Vischio

Ring-Ring!


※ED後
※オドロキくんがなんでも事務所で炊事・掃除を担当していた設定





≪某月某日 午前8時48分──成歩堂なんでも事務所≫

「おはようございまーす!」

入室とともに元気よく挨拶をした心音は、シンと静まり返った事務所内を確認し、ドアノブを掴んだまま数回瞬いた。
思わず携帯電話を取り出して時間を見るが、いつも通りで早く来すぎたわけでもない。
カギはかかっていなかったから、成歩堂はすでに来ているはず。

(…散歩かな?)

近場の公園を思い浮かべ、心音はそう予想を立てると荷物を置いてソファへ腰を下ろした。
走ってきたことによる軽い疲れと、ゆうべは寝るのが遅くなったせいか、黙って座っていると眠ってしまいそうな気がする。

<…ネムイ…>
「うん…眠いね…」

モニ太が漏らす本音に相槌を打ち、声を出すことで眠気を飛ばそうと試みる。

──希月さん、眠いなら一緒に発声練習でもする?

ふと思い出した言葉は王泥喜のものだ。
いつだったか、今と同じようにソファで眠気と格闘していた心音を見て、彼は笑っていた。
名案と言いたげな笑顔につられて頷いた心音に、“待った!”をかけたのは所長だった。

──オドロキくん。やるなら外でお願いするよ。ついでに牛乳買ってきてくれるかな。
──オドロキさん!みぬき、お昼ごはんはホットケーキがいいです!

牛乳からの連想なのか、マジック道具の手入れをしていたみぬきが期待に満ちた目で王泥喜にリクエストした結果、その日のお昼はホットケーキだった。
まん丸でふわふわした綺麗な狐色の生地、傍らにはバターやジャム、もちろんメープルシロップもあった。

(おいしかったなぁ)
<マタ タベタイ!>

心音は緑色に点灯しているモニ太を弄りながら、しばらくは食べられそうもない現実に気づいて肩を落とした。
なぜなら、彼女が“また食べたい”のは王泥喜が作り、事務所のみんなで食べたあの時のホットケーキだから。

(クライン王国にもホットケーキってあるんですか?)

ソファの背にかかったままの赤いジャケットを見やり、語り掛けるようにして考える。が、当然返事はない。
わかっているのに、最近そうしてしまう頻度が増している気がして小さく唸った。

「……先輩が急にいなくなるからですよ」

心音はため息交じりに赤いジャケットを軽くたたいて、テーブルの上に散らばる紙類を拾い始めた。
捨てていいものなのか、大切なものなのか。いまいち分からないので下手に弄れないが、束ねれば少しは隙間が空くはずだ。

帰国して以来、成歩堂なんでも事務所はなぜか日に日に物が増えている。
ふと視線を走らせると床の上にもマジック道具や紙が散らばっていて、油断したら踏みつけてしまいそうだ。
変わらず綺麗なままなのは、成歩堂がこまめに世話をしている“チャーリー先輩”周りくらいだろう。

(掃除はオドロキ先輩がしてたもんなぁ)

目に見えて散らかりだすと心音を助手に(無理やり)任命し、ときには成歩堂さえも叱りつけて動かしていた。
さすがにマジック道具は勝手に処分できず、いつもの場所──ピアノの周りへと運ばされ、みぬきの帰りを待つことになるのが常だった。

<サミシイヨー>

首元から聞こえた声にハッとして、とっさにモニ太を押さえつける。
音が漏れないよう力いっぱい握りしめてから、そうっと首を巡らせた。幸い、成歩堂はまだ戻ってきていないようだ。

「……寂しい」

確かめるようにつぶやくと、それが実感を伴って胸中にじわりと広がっていく。
聞こえるのが当たり前だった、無駄に大きな声はどこからも聞こえない。
呆れや小言を交えて、あれこれ世話を焼いてくれることもない。
“先輩”と呼びかけて返事が返ってくることも、裁判の前に「希月心音は大丈夫です!」と全力で励ましてくれることも……もう、ないのだ。

