Vischio

花と君と

突然出かけようと誘われた昼下がり。
了承するとぐっちゃんは嬉しそうに笑って、傍にいた人に馬を頼んだ。

「ねぇ、どこ行くの?」

窓辺に立って外を覗くぐっちゃんに話しかける。
ぐっちゃんは「あー」とか「うん」とか言って、曖昧に答えをはぐらかした。
さらに問い詰めようとも思ったけど、楽しそうに細められた碧い眼が私を映すから……今回はおとなしくはぐらかされてあげる。

馬の背に乗ってつれてこられた場所は丘──花畑だった。
当たり一面に小さな花が咲き乱れて絨毯みたい。
時折吹く風に煽られて花びらがヒラヒラと宙を舞った。

「綺麗ね」

おもわず口に出しながら、花畑の真ん中へ向かって足を速める。
丘のずっと向こうには海が映って、本当に綺麗だった。

「瞳」
「なあに?」

振り向こうとしたら、ふわりと優しく包まれて背中に体温を感じた。

「ぐっちゃん?」
「……ここ、さ……覚えてるか?」
「? よく一緒に来るわよね」
「や、まぁそうなんだけどさ。そうじゃなくて」

いまいち歯切れの悪いぐっちゃんを見上げると、小さな声で結婚、と呟いた。
結婚した日はもう少し後だし、場所はお城だったし……結局何が言いたいのかわからない。
それが伝わったのか、ぐっちゃんは交差した腕に力を込めながらぶっきらぼうに言った。

「だから。ここはオレがお前に、その、プ、プロポーズしたとこだろ!?」
「ああ、そういえば……でもあれってプロポーズだったの?」

私の答えは『仕方ない』だったはずだと思い返して首を傾げる。
だいたいぐっちゃんとの結婚は偽装だったのに──……今ではそんな風には思えないけれど。

「オレ、卑怯だったよな。……お前がオレに甘いこと知ってて、放っておけないのわかってて、知らないヤツと結婚なんて無理だなんて理由作ってさ」
「ぐっちゃん…」
「お前にそういいながら、利用できると思ってた。お前と…瞳と、見せ掛けでも夫婦として振舞えるって喜んだ。瞳は全然気づいてなかったけど、あのときからずっと……」

──お前を女として見てた。

耳朶を掠める声に身体が勝手に震える。
そんなの……全然、気付かなかった。
だって、少しもそんな態度見せなかったじゃない。
いつもと同じ、昔から変わらないお願いの仕方。

私しか頼れないって、そんなときばっかり弟ぶる態度。

「……こっちでも家族になるだけって、軽い気持ちだったのよ?」
「知ってる」

クスリと笑いながら、私を更に抱き締めるぐっちゃんが肩に頭を乗せた。
妙に緊張して離れたいのに、同時に、このままでいたい矛盾した気持ちになる。
内心葛藤してる私に構うことなく(気づいてないなら当然だけど)、そっと息を吐くように言葉が続いた。

「その“家族愛”につけこんだんだからさ。こっちなら他人だから許されるって、自分にもお前にも言い聞かせて」
「だって、そんな……私、ずっとぐっちゃんのこと弟としか見てなかったのに」

初めて聞く話に戸惑う。
ぎこちなくぐっちゃんの方へ顔を向けると、顔を上げたぐっちゃんと目が合った。
近すぎて、弟だったときとは違う碧い色に吸い込まれるんじゃないかって、ありえないことを思った。

「だから、そんなこと知ってたっつーの。それよりさ、瞳……お前さっきから過去形でしゃべってっけど、自分で気付いてるか?」
「…………嘘」

ぐっちゃんは嬉しそうに笑いを溢すと、耳元で「期待してる」と囁いた。

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