Vischio

ジュ・トゥ・ヴ

いつもは殆ど無音の部屋を満たすクラシック音楽。
瞳が持ってきたソレはタイトルさえ知らなかったけれど、いつかどこかで聞いた事のある曲だとぼんやり思う。
明るく華やかで、どこか甘さを含んだ曲調。

腕にかかる重さと熱が心地よくてゆるりと息を吐き出した。
傍らの瞳を覗き見れば、難しそうな顔で曲の説明を読んでいる。
声こそ出ていないものの、文字を追うために小さく口を動かしているのが可愛くて、思わず顔が緩んだ。

「瞳、」
「? なあに?」
「……読んで」

瞳の手に納まっているブックレットを指して言えば、急に頭を上げてオレを凝視する。
熱が離れたせいで少しだけ肌寒さを感じた。

「なんだよ」
「ぐっちゃんにお願いされるのって珍しいから……」
「…………たまにはいいだろ。で? 読んでくれんの?」

言うと、瞳は嬉しそうに笑いながら元の位置に戻った。
本当は作曲者だ国だテーマだ、なんてどうでもいいんだ。オレの為だけに紡がれる音を聞いていたいだけ。

────……このCDお前に貸したのって誰って言ってたっけ?
瞳がブックレットを読み上げる声を途中で遮ると、不思議そうに首を傾げながら口を開いた。

「運にーちゃん。私に聞いて欲しいって持ってきてくれたんだけど……ぐっちゃんは好きじゃなかった?」

私は結構好きだけどなぁ。
そう呟く瞳は、繰り返される旋律を小さく口ずさみながら微笑んだ。

「ふーん……ローゼンライト、ね」
「ぐっちゃん?」
「それ、いつ返すんだ?」
「今日だけど……どうして?」

丁度CDの再生が終わる。
それを回収しようとして立つ瞳の腕を強く引いて抱き締めた。

「ちょ、ぐっちゃん! 危ないでしょ!?」

「── Je te veux……」

「え?」

聞こえるかどうかの音量で呟いた言葉は届かなかったようで、きょとんと目を丸くした瞳が見上げてきた。
それを笑ってやり過ごすと、瞳の手からCDケースを取り上げる。

「オレも行く」
「いいけど……CD返しに行くだけよ?」
「ん、だからさ、ついでにどっか出掛けよーぜ」
「! じゃあショッピングモール!」
「へいへい」

中身の入っていないCDケースを軽く放る。
緩く弧を描きつつ戻ってくるのを見ながら、アイツがどんな反応をするのかを想像して笑った。




ジュ・トゥ・ヴ:お前が欲しい
某ネオロマを参照した二人が聞いてる曲


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