目の奥が熱くなるのがわかってぎゅっと目を瞑る。
王泥喜とは電話だってつながるし、手紙もくれる。二度と会えないわけじゃないのだから、泣くのは変だ。

「ああもう、こんなのわたしらしくない!!」

心音は集めた紙類をテーブルへ置き、すっくと立ちあがると気分を入れ替えるために頬を二回たたいた。
両手を握りしめ、息を吸う。

「希月心音は、大丈夫です!」

ちらりと視線を下げ、モニ太が青──困った顔のまま、変わらないのを握りしめることで隠すと、それを首から外してテーブルに置いた。

こんな風に気分が沈んでしまうのは、静まり返った事務所にひとりで居るからだ。
この赤いジャケットが先輩を思い出させるから。
ガサガサと乱雑に紙集めを再開しつつ、もう一度隣にある赤を横目で確認する。

見たくないのなら見えない場所へ仕舞うか、王泥喜に送ってしまえばいい。
実際に、彼が日本に残した諸々は必要なものをピックアップし、折を見て成歩堂が送ると言っていたのだから。
──それなのに、心音にはそれができない。
仕舞いこむどころか、事務所内の目が届く範囲に馴染んだ赤がないと落ち着かない。

「…このムジュンにつきつけるべき証拠はなんですか、先輩」

クライン王国でやることが落ち着いたら日本へ戻ってくる、と言ってくれたけれど、そのままこちらに居着いてくれるのだろうか。
数年──もしかしたら十数年かもしれない──向こうで過ごせば、あちらでの縁も結ばれるだろうし、愛着だって湧くだろう。
それに、恋人や伴侶だって──

ぼんやりと考えているうちに瞼が重くなり、心音の手からは集めた紙が滑り落ちていく。

(ああ、また先輩にどやされる)

とっさにそう思ったところで、心音の思考は落ちた。

あたり一面が真っ暗なのに、不思議と自分とその人だけは色づいてはっきり見える。
心音が派手と称した赤いジャケットの持ち主、王泥喜 法介。
夢と認識できる夢はなんと言ったか。呆けたままの脳が描き出す映像を見つめていると、今度は声が聞こえた。

「希月さん、久しぶり」

言いながら満面の笑みを浮かべ、王泥喜が肩を揺らす。
しばらく見ていないのに、案外はっきり覚えているものだと自身に感心しつつ、視界の端でチカチカ点滅する緑色を意識した。緑は喜び、楽しさの色。
──これは夢だ。わかっていても、会えて嬉しいと心が言っている。

「……先輩は、元気でやってますか?」
「もちろん!そうだ、紹介するよ」

照れたように頬を掻く王泥喜の仕草とともに、彼の隣にぼんやりと人影が浮かび上がった。
俯いていて顔は見えないけれど、異国色が濃い衣服はきっとクライン王国のものだろう。
華奢な体躯に、柔らかな体のラインは女性であることを示している。
明滅する緑が弱まり、それを押し出すようにして青い光が大きくなっていく。

「オレ、この前結婚したんだ。それで、彼女はオレの──」

青は──不安、恐怖、悲しみ。

「待ったぁああ!!」
「ぐっ!?」

ドン、と突き出した手に衝撃を受ける。
心音が手のひらを握ったり開いたりしながら体を起こすと、成歩堂が蹲って悶えているのが見えた。

「ナルホドさん?どうしました?」
「…たった今、ココネちゃんに突き飛ばされたんだよ」
「えっ、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
「だいじょうぶさ……慣れてるからね。それより、そろそろ放さないとオドロキくんのジャケットが皺になっちゃうよ」

どうやら成歩堂は心音の手から赤いジャケットを引き抜こうとしていたらしい。
心音に引っ張られ、背もたれから滑り落ちたジャケットはソファの上でぐしゃりと潰れる形になっていた。
慌てて救い上げて成歩堂からハンガーを借り、マジック道具の箱(人間が入るサイズ)に引っ掛ける。
バタバタ動き回ったせいで、危惧していた通り何枚か紙を踏みつけくっきりと足跡を残してしまった。

ある程度落ち着いたところで、思い出すのは夢の内容。
王泥喜と心音と、見知らぬ女性。チカチカ光る緑と青。
夢の中の心音はココロスコープの中にでも入りこんでいたのだろうか。

