Vischio

それでも君を想ってた


「……素直になりなさい」

彼女のこと、気になってるんだよね?
今まで頑張ってくれてありがとう。

──まるで母親のように微笑む志乃に

ハセヲは、もう自由だから。

──……そう、言われてるような気がした。

平和になった『The World』で、志乃にメールで呼ばれた場所はグリーマ・レーヴ大聖堂。
志乃に連れてきてもらった最初のロスト・グラウンドで……全ての始まりの場所。

……そして、終わりの場所になった。

オーヴァンと志乃しかなかった俺の『世界』は狭く、両方を失った俺はただ我武者羅にソレを取り戻そうと必死だった。
何も見えてなかった『世界』は思っていたよりもずっと広くて、失くしたものを追ううちに得られたものも沢山あって…いつのまにか、大切なものが増えていた。

きっと、志乃にはそれがわかったんだと思う。

『もう1度……『黄昏の旅団』作ろっか?』

俺が頷かないってわかってたんだ。
アトリを呼んだのも……“あの頃”とは違うって俺に自覚させるためだったんじゃないかって、今では思う。

「──さん、」
「…………はぁ」

「ハセヲさん!」

「うおっ、な、なんだ!?敵か?」

大きな声に驚くとアトリに至近距離で覗きこまれていてまた驚く。
慌ててのけぞれば、手を腰にあてたアトリが「違います」と若干拗ねたように見上げてきた。

「もう獣神像まで着きましたけど……開けないんですか?」
「あ、ああ…………いや、俺はいい。お前等にやる」
「え?いいの?ハセヲ、ここのアイテムが目的だったんじゃないの?」

せっかくエリアに来たのに(誘ったのは俺だ)、最終目的を果たさないのかとアトリばかりか一緒にいたシラバスまでもが騒ぎ出した。
具合が悪いのか、風邪でもひいたのか、熱は無いのかと矢継ぎ早に繰り出される質問に溜息しか出てこない。

「あの……ハセヲさん、なにか気になることでも?」
「ッ、」

──何故か、その一言に全てを見透かされた気がした。

微妙に変わった空気に反応したのか、率先してシラバスがタウンに戻ろうと言い出した。
もうずっと上の空だったのを気付かれていたに違いない。
……二人はそんなに鈍くない。

「じゃあ僕、ガスパーのとこ行ってくるから! ハセヲ、アトリちゃん、これありがと!」
「ああ」
「気にしないでください」

大袈裟なくらい手を振って遠ざかっていくシラバス──獣神殿のアイテムはシラバスに譲った──を見送りながら、また溜息が漏れた。
さっきからずっと晴れない気分に舌打ちしたくなる。

「…………私じゃ、力になれませんか?」
「アトリ……わりぃ、俺……」

──何を言うつもりなんだろう。
何も言えないのに。伝える言葉なんて用意してない。ただ──俺の思考を占めているのは……

「わかってます」
「な、に」
「わかってるんです。私じゃ駄目だってこと」
「……アトリ?」

言葉もなく視線を逸らした俺を追って、若干屈みこんだアトリはにっこりと笑みを浮かべた。

「あのとき……志乃さんが還ってきたあの日……ハセヲさんが追って来てくれて本当に嬉しかった。私と一緒にいてくれて、優しくしてくれて……でも、だから……わかっちゃったんです」

俺の前に移動したアトリは笑顔のまま、くるりと背中を向けた。
つられて揺れる白い羽のようなマント。裾から零れる小さな光がキラキラして綺麗だった。

「ハセヲさん──今、“誰”を想ってますか?」

言われて想い描いたのは、慈愛に満ちた微笑。俺の『世界』を形成した人。
灰がかった薄紅色を持つ……黒い──呪療士。

「……私じゃ、ありませんよね?」

アトリの声は明るかったけれど、振り向いた肩越しに見えたのはそれに伴わない表情。
必死に泣くのを我慢してるような笑顔。
俺はどれだけアトリを傷つけてたんだろう。いつから──

「は……サイアクだな、俺」

自嘲して顔を俯けると、アトリが寄ってきて身をかがめた。

「ハセヲさん、謝らないでくださいね」
「ッ、」
「私、嬉しかったって言ったじゃないですか。ハセヲさんがくれる気持ちは私の欲しい形じゃなかったけど……大切な“仲間”だって思ってくれてるってわかったから……」

それで、十分なんです。
そう言って、アトリは今まで見たことのないような……大人びた笑みを浮かべた。

「アトリ……」
「あの、今はまだ、その……割り切れないですけど……次に会うときまでには、ちゃんと……だから、今日は落ちますね!」
「アトリ!」

走り出そうとしたアトリの腕を取って、強引に引き止める。
嫌がってるのがわかったけど、どうしても一言だけ言いたかった。

「……ありがと、な」

目を見開いた後に苦笑して、アトリは青い光と転送音を伴いながら消えた。

最後に、志乃と同じ言葉を残して──

自分とは真逆の感性をもつ相手。
出会ってからずっと、大切なものに気づかせてくれた。……今も。

『素直になってくださいね』

傷つけたのに、笑って背中を押してくれる優しさ──強くなったな、と漠然と思う。

「素直に、か……」

あれ以来、志乃とは疎遠になっている。
戻ってきた当初は現実感が持てなくて何度も呼んで確かめた……けど、それは同時にオーヴァンを思い出すことに繋がって、それが酷くつらかった。
もう居ないんだと実感するのが嫌だった。

