Vischio

こんなにも近いのに

俺が座るのはいつもの位置。
@HOMEの隅にひっそりと置かれた謎の植物の傍。
俺はいつもここで……



◆◆◆



何かに急かされるように、今日も『旅団』の@HOMEに向かう。
ワープポイントを経由して傭兵地区へ、キーを出すのももどかしく扉を開けた。

「……いない……」

いつもなら変な植物の傍に在るはずの姿が見えない。
自分が来るとすぐに気付いてくれるヒト。

『こんにちは、ハセヲくん』

振り向きながら微かに笑んで、迎えてくれるのに。

「あれぇ? ハセヲだ~♪」

のしっと背中に飛びつかれ、驚くと同時に顔を顰める。
なんだってコイツはこんなに馴れ馴れしいんだろう。

「……離れろ」
「にゃぅ」

身体を思いきり捻り、その勢いを利用して振り落とした。
そこに居たのはタビーだけじゃないことに気付いて焦点を合わせると、捜していた姿。

「あ、」
「……今日は早いんだね、ハセヲくん。何か、あった?」
「別に」

端的に言って視線を逸らす。
――こんな態度がとりたいわけじゃないのにこんな態度しかとれない。
本人を前にすると視線を合わせられないくせに、眼は勝手に志乃を追うんだ。

「……あの、さ」
「ん?」
「どこ、行ってたんだ?」

志乃は一瞬眼を部屋の奥へやってから俺を見た。
その表情は笑顔だったけど、どこか違う――無理をしているような、そんな顔。

「買い物、かな。中央広場でね、バザーが開かれてたから。キミも行きたかった?」

“かな”って……目的は別にあったんじゃないのか?
本当はジッとしてるのが辛いだけじゃないのか?
きっと――――を、捜しに行きたいんだろうと思うのに。
言い出せない。言ったら、志乃は今すぐ飛び出してしまう気がする。
それくらい……今の志乃は危うい。目を離したら消えてしまいそうな、崩れてしまいそうな雰囲気。

常に垣間見せていた芯の強さは、アイツがいたからなんだと嫌でも思い知らされた。

「志乃さん志乃さん、これハセヲにもあげていい?」
「うん、もちろん」

話に割って入ってきたタビーは手に何かを持っていて、それを俺に勢いよく突き出してきた。
至近距離すぎてなんだかわからず、寄り目になる。

「近い」
「あ、ごめんごめん。ほら、志乃さんに買って貰ったんだ~」
「……何これ」

ハセヲにもわけてあげるね、と嬉しそうに言う手に乗っているのはオレンジ色に近い黄色。
アイテム取得の音と一緒に表示された文字は“アジアンマンゴー”――これをどうしろと。

「大事に食べてね~」
「実際には食えねぇだろ……」
「んも~わかってないなぁ、ハセヲは!食べる気分を味わうんじゃん!志乃さんが買ってくれたんだから捨てたりしたらしょーちしないからね!」
「はいはい」

おざなりに返事をして志乃へ視線を戻す。
志乃は俺達の遣り取りに小さく笑うと、いつもの定位置へゆっくり歩いて行った。

「そーだ!師匠にもわけてあげよっと♪」

よほど嬉しいのか、最近はココに寄り付かなくなっている匂坂へショートメールを飛ばすタビーを見る。
獣人族の耳をピンと立てたかと思うとおもむろに志乃の方へ寄った。

「志乃さん、わたし師匠のとこ行ってきていい?」
「ん? うん、タビーの好きにしていいよ」
「いってきま~す!ハセヲも来る?」
「行かねぇ。さっさと行けよ、匂坂待ってんだろ?」

不満そうにするタビーを追いやって小さく息を吐くと、それに重なって後ろから溜息が聞こえた。

「志乃、さん…?」
「あ、ごめん。聞こえちゃったかな」
「……別に。俺しかいねぇし……」

気にすることじゃない。
……むしろ、志乃はもっと溜め込んでることを吐き出すべきだ。
それを伝えようか迷っていると、苦笑した志乃と目が合った。

「匂坂くん、もう来ないのかな……『旅団』…やめちゃうのかな…」
「……まだ、オーヴァンから連絡ないのか?」
「うん。今なにしてるのか、どうしてるのさえ……何も……」

そう告げる声は小さくて、でも顔は不自然に笑っている。

「笑うなよ……」

無意識に、俺は志乃に向かって呟いていた。

「無理して笑うなよ!そんな顔、すんな……!!」

呟きは一転して叫びに近くなるけれど、俺はそれを止めるつもりはない。
嫌なんだ。志乃が泣きそうな顔で笑うのが。
それを見るのが嫌なんだ。
どうせなら泣けばいいのに。弱音を吐いて、頼って、痛みを共に――

俺じゃオーヴァンの代わりになれないことくらい、わかってるけど……

「私……笑ってる?」
「え、」
「変だね。今……どんな顔してるのか……自分じゃ、わからない」
「志乃さ――」
「笑ってる、か……そっか……」

何かを思い出したのか、志乃は自分の中で納得してゆっくり顔を上げた。

「オーヴァンて、無愛想で無口で……めったにここに居ないでしょ?ギルドを立ち上げた時にね、言われた事があるんだ」
「……なに」
「…フォローは私の役目だって。間に入って欲しいって…そう、言ってくれたことがあるの。……きっと、その時から。私は笑っていようってずっと……思ってる」

懐かしそうに目を細めて言う志乃は、俺の知らない『旅団』を語る。
『旅団』と言うよりは、オーヴァンとの思い出を。今は居ない、消えたアイツのことを。

誰よりも近くにいるはずなのに、敵わない。志乃は俺を見ない。

でも今は、それでもいいんだ……

泣きそうな顔で笑うのを見るより、ずっと……ずっといい。

「ハセヲ」

不意に志乃が俺を呼んだ。
視線だけを向けると、さっきとは違う笑顔。ちゃんと笑ってる顔だ。

「ありがとう。……私、まだ頑張れる」
「そっか」
「うん」
それなら、オーヴァンが帰ってくるまで俺は――ずっと傍にいよう。
いつもの位置で、志乃の傍に。
例え支えになれなくても……

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