Vischio

あなたに、夢を。

『泣かないの……オトコノコ、でしょ……?』

嫌な夢。最近あの時の再現ばかりが繰り返される。
目の前から消える志乃、小さなデータ片になって手からすり抜けていく感覚。
自分に言葉を掛けながら、最後まで微笑んでいた。
今思えば、志乃は三爪痕のことを──オーヴァンのことを知っていたんじゃないかと思う。

それでもPKされたのはそれだけオーヴァンが志乃の特別で……



◆◆◆



「ハセヲ……何、考えてるの?」
「ッ、……志乃?」

かけられた声にハッとして顔を上げると、自分を覗き込む志乃の姿。
現実とゲームの世界が混ざって視界がぶれる。
ぐらりと揺れた世界に軽く目眩がした。
コレは本当に本物だろうか。

それとも夢の続きなのか──?

「ふふっ……寝落ち?」

言いながら手を伸ばして、俺の頭を撫でる。
志乃の癖なのか、気がつくとそれを好んでしているような気がする。
ガキ扱いみたいで俺はあまり好きじゃないけど、今は別だ。

──コレが夢じゃないと実感したかった。

「ハセヲ?」
「あ?い、いや、そんなことは──」
「うそ。私何回も声、かけたよ?」

悪戯っぽく笑って隣に座る志乃は「夢、見られた?」と何気なく聞いてきた。
“見られたか”と聞かれると良い夢を思い浮かべる。
見ていたのはとても“良い夢”なんて言える物じゃなくて言葉を詰まらせると、志乃はゆっくり首を傾げた。

「悪い夢?」
「……志乃、が」
「ん?」

──消える夢だ。
それは既に過去の出来事で、今の志乃は俺の隣に居るのに。
その先を言えない。言っても現実にならないことなんて解りきっているはずなのに。

いつから俺はこんなに臆病になったんだ。

「……ハセヲ、会おっか」
「は?」

志乃は俺の肩に頭を乗せる形で寄り掛かりながら、突然思いついたように言った。
ぐっと近くなった距離と、志乃の言葉の意味を図りかねて間抜けな声で返答する。

「映画とか……一緒に」
「でも志乃は一人で見るのが好きだって…」

言ってなかったか?
前に話題が出た時──旅団があったころだから大分昔のことみたいだ──いつものように、はぐらかされたのを覚えてる。

「ハセヲとなら、いいよ」
「っ、…………キャンセルとか、無しだからな!」
「ふふ、うん。いつにしよっか?」



◆◆◆



こんなとき、住んでる場所がそんなに遠くなくてよかったと思う。
近いとは言えないけれど、毎日通院できたくらいの距離。
俺は通い慣れた道を進んで、駅のロータリー前で志乃を待つことにした。

志乃は俺のことを考えて待ち合わせ場所を変えようとしたけど、俺にとってはそんなこと全然苦じゃないし、通う時間も待つ時間も今は楽しいと思える。

『ハセヲって結構乙女思考だよね』

脳裏に過ぎった一言に勝手に顔が引き攣る。
どういう流れか志乃のことをギルド内で話している時に、シラバスに言われたことだ。
当然殴って黙らせたけど、それだけでは到底収まらない。
頭を振って浮かんだ緑色の姿を振り払うと、視界の端に見慣れた姿が映った。

「志乃!」

声をかけるとこっちを向いて、どこか安心したように微笑むのが見える。

「ハセ、ヲ?」
「ああ。……なんか、新鮮だな」
「? なにが?」
「志乃、ずっと寝てたからさ…変な感じ」

言うと志乃は納得したように「そっか」と呟いて、俺に礼を言ってきた。
礼を言われる覚えなんてなくて志乃を凝視すると、優しい笑みが返ってくる。
続けて言われた「病院」の単語にようやく思い当たって、俺は誤魔化すように頭を掻いた。

「ずっと……来てくれてたんだよね?」
「そ、れは……その、当然じゃねぇか」
「毎日?」
「~~ッ、俺が行きたかったから……嫌、だったのかよ」

今更どうこう言ってもしかたないことを口にする自分に腹が立つ。
これで『嫌だった』なんて言われたら最悪だ。
だけど志乃は「まさか」と言いながら、いつものように微笑んだ。

「嬉しかったよ。……と言っても、私は覚えてないけど、ね」
「志乃……」
「ふふっ、ちょっと、残念。どんな顔で傍にいてくれたのかな。三崎、亮……くん?」
「──な、そ、え!?」