志乃も──きっと同じ。
もしかしたら俺以上に、つらかったのかもしれない。
俺の記憶にある志乃はずっとオーヴァンと一緒で、傍にいるのが普通で。
『黄昏の旅団』が解散したあともオーヴァンを追っていた志乃をずっと見てきた。

俺が志乃を想う様に、志乃もオーヴァンを想ってたのを知ってる。
きっとそれは深く根付いているとわかるから────まだ、逢えない。
逢ったら志乃を傷つける。せめて気持ちの整理がつくまでは……

「志乃……」

────壁はなんて厚くて高いんだ。
そこにあるのに使えないメンバーアドレスを見て、小さく溜息をついた。



◆◆◆



Δ隠されし 禁断の 飛瀑
──アルケ・ケルン大瀑布──

アトリとの遣り取りのあと、俺は目的もなくロスト・グラウンドを回る日々が多くなった。
誘われればエリアにも出向くし、ギルドにも顔を出す。
しかしそれ以外の時はこうしてロスト・グラウンドへと足を向けている。

『旅団』の思い出が強い地を中心に。“あの頃”を振り返って気持ちの整理がしたかったのが半分。もう半分は──

「チッ、」

自分で自分に苛立つ。女々しくて嫌になる。

────逢えるんじゃないかという可能性に期待しているなんて。

ぐしゃぐしゃと自分の髪を混ぜて滝の前に座る。
すぐ近くに三爪痕の──オーヴァンの残した痕跡があった。

「……アンタはでかすぎるぜ、オーヴァン……」

ゆっくりとそれを撫でて呟くと、傍でカツンと小さな足音がした。

驚きと緊張と期待がない交ぜになって身体が硬くなる。振り向けない。
まさか、でも──

「ハセヲ……?」

やっぱり、と思った。
それでも振り向けないまま、久々に聞く声に耳を傾ける。

「久しぶり、だね」

言いながら横にくる気配は小さく笑っているようだった。

「どうしたの?私のこと、忘れちゃった……?」
「ッ、んなわけねぇ……」

勢いで振り向くと、案の定微笑を浮かべた志乃がそこに居た。

「ハセヲがここに居るの珍しい……よく、来るの?」
「いや、最近になってだけど……」

志乃は、と聞こうとして止めた。
今の言い方だと結構頻繁に来ているのが窺える。

「何、してたんだ?」
「……ん……思い出巡り、かな」

志乃が言い終わるのに併せるように、タイミングよく風が吹いた。
ザッと音を立てて通り過ぎていくそれは、志乃の髪を巻き上げて表情を見せてくれた。

穏やかな、どこか落ち着いた顔。

「……ハセヲは気付いてたと思うけど……私、オーヴァンを諦められなかったんだ」
「うん」
「オーヴァンが居ないなんて信じられなくて、いろんな場所を歩いてた……私がオーヴァンに逢ったところ、『旅団』の皆で行ったところ……たくさん」
「……うん」

「でも……思い出は思い出でしかないんだね……」

そう言いながら、俺と同じように痕跡を撫でた志乃は予想に反して笑っていた。
諦めの混じった……苦笑じみた表情。

「志乃…」
「大丈夫。もう……落ち着いてきてるし、受け止めてるから……」
「無理すんなよ」
「ふふっ、してないよ…………ありがとう、ハセヲ」

礼を言いながら笑む志乃は、前とは少し雰囲気が違う気がした。
はっきりとどこがどうとは言えないし、俺の見方が変わったのかもしれないけれど……



◆◆◆



この日をきっかけに、また俺と志乃は前のように会う機会が増えた。
俺から誘ってエリアに行くことも、志乃が誘ってくれることもあって距離が前よりもずっと近く感じる。

「ハセヲは、変わったね」

ことある毎に嬉しそうに言う志乃に、どういう顔をしたらいいかわからなくなる。
自分でも成長できているとは思っているけれど、改めて指摘されるのは苦手だ。
初心者のころや荒んでたころの自分自身を知っているから尚更。

「私も……変われるかな……」

呟く志乃はやっぱり前とは違って見えて、不思議な感じがした。
志乃しか見えていなかった時とは違う感覚。
それでも“支えになりたい”という根本は変わらずに──むしろ強くなってる気がする。

『素直に──』

心の願うままに、このまま傍に居てもいいだろうか。
“志乃の支えになりたい”という願い。
前とは違って、今の俺にはそれができるんじゃないかと思うから──

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