Vischio

Oh, My God !

「こんにちは、運にーちゃん」

玄関先に立っているのは、目に入れても痛くないほど溺愛してきた幼なじみ。
彼女の花のように愛らしい笑顔に和むこと数秒。直後に現れたもう一人の幼なじみに、思わず顔を顰めた。

「よ、ローゼンライト」

気安い挨拶とともに片手を挙げる彼を呼んだ覚えはない。
──実を言ってしまえば彼女も呼んではいないのだけれど。

「どうしたんです、二人して」
「これ、ありがとう」

差し出されたのは見慣れたCDケース。
……ああ、そういえば最近彼女に貸しましたね。

「わざわざ持ってきてくれたんですか?」

返すのはいつでもいいと言ったのに。
僕の思考を先読んだかのように、彼女は小さく笑った。

「明日から忙しいって言ってたでしょう?」
「……ありがとうございます」

その気遣いが嬉しい。
微かな幸福感に浸っていると、不意に突っ立ったままの彼と目が合った。

「紅蓮君は何故ここに?」
「ん、ああ、オレは瞳の運転手。もう用ねーの?」

後半部分は横にいる瞳ちゃんに向かっての言葉。
すると彼女はハッとして、そうだった、と呟いた。

「運にーちゃん、また何か借りてってもいい?」
「──ええ、もちろんどうぞ」

嬉しそうに上がりこむ彼女について行こうとすると、いきなり腕を掴まれた。

「なんです?」
「瞳にあのCD貸したのはわざとか?」

問いかけに満面の笑みで答える。
返ってきたのは盛大な溜息で、彼はそのまま背を向けて玄関先に座りこんだ。

「回りくどいんだよお前は。あんなんで瞳が気付わけねーだろ」
「君に言われたくありませんね……と、言うか何故君がそれを知っているんですか?」

ふとした疑問に、瞳ちゃんの方へと向き掛けていた足を止める。


「さあな」


肩越しに寄越されたのはニヤリと笑んだ顔。
尚も問い詰めようとしたところで、可愛らしい声が自分を呼んだ。

「ねえ、運にーちゃん……聞いてもいい?」

声の元へ行ってみると、手にしているのは数枚のクラシックCD。よほど前回のがよかったのか、芸術に目覚めたのか、それとも──

「……なんですか?」
「“Je te veux”ってどういう意味?」

それは、数分前に自分の手に戻ってきたCDのタイトル。

──紅蓮君、瞳ちゃんはそんなに鈍くないようですよ?

CDに付属されているブックレットに意味は載っていたはずだけれど、そんなことはどうでもよかった。その言葉に興味を持って貰うことに意味があるのだから──
片仮名で綴られていたはずのそれが、妙に発音よく彼女の口から出てきた事を不思議に思いながら髪を撫でる。

「……“あなたが欲しい”……愛の言葉です」
「ッ!」

カアッと顔を赤くした彼女は僅かに目を瞠り、数回瞬いた。
可愛らしい動作に笑いを零すと、恥ずかしそうに俯いて──玄関先を、見た。

「……あの、瞳ちゃん?」

嫌な予感。こんな時に浮かぶのは余裕めいた彼の顔。
彼女につられるようにぎこちなく顔を動かすと、丁度彼女が彼の元へ向かっているところだった。

それを見守っていると白い腕が屈んだままの背中に勢いよく振り下ろされる。バシン、と小気味いい音が鳴った。

「ぐっちゃんのばか!!」
「痛ッて、なんだよいきなり! おい、ローゼンライト! お前何言ったんだ!?」

彼女を抑えながら答えろと訴えてくる声を無視して、リビングにあるソファに腰を降ろした。
少しはこっちの気持ちも汲んで欲しい。


──ああ、こんなはずではなかったのに。

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