正に不意打ち。
だけどリアルの名前を呼ばれただけでこんなに動揺してる自分もおかしい。

『ハセヲって結構──』

「違うッ!」

えへへ、と笑う脳内のシラバスを全力で拒否する。
声が出ていたことに気付いたのは既に発声した後だった。
志乃を見れば案の定──首を傾げて不思議そうにする顔。

「あれ? 名前……違った、かな」
「ちが、いや、そうじゃなくて…」

もう自分でも何を言っているのかわからなくなる。
混乱して焦る俺を他所に、志乃は俺の頭を軽く撫でた。

「大丈夫、落ち着いて?」

そのまま俺の手を引いて、移動しようと言ってきた。

「私の……とっておきの場所。ハセヲに教えてあげるね」
「っ、い、いいのかよ、映画見るって……」
「それはまた今度、ね。……ハセヲ、集中して見られないだろうから」

クスクス笑う志乃を目で追いながら、引かれる力に任せて歩いた。

着いた先は川が見渡せる土手。
準備も何もなく芝生に腰を降ろした志乃はそのまま手を引っ張って俺を横へ座らせた。

「ハセヲ、こんな風にボーっとしたこと、ある?」
「そりゃ、」
「外で」
「…………ねぇな」
「たまには、いいよ?」

志乃の言葉に「そうだな」と返して川を見る。
今はまだ昼で明るいけれど、夕暮れ時はきっと今よりずっと綺麗なんだと思う。

志乃が好む場所は静かで、時間がゆっくり流れているような……そんな錯覚に陥った。
身体の後ろに手をついて空を見上げれば、丁度小さい鳥が頭上を横切っていくところ。
あの鳥はなんて名前だろうとどうでもいいことを考えていると、いきなり志乃が俺を覗き込んできた。

「ねぇ、ハセヲ…」
「……名前」
「ん?」
「名前で呼べよ。亮で合ってる、か……ら……って、な、なんだよ」

凝視と言えるくらいジッと見てくる志乃に言葉を詰まらせる。
すると、志乃は目元を細めて確かめるように「亮」と小さく呟いた。

「昨日、ちゃんと眠れた……?」
「あ、ああ。ちゃんと──」
「嘘はだめ。……目、赤いよ?」
「んなこと言われたって……」

志乃に会うことへの緊張と、また見た“あの時”の夢が浅い眠りしかくれなかった。
見られないように顔を逸らしたのに、志乃はわざわざそれを追いかけて身を乗り出してきた。
偶然かわざとか、バランスを崩した志乃が倒れ込み、そのまま俺に寄りかかる。
咄嗟に支えようとして出した手は不自然に浮いて、固まった。

「志、乃……!」
「ふふ、真っ赤……」
「ッ、どけって!」

──言ってんのに!

志乃は退くどころか身体の力を抜いて、俺の胸元へ耳を当てた。
これは新手のいじめだろうかと、そんなことを思う。

「うん、ドキドキしてる」
「~~~~ッ、」
「生きてる音……亮も聞く?」
「は? ……ちょ、おい!」

志乃は浮いていた俺の手を取ると、自分の胸元へ当てて確認するように俺を見上げてきた。

「……わかる?」

それどころじゃない。
リアルの志乃は──当然だけど──体温があって感触があって、微かに甘い匂いがする。
せめて視界だけでも、ときつく目を瞑ると志乃に取られたままの手のひらに振動を感じた。

「亮…もう、大丈夫だから」
「志乃?」
「消えたりしない、から……」
「ッ、お見通しかよ…」

現実世界で会おうとしたのはコレを俺に伝えるためなんだろう。
俺は志乃を理解しきれないのに、志乃には俺のことが筒抜けなのが少し悔しい。

「不安なら、隣に居てあげよっか」
「な、」
「眠るまで……眠っても……傍に、いるよ?」

言いながら、志乃はまた俺に寄りかかって目を瞑った。
このあとまた、きっと、いつものように。
いつもの台詞で──

「……………………言わねぇのかよ?」

「ん?」
「ほら、その……あれ、」

──── “なんて、ね” ────

志乃の得意技。俺を上から下へと翻弄する言葉。

「……言って欲しい?」

どっちにしろ翻弄されるのか、と。
悪戯っぽく微笑む志乃を見ながら小さく息を吐いた。

俺の答えは────

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