Vischio

Liebeslied

「……好きだ、愛してる……」

それは『おやすみ』の代わりに毎日囁く言葉。
それ無しでは落ち着かないくらい、聞かなきゃ眠れないくらいになればいいのに。

***

一緒に寝よう、と言いだしたのは瞳だ。
これには本気で驚いて、オレは瞳を凝視した。
一応これでも“夫婦”と名のつく関係だけど、以前王妃に問い詰められたように寝所は別──あれ以来同じ部屋で休んでいるが──だった。

「……最近眠れなくて……寝てもすぐ目が覚めちゃうし……ねぇ駄目?」

ぐっちゃんが隣りにいれば大丈夫な気がする、と言い放つ瞳は全くオレの事を考慮してくれないらしい。
それは裏を返せばオレの傍なら安心=(イコール)相変わらず瞳の中でオレは弟のままということだ。

──あれだけ姉としては見られないと言ったのに。

時刻は既にいつもの就寝時間を回っていて、オレも瞳も休む準備は終えている。
灯りを消そうとしたところで、これだ。

言葉もないオレに焦れたのか、瞳はベッドから抜け出して誘うように寝間着の裾を引いた。

「ぐっちゃん、」

……眩暈がする。無意識ほど罪なものはない。
瞳の一挙一動に振り回されて、感情を抑えるのに必死になるのはいつものこと。
だけどそれはオレだけで──かなり不公平だ。

「くそ……」

漏れた呟きは瞳に届かなかったようで、不思議そうにしながら更に距離を詰めてきた。
瞳に触れられた途端、どくりと心臓が鳴る。それ以上、近づくな。

「ぐっちゃん? どうしたの?」
「ッ、お前……何言ってるかわかってんのかよ」
「なにって…一緒に寝ようって言っただけでしょ?」
「瞳、オレは男なんだぞ?」
「わかってるけど……昔はよく──」

お前の“わかってる”は“理解”じゃねーんだよ。
瞳に最後まで言わせることなく、オレの腕に添えられていた手を引く。

──ガシャッ

「わ!?」

勢いでよろけた瞳が近くにあった物を倒して壊した。
この時に聞こえた音は、もしかしたらオレの箍が外れた音に似ていたかもしれない。

引き寄せて抱き締める。
もう限界なんてとっくに超えてる。なんでこんなに好きなんだ。

「っ、苦し……」
「お前、全然わかってねーよ……」

細い身体を掻き抱いて呟く。鈍感女、と悪態付いて拘束を緩めると、瞳の髪を軽く引いた。

「────ッ、ん!?」

文句が零れそうになった唇を塞いだ途端、両の目が大きく見開いた。
オレはそれを見届けてから自分の目を閉じる。
触れた唇は柔らかく、甘い。
軽く舐めると、瞳がびくりと震えたのがわかった。

「ッ、ぐっちゃ……」

足りない。

「瞳」

全然足りない。

「や、待っ──ぅ、ん…ッ」

制止の声は聞こえた。
けど、そんなんじゃ無理だ。止めらんねぇよ。

──そんな甘い声じゃ、煽られるだけだ。

散々貪った後、ちゅ、と音を立てて離れると、真っ赤になっている瞳と目が合った。
双眸と唇を潤ませて、肩で息をして、オレの胸の辺りをきつく掴んで──

オレは理性を総動員させて瞳の髪に口付けるだけにとどめる。
なにか言いたげな瞳に「謝らねーぞ」と告げて、顔が見えないように抱き締めた。

「ッ、ばかばかばか!」

少しして腕の中で瞳がもがく。なんとかしてオレを剥がそうとしてるのか、上衣の裾を強く引っ張られた。

「こら、伸びるって」
「あんな……あんな、の……れない……」
「あんなの? 何──」
「もう絶対眠れない! ぐっちゃんのバカ!」

常にはないほどの剣幕で捲くし立てる瞳に、思わず笑ってしまう。
案の定睨まれたけれど、そんな顔じゃ逆効果だ。
「オレが隣にいれば眠れるんじゃねーの? ……ほら、来いよ」
「いい、無理だもん! 私、今日は別の部屋で──ぎゃッ」

色気ねぇなあ……
瞳をベッドに押しやって、自分も隣りに潜りながら苦笑を漏らす。

吹っ切れたせいか、瞳の態度が微妙に変わったせいか──余裕ができた。
オレを見ないようにと背を向ける瞳の頭を撫でて、上から覗きこむ。

「瞳」

ギシ、とスプリングが軋みを上げた。
瞳はそれに反応して小さく震えたけれど、意地でも顔を上げようとしない。

「──こっち向けって」
「やだ……」

段々身体を丸めていく瞳が布団に埋まる。
瞳に合わせて頭を下げ、かろうじて見えていた耳に口を寄せた。

「──愛してる」

今までとは違う攻めかたで、オレはオレの望むものを、望む形で手に入れてやる。

「お前だけ……」

覚悟しとけよ、瞳。
いつか、お前の口から同じ言葉を引き出してやるからな。

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