回して服を握る。
瞳からそんな答えが返ってくるなんて、思ってなかった。

「……………………やっぱ卑怯」
「なんでよ! ね、それより手伝ってくれるの?」

オレの胸にぐりぐり頭を押し付けながら聞いてくる瞳の髪を軽く梳いて、いつも通りの答えを返した。



◆◆◆



「ふーん、いい感じに焼けてんじゃん」
「でしょ? 私だってやればできるんだから。はい、ぐっちゃん、あーん」
「……ま、いいか。瞳、他のヤツにはやるんじゃねーぞ」

差し出されたクッキーをそのまま口に入れる。
途端に真っ赤になる瞳を見て、笑いそうになった。
──自分の行動に気づくの遅すぎんだよ。

「………………っ、」

「おいしい?」
「不味い」
「……もう、またぐっちゃんそういう意地悪」
「マジで不味いって……しょっぱい」

オレの言葉に目を瞬かせながら、瞳は自分でもクッキーを口に入れる。
ぎゅっと寄せられる眉と動きがのろくなった口は、オレの味覚が正しいと証明した。

「んっとにお約束なことしてくれるよな、お前は」
「ほんと……本番用にしなくてよかったー」

にっこり笑って安心する瞳の手元にある皿は、綺麗な色に焼けたしょっぱいクッキーが山になっていた。
練習なら量加減しろよ。
どうせこの家での消化率は悪いだろうと思いながら、同時に友人──犠牲者と呼んだ方が正しい──を選別する。
暢気に次の準備を始める瞳を眺めながら、塩味のクッキーを齧った。





瞳ちゃんが作った失敗作を配り歩いてるぐっちゃんに萌えた勢いで作成した

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