Vischio

「猫日」

「ねぇハセヲ……今日が何の日か、知ってる?」

タルタルガの@HOME内で、膝に乗せたデス★ランディの頭を撫でながら志乃が笑顔で聞いてきた。

今日は2月22日、これと言って特別な日でもなんでもない。
俺が正直に「知らない」と返事をすると、志乃はニコニコ嬉しそうに笑って近づいてきた。
──後ろ手に何かを隠し持ちながら。

「? ……何持ってんだ?」
「ふふ…ハセヲのために買ってみたんだ」

「じゃーん」とらしくもない効果音つきで取り出されたのは獣の──猫の耳。
どこで買ったんだ、とか売ったやつ誰だ、とか色々言いたい事があったけど、とりあえず志乃の腕を掴んで動きを止める。

「志乃…俺そんな趣味──」
「……付けてくれるよね?」

相変わらず笑んだまま、首を傾げてそう言った。
思わず頷きそうになって、慌てて頭を振る。
そう毎回毎回言うことを聞いてやる……わけ、に……は……

「ハセヲ……付けて?」

「………………ちょっとだけだからな」

それで気が済むんなら、と変なアイテム(猫耳)を渡すように手を出すと、志乃は「私がつけてあげる」と言って、俺にしゃがむように言ってきた。

──もう好きにしてくれ。

志乃に負けるのは何度目だろうと軽く落ち込みながら、その場に座りこんで頭を垂れた。

「うん、かわいい」
「志乃…」

正直、それは嬉しくない。
そもそも猫耳状態もこの場に志乃しかいない──NPCは無視だ──からこそ妥協しているのであって、一刻も早く取ってしまいたい。

「もう取っていいか?」
「どうして?」
「…………志乃?」
「ハセヲ……今日が何の日か、本当にわからない?」

僅かに首を傾げる動作。
近寄って見上げてくるその片頬に、涙型のペイント……
ゆるく弧を描いたままの唇に見惚れていると、サラリと髪を撫でられた。

「……ハセヲ、私の猫になって」

「────は!?」

「えぇ!?」

「ええぇ~!?」

今までなかった声に慌てて振り向くと、緑と桃色。
こいつ等が来ないうちに何とかしてしまいたかったのに──知れず舌打ちを漏らしたが、二人はそれどころじゃないようだ。
顔を赤くして真っ直ぐに志乃を見る。

「ししし、志乃さん、どういうこと?」
「ハセヲは志乃さんのペットになるってことかぁ~?」

志乃はゆっくり目を瞬かせてチラリと俺を見上げてくる。
ジッと見られて何も言えない俺を余所に、二人へ視線を戻すとにっこり笑った。

「うん、そういうこと……かな」

「ッッッ、志乃!!」
「ん?」

なぁに、と可愛らしく言ってくる志乃の腕を掴んで部屋の隅へと移動する。
シラバスとガスパーは真っ赤なまま「なんだか恥ずかしいね」だの「ハセヲは猫似合うぞぉ」だのと勝手な事を言っていた。

「どうしたの?」
「どうって……志乃こそ、どういうつもりであんなこと言ったんだよ」
「ハセヲは嫌……?私と一緒に居るの、嫌?」

その聞き方はズルい。
そんな風に嫌かどうかと聞かれたら──答えは一つしかないじゃないか。

「嫌なわけねぇだろ?そうじゃなくて──」
「なら、いいよね」

スッと腕を伸ばしてきた志乃は俺の首にそれを回す。
また志乃に振り回されるカタチで戸惑う俺の耳に『カチッ』と変な音が届いた。

「うん、似合うよ」
「今度は何──……なんだこれ」
「飼い猫にはつけないと……ね?」

……あぁ、本当に敵わない。
俺の肩に腕を乗せたまま志乃が笑う。
『死の恐怖』として名を馳せた俺なのに、たった一人には全然歯が立たない。勝てる気がしない。

そんな俺を嗤うように、首元で鈴がチリンと鳴った。

「今日はずっと一緒、だね」

──ま、いっか。
志乃が喜んでるんならそれでいい。



◆◆◆



「嫌だ」
「え~? 似合うから大丈夫だって、違和感ないよハセヲ!」
「シラバス……てめぇ、ここが仮にもタウンでよかったなぁ?」

ぴくりと米神を震わせてシラバスを睨む。
やつは乾いた笑いを零しながら、ガスパーと一緒に壁際へ素早く下がった。

「ハセヲ、行こ?」
「い・や・だ。例え志乃の頼みでも断る!」

志乃はあろうことかこの姿の俺を連れ出して、タウンへ行きたいと言い出した。
何故か外れない猫耳と首輪(鈴付き)をくっ付けたまま、俺は腕を組んで志乃から目を逸らす。
俺はあの目に弱いから、見つめていたら絶対負ける。

「どうしても……?」
「どうしても!」
「ハセヲと歩きたいな……」
「ッ、そ、そんなの今日じゃなくても──」

ぐらぐら揺れる思考を自覚して、俺はとことん志乃に弱いと舌打った。

「散歩……行こ?」

「志乃、絶対すぐ戻ってくるんだからな!俺はこの格好を認めたわけじゃ──」
「うん、ありがとう。嬉しい」
「っ、くそ…」

握られた手を軽く引かれ、俺は志乃と一緒にタルタルガのカオスゲートへ向かって歩き出した。
幸いにもここに居る連中は他人に興味が薄く、俺の事を見て居ない。
志乃が行きたいのはマク・アヌだと聞いて、渋りながらも結局は了承した自分を怨んだ。

