Vischio

グリーエン王子の髪飾り

「おはようございます、お兄様」
「はよ。早いな」

あくびを溢しながら寄ってくる兄、グリーエンは目を細めて自分の頭を軽く撫でる。
子供扱いをするようなそれに思わず眉を下げ、首を竦めた。

嬉しいけれど、嬉しくない。

「わたくし、もう子供じゃありませんのよ?」
「あぁ、わりぃな」

苦笑混じりにあっさり離れる大きな手。
少しの寂しさを感じながらそれを目で追うと、ふとした違和感。
いつもなら、自分と同じ蜂蜜色の髪にある金色が今日はない。

「……お兄様、髪飾りがありませんわ」
「ん? やっぱ目立つか?」

目を泳がせて乱暴に自身の髪を掻く彼は困っているようで、嬉しそうでもあった。

「瞳……じゃなかった、ルイが握ったまま離してくんなくてさ。まだ寝てるし、無理に取んのもな……」

目元をほんの少し赤くしながらの言葉はうんざりするほど甘さをおびて──聞くんじゃなかったと思わずにいられない。

「のろけは結構ですわ」
「は? なッ、んなつもりは」

無自覚だなんて性質が悪すぎる。
最近は慌てる兄を見る回数がやたらと多い。
それがなんだか悔しくて、睨むように見上げてしまった。

「朝議までに間に合えばいいと思います。別に無くても、困るのはお兄様ですから」

いっそのことそのまま出席して、髪が鬱陶しいと苛々すればいいのに。

「めんどくせーな……」

人の話を聞いていたのかよくわからないことを言って、再度自身の髪を掻く。

「ま、丁度いい時間だろ」

やはり困ったような、嬉しそうな複雑な表情をして。
彼は後ろ手に手を振りながら「またな」と溢して自室の方へ足を向けた。


「……嫌いですわ」


──羨ましいなんて、絶対に言わない。

ふと思い浮かんだ柔らかい微笑みを払うように頭を振って。
足音を鳴らし長い髪を揺らしながら、長い廊下を歩いた。

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