「…あのー、ナルホドさん」
「なんだい?」
「もし、オドロキ先輩が向こうで結婚したって聞いたらどうしますか」
「え!?オドロキくんが結婚?したの!?」
「いやいや例え話です!!」
「なんだ例えか…………うーん…そうだなぁ。びっくりするけど、もちろんお祝いするよ。どうせなら直接祝いに行くのもいいね」
「そうですよね…」

成歩堂が顎をさすりながら告げた内容に、心音は力なく相槌を打つ。
心音がしたことといえば、全力の“待った!”である。夢の中ではお祝いするどころか、報告を聞きたくないとまで思っていた。
思い出す頻度、寂しさを感じる心、傍に置いておきたい赤い色──

(これは……わたし、もしかして……)

──恋、と呼ばれる感情ではないのか。

「嘘でしょぉぉお……」

離れてから初めて気づく、なんてベタもいいところだ。
頭を抱えてうなだれた部下を見て、成歩堂は不思議そうに首を傾げていたが、心音から夢の話を聞くと何度か瞬いたあとに笑い出した。

「それでぼくは突き飛ばされたのか」
「ごめんなさい……」
「いや、そうだな……ココネちゃん、オドロキくんに聞いてみたら?」
「へ?」

成歩堂は胸ポケットから取り出した携帯電話を操作すると、はい、と言いながら心音に向けた。
にこにこする成歩堂の手には彼の携帯電話が乗っている。
促されるまま見た画面は“オドロキくん”を呼び出している最中──

「わあ!?」
「あ」

慌てて飛びついた心音が電源ボタンを押して成歩堂を見上げると、ほぼ同時にトノサマンのテーマが鳴り響いた。
驚いて肩を揺らす心音をよそに、成歩堂はあっさりと心音から電話を引き取り「もしもし、オドロキくん?」と返事をしている。

「いやいや、事故とかそういうのはないから大丈夫。うん。ココネちゃんが君に聞きたいことがあるらしいんだ」
「ちょっとナルホドさん!」
「そうそう、オドロキくんにしか答えられないみたいでね。……ああ、そうなの?わかった、伝えておくよ」

強引に割り込むこともできず、やきもきと両手をうごめかせていた心音は、成歩堂の「それじゃあまた」という締めの言葉に動きを止めた。

「オドロキくん、今ちょっと手が離せないから、時間が空いたらココネちゃんの方に直接かけ直すって」
「…………は?」
「今日はいつでも出られるって言っておいたからね」
「…………」

成歩堂は笑顔のまま、流れるように本日の予定を告げていく。
いわく、今日の仕事は雑務のみだとか、午後からはみぬきのショーに付き添う関係で事務所を早めに閉めるだとか──

「えええええ!!?」
「まあ、出る出ないはココネちゃんに任せるよ」

任せると言われても。
成歩堂は先ほど“王泥喜にしか答えられない”質問が心音にあると伝えてしまっている。
例え今電話にでなかったからといって、王泥喜がそれを放置するはずがない。
心音が出ないのなら成歩堂やみぬきを経由して、なんとか捕まえようとするに違いないのだ。

「……選択肢なんてないじゃないですかぁ」
「ははは」

***

心音が仕事の合間に出した結論は“聞くだけ聞いてみる”こと。
多忙な王泥喜がせっかく時間を作ってくれるのだから、無駄にするのはもったいない。

「Let's do this!」

パシン、と手のひらを打ち付けたところでタイミングよく着信音がなった。時計を見ると昼を少し過ぎたあたり。
画面に表示される“オドロキ先輩”の文字を確認した心音は、反射的に緑と黄色が明滅する様を思い浮かべてしまい、目頭を押さえた。
──先ほどの夢の内容といい、ちょっとココロスコープが主張してきすぎだと思う。

(一種の職業病かしら…)
「ココネちゃん、出ないの?」
「あ!出ます!!もしもし!!?」

視界の端に笑う成歩堂が映ったけれど、今の心音はそれどころではない。
早鐘を打ち出した心臓から意識をそらしつつ、電話を通じて相手の様子を伺うことに神経を集中させた。