カオスゲート前、見慣れた──でも若干苦手な姿を目に留める。
角の生えた小柄な少年──欅がそこにいた。
相手は元気よく手を振りながらニコニコ笑って話しかけてきた。

「こんにちは、ハセヲさん♪ その耳どうですか?僕が作ったんですよ」
「…………お前か、原因は」

ここがタウンじゃなかったら、と数回心の中で唱えつつ欅を睨み付ける。
コイツは全く気にした様子も見せずに「似合いますね~」と歌うように言った。

「気に入っていただけました?」
「うん。ありがとう」
「志乃……お前、欅に頼んだのか?」
「違うよハセヲ。言ったでしょ?買ったの」

……そんなニコニコしながら言われても。
しかも買ったって……

「欅、お前金なんか稼ぐ必要ねぇだろ?」
「僕は夢を提供してるんですよ♪ 代わりに貰うものはお金じゃなくてもいいんです」

なに言ってんだコイツは……

変わらずニコニコする欅に、隣りで志乃が「ふふ」と小さく笑う。

「ちょっとごめんね」

そういいながら俺の手を離して、何かのデータを欅に渡した。

「はい、確かに。ハセヲさんよく撮れてますね~」
「な!? ちょ、見せろ!欅!!」
「では僕はこれで。また会いましょうね、ハセヲさん♪」

相手を掴もうとして手は虚しく宙を掻き、蒼い光が手のひらに反射した。

「志乃、さっきの……!」
「うん、代金」
「中身は!?」
「猫耳ハセヲ」

あっけらかんと言う志乃に、俺は呆然としたままその場を動けなかった。

「あの子に会う為にマク・アヌまで行こうと思ってたんだけど……もう、会っちゃったから。エリアにしよっか」

タウンに行かなくていいのは助かる。
疑問は残るものの、俺はいくらか安心して志乃の提案に賛成した。

志乃の好きなエリアを二人で歩く。
風になびく黒い裾や薄桃色の髪を目で追いながら、結局何がしたかったんだと聞いた。

「ハセヲと居たかった、かな」

返ってきたのは不明瞭な答え。
いつも一緒にいるのに、なんでわざわざ──?

よくわからないと思っていると、志乃がいつの間にか横にいて、俺を覗き込んできた。

「……ハセヲ、変わったから」
「変わった…?」
「放っておくとすぐに置いてかれそう……だから、ね」

腕を伸ばして、笑みを浮かべながら猫耳を撫でる志乃。

「捕まえておきたかったの」
「ッ、」
「ふふ……なんて、ね」
「!? なんだよ……冗談かよ」

声が不機嫌をおびて低くなる。
志乃はいつもそうだ。聞きたい答えほど、上手にかわして誤魔化す。
今回もそれか、と溜め息をつくと腕にそっと触れてきた。

「志乃…?」
「どっち、かな。冗談なのか、本当にそう思ったのか…私にもわかんないな。……ね、ハセヲはどっちがいい?」
「…俺に聞くのかよ。そんなの当然──」

冗談じゃないほうがいいに決まってる。
触れられていた手をつかんで引き寄せて、きつく抱き締めながら呟くように告げた。
腕の中の志乃はクスッと小さく笑いをこぼす。

「……そっか。うん、そうだといいな」

俺にはまだまだ志乃を掴みきれない。
俺が志乃に置いてかれるんじゃなくて──置いてかれそうなのは俺のほうだと思うんだ。

「ね、ハセヲ…」
「ん?」
「私が本当にペットになってって言ったら、どうする?」
「…………ペットは嫌だ」

側にいるのなら、ペットじゃなくて──対等でいたいんだ。
志乃はそこんとこ、ちゃんとわかってくれてんのかな。

相変わらず俺には到底理解できない思考回路で「そうだよね」と嬉しそうに漏らす志乃。
志乃を掴めるまで──たとえ掴めたとしても、拒絶されない限り離れてやらねぇからな。



◆◆◆



「やっと取れた……」
「残念。似合ってたのに」
「あのな……で、結局何の日だったんだよ」
「本当に知らないんだね。今日は猫の日なんだって」

ふふ、と笑いながら俺の首輪を外している志乃を見下ろして、だから猫耳だったのかとようやく納得した。

「欅君、だっけ……あの子が言うには、飼い主……ハセヲだったら私だね。私から離れると頭痛がするようになるって言ってたよ」
「は……?」
「ほら、孫悟空っているでしょ?あの輪っかみたいに……ハセヲ?」
「もう処分したほうがいいってそれ……」
「うん、そうだね。こんなものなくても、ハセヲは居てくれるよね」
「志乃が“嫌”って言わない限り居るからな」
「……もう、そこはもっと強気でもいいのに」
「ん?」
「ハセヲらしい、かな」
「なんだよ志乃」
「ふふ、なんでもない」

問い詰めてもはぐらかす志乃に苦笑して、前を行く背中を追った。

いつかきっと、横に……対等に、並んでみせる──

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