Vischio

免罪符

ぐっちゃんが悪いのよ。
あんなに優しい目で私を見るから。
あんなに甘い声で私を呼んだりするから……

だから。

こんな気持ちになったのはぐっちゃんのせいなんだから。

***

隣で本を開いているぐっちゃんを見ながら、私はゆっくり息を吐き出した。

「……なんだよ」

「え?」

本から視線は外さず、ぐっちゃんが口を開く。そんなにあからさまに見てた?

「あのなぁ、さっきから人の顔見て溜息つかれりゃ誰だって気になるっつーの」

本から顔を上げて、ようやく私を視界に入れる。
物足りない。私が見たいのはその目じゃないわ。

私は正面からぐっちゃんに近づいて、両方の肩に手を置いた。
不思議そうに私の行動を見守るぐっちゃんが少し可笑しい。

「……好きよ」

囁くように言うと、ぐっちゃんはびくっと震えて持ってた本を落とした。
続けて鳴る乾いた音。本が痛んでも知らないんだから。

綺麗な色をした目は見開かれて、瞬きすらしない。
そんなに驚かなくてもいいのに。私が口に出したら変?

「……おま、どうしたんだよ、いきなり」

瞬時に顔を赤くしたぐっちゃん。珍しくて、可愛い。

「だって……言いたくなったんだもの。何かおかしい?」
「別におかしかねーけど……どーせ“家族として”とか言うんだろ?」

慌てて私から目を逸らすぐっちゃんは拗ねるみたいに言った。
私はなんだか楽しくなって、ぐっちゃんの顔を追いかける。
覗きこむようにして、更に顔を近づけた。

──違うって言ったらどうするの?

「ッ、おい、あんま近寄んな」
「どうして?」
「どうしてって、お前……」

言おうかどうしようか、迷って揺れる眸。
それを見るのが好き。そこに私が映ってる時はもっと好き。

ねぇ、ぐっちゃん……私、知ってるのよ?
ぐっちゃんが私を見る目は時々家族を見る目じゃなくなるの。

今 みたいに。

ぐい、と服を引かれてぶつかりそうになる。
さすがに痛いのは嫌だと思って咄嗟に目を閉じると、直前で勢いが弱まった。

次いで唇に触れた温かい感触。

すぐに離れたそれに併せて目を開けると、真剣な顔をしたぐっちゃんと目が合った。 「こーいうことしたくなっから。……嫌なら近寄んな」

“近寄るな”って言いながらそんなに切ない顔するの、反則だわ。
私を押し返して、肩に乗ったままだった手まで外される。
立ち上がる気配を見せたぐっちゃんの首に腕を回して、それを無理やりやめさせた。
──嫌じゃなければ近づいていいってことだもの。

二人分の身体を支える椅子が軋みを上げる。
倒れそうになったけど、それはぐっちゃんが上手く止めてくれた。
ぐっちゃんに乗りかかっている私の背中を支えて、踏ん張ったみたいだった。

「……っぶね……瞳! お前聞いてなかったのか? オレは──」
「ちゃんと聞いてたわよ。ぐっちゃんの方こそ、ちゃんと聞いてたの?」

ちゃんと言ったのに。
はぐらかしたのはぐっちゃんのほうじゃない。

真っ直ぐ見つめたら無言を返されて、さすがにこれにはムッとした。
気分も沈んで、ぐっちゃんから離れようと身体を起こす。
ぐっちゃんだって人のこと言えないくらい鈍いわよ。
立ち上がろうとしたタイミングで、背中をぐっちゃんの手が滑る。
びっくりして動けないでいたら、いつの間にかぐっちゃんの膝の上だった。

「な、なに──」
「……今更撤回しようとしてもおせーからな」

なんの話、と聞き返す時間はもらえなかった。

噛みつくようにされたキスは、さっきとは比べ物にならないくらい熱い。
息が苦しくて、ぐっちゃんの背中を叩く。
ようやく与えられた空気を小刻みに吸っていると切なげに名を呼ばれた。

身体を支えてくれている腕は緩むどころか更にきつくなって、ぐっちゃんとの距離はゼロに近い。
呼吸が整いきる前に、また顔が近くなる。

「瞳……もっかい、言ってくれよ……」

掠れる声で言ったぐっちゃんに胸が痛くなった。
──愛しいって、こういう感じなのかしら。

「……好きよ、ぐっちゃん……」

言いながら自分から顔を近づける。
ぐっちゃんはびっくりした顔をしたけど、すぐ嬉しそうに笑った。

先に想いをぶつけてきたのはぐっちゃんの方。
眸と、声と、やさしさと──色々なもので堕とされた。
卑怯だってわかってるけど、言い訳させて……
ずっとずっと好きでいたいから。

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