『…びっくりした。希月さん、大丈夫?』

遠ざかっていた声が近づくのがわかり、いきなり大きな声を出してしまったことを謝る。
王泥喜は笑い交じりに「何もないならよかった」と電話の向こうで安堵したようだった。

<センパイ ヤサシイ>
『え?』
「ななななんでもないです!」

心音はモニ太を握り締め、スピーカー部分をふさぐ。
これで向こうまで音が届くことはあるまい。

『希月さんがオレに聞きたいことってなに?』
「ええと…ですね……先輩、結婚する予定ありますか!?」
『は?』

ぶふ、と、またしても成歩堂が噴き出す。
同時に茶色いしぶきが飛び、書類が、コーヒーがと一人で騒ぎ出した所長からそっと目を逸らした。

『……ごめん、もう一回言ってくれるかな』
「オドロキ先輩は結婚する予定ありますか?」
『聞き間違いじゃないのかよ!……ないよ、そんなの。相手すらいないのに、あるわけないだろ』

ないと断言されて安心したが、思い切り“呆れました”と言いたげな溜め息をつかれてしまったことに言葉が詰まる。
確かに日々を忙殺されている王泥喜には、時間を割いてまで聞くことなのか疑問に思っても仕方ない内容だろう。
だが、それを知らされた夢がきっかけで気持ちを自覚した心音にとっては、大変重要なものである。

『それで、どうして急にそんなこと聞こうと思ったのさ』

なにげない(当然といえば当然の)質問に、心音はびくりと跳ねる。
王泥喜が目の前にいたならば、彼女の表情や雰囲気で質問を引っ込めたかもしれないが、不運なことに電話越しである。
無言の心音に対して不思議そうに「希月さん?」と名を呼ぶだけだ。

適当に言葉を濁して通話を終えるという選択肢もあったのに、軽くパニックになっていた心音は無意識に「夢を」と零してしまった。

『夢?』
「…………夢を、見たんです。先輩が結婚して、奥さんを紹介してくれる夢」
『うーん……オレには全く想像できないけど、希月さんはオレに結婚してほしいってこと?』
「逆ですよ!」
『え』
「嫌だったから……現実になってほしくなかったから、確かめたんです」

──そこまで言ってから、言い過ぎたと口を閉じたが既に意味はない。
成歩堂はにやにや笑って自身の腕時計を示すと、次に心音を指し、カギを閉めるジェスチャーをしてからそっと事務所を出て行った。みぬきのショーの時間が近いのだろう。

と、逃避してみたが言ってしまったものは戻せない。
黙り込んだままの王泥喜の様子がわからず、ごくりと唾を飲み込む。
どう反応されるのかは怖いが、このまま何も言わないのも気まずい。

「あ、あのー……オドロキ先輩、今のは」
『待った!!』
「ひゃい!?」

久々に聞いた王泥喜の“待った!”は耳元でやられると凶器でしかない。
心音は携帯電話を逆の手に持ち替えて、キーンと耳鳴りを起こしている耳を押さえた。

『ええと、つまり……どういうことだ?』

聞こえてきたのは明らかに独り言。
考えなくていいです、忘れてください。そう言いたいのに、気づいてほしいとも思う。
とりあえず何か言わなければと焦る心音に、銃声に似た破裂音と王泥喜の驚く声が届いて一気に体温が下がった。

「せ、先輩!?大丈夫ですか!?」
『けほっ…うん、平気だよ。希月さんごめん、ちょっと待ってて』

抑えた咳とくぐもった声は心配だったが、王泥喜が襲撃を受けたわけではないらしい。
なんとか向こうの様子がわかればと耳をそばだてていると、彼は電話を持ったまま移動しているようで、思ったよりもはっきりと音が拾えた。

『──ダッツさん!』
『だっはっはっは!かんしゃく玉第二弾、黒煙サービスバージョンである!』
『事務所ではやめてくださいって言っておいたでしょう!』
『反省しているであーる!』
『態度も反省してください!!……まったく』
『お、またナユタ坊から依頼か?』
『違います。……もしもし、希月さん』
「はい!!」
『たぶん聞こえてたと思うけど、ダッツさんのいたずらだったよ』
「そうみたいですね」

盗み聞きのような真似を咎められるかと思っていたのに、王泥喜の方は筒抜けを前提として話しているのがおかしくて、心音は小さく笑った。

『煙で部屋がヒドイ有様だ……』
「でも、先輩が無事でよかったです」
<アイタイナー>

ほっと息をついたタイミングで漏れた電子音声に、驚いて首元を押さえる。
心音はそれをなんとか誤魔化そうと思ったが、ふとその必要性を自問した。

(……別に、変じゃないよね)

みぬきだって時々「会いに行っちゃおうかなぁ」と呟いているし、先輩に会いたいと思う後輩だって普通だ。

(うん、誤魔化す必要なし!)
『……………オレも』
「先輩?」
『会いたいよ』

ぽつりと落とされた一言で心音の体温が上がる。
握りしめたモニ太からは“ナニコレ ハズカシイ!”と心音の心を代弁する叫びが飛び出した。

「せ、先輩恥ずかしいです!!」
『な!?なんだよそれ!希月さんが先に言ったんだろ!?』
「わたしじゃなくてモニ太だもん!!」
『……いや、それってつまり本音』
「とにかく!!」

心音はじっとしていられず、意味もなく足を踏み鳴らす。
そのまま立ち上がると、こぶしを握り締めた。

「わたし、きっと近いうちにそっちに行きます!絶対、行きますからね!」
『…うん。そのときは、ぜひオレの事務所を見てほしいね』
「楽しみです」

成歩堂に相談して、どうせなら前々から行きたがっているみぬきや、しのぶも誘ってみようか。
王泥喜はまだまだ多忙だろうから、何かできることがあれば手伝いたい。

すでにクライン王国へ行くことを決定させた心音は、この電話のきっかけを思い出し、終了へと流れていた空気をせき止めた。

「先輩、わたしが行くまで結婚相手作らないでくださいね!」
『まだ言ってる……希月さんが来たあとならいいのかよ』
「はい。たぶん結果がでますから」
『え?それってどういう、』
「直接会えるときまで秘密です!それじゃあオドロキ先輩、長々と付き合わせてすみませんでした。また連絡しますね」
『あっ、ちょっと!』
「失礼しまーす」

言うだけ言うと、心音は一方的に通話を切り、携帯電話の電源ごと落とした。
折り返されても答える気はない。

「…とりあえず、しのぶにライバル宣言かなぁ」
<コワイヨー>

親友から嫌われるかもしれないのは怖いけれど、隠し事をするのはもっと嫌だ。
心音は目に入った赤色の前に立つと腰に手を当て、不敵な笑みを浮かべた。

「ふっふっふ。わたしは正々堂々、真正面からいきますから。覚悟しててくださいね先輩!」

ここに成歩堂やみぬきがいれば“本人に言わないと意味ないんじゃ”等とつっこみが入ったかもしれないが、あいにくこの場には心音しかいない。
彼女は赤いジャケットの状態を確認すると、元の場所──ソファの背もたれへ引っ掛けて満足げに頷き、鼻歌交じりに事務所を後にしたのだった。

◆◆◆

「…………くそっ、つながらない」
「ホースケ、遊んでないでこちらを手伝ってください」
「あれ、お前いつ来たんだ?」
「あなたが顔を赤くして叫んでいるあたりでしょうか」
(具体的にどこなのか気になるけど、聞きたくない…)
「これは今週中にお願いします」
「…うわぁ……無理だろ、せめて来週頭にしてくれ。ナユタ、今度希月さんがこっちに来るってさ」
「ああ、あのド腐れピータン──失礼、ヒヨコ弁護士ですね」
「ヒヨコもどうなんだ」
「ふむ。彼女向きの仕事もたくさんありますよ」
「いやいや、遊びに来るんだって!」
「今は猫の手でも借りたい状況です。利用できるものは利用すべきでしょう?」
「それで来たくないって言われたら困るんだけど」
「……ほう」
「な、なんだよ」
「よほど会いたいのですね」
「ぐっ、それは……」
「ふふ。私が彼女を説得しましょうか?」
「い、いいよ!オレが話すから!」
「ええ、是非お願いします」
(…………あれ?)

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