カラクリピエロ

愛してるって言ってみて


※現パロ/両想い





友達に借りたのだという少女漫画を読みながら、“不可解”とでも言いたげに難しい顔をしたおれの彼女は唐突に、

「勘右衛門、愛してるって言って」

と、わけのわからないことを言い出した。

いや、おれだってこれが二人きりで名前が熱に浮かされた目でおれを見つめながら…くらいのしかるべきシチュエーションで言われたなら乗ってたかもしれないけど。
委員会中の教室で(とはいってもやることないから暇だ)、紙パックのジュース片手に漫画読みながらって。
――――ない。いくらなんでもこれはないだろ。

「…やだよ」
「えー、勘右衛門ならさらっと言いそうだと思ったんだけどなー」

残念、と言いながらあっさり引き下がる名前の目は相変わらず漫画を追っている。
大方クライマックスのシーンを見て気まぐれに言ってみただけなんだろう。そう思っても、おれならってとこがちょっとひっかかった。

「おれ軽いってこと?」
「そんなんじゃなくて、言っても違和感なさそうってだけ」
「…………あいしてる」
「お」
「…反応薄いじゃんか」

名前がようやくこっちを見たのはいいとして、言った後で今さら恥ずかしくなってきた。
逃げ出したいのを堪えて彼女を観察していると、名前はふにゃりと表情を崩し、片手を頬に当てた。うん…可愛い。

「なんか、棒読みでも結構嬉しいね。びっくりしたー」
「…っていうかさ、こういうとこで言わせる言葉じゃないだろ」
「――大いに同感だな」
「うわ、鉢屋くんいたの」
「ああいたとも。なぜなら今は委員会の真っ最中で、ここは私たちの活動場所だからな」

突然割って入ってきた三郎は笑顔に皮肉を滲ませて名前に返すが、彼女は気にした様子もなく「鉢屋くんは言いそうにないよね」と笑いながら手をひらひら振った。三郎のこめかみがぴくりと引きつる。
このあとの展開は予想済みらしい名前が、そそくさと帰り支度を始める様子につい笑ってしまった。

「勘右衛門、こいつを送り返してこい」
「言うと思ったよ。おれも帰っていい?」
「駄目に決まってるだろ」
「えー…いいじゃん、やることないしさぁ」
「送ってもらわなくても私なら自主的に帰れるから大丈夫。勘右衛門ありがとね」

そのお礼はさっきの気まぐれに付き合ったことに対してだろうか。
嬉しそうに笑う名前に気を取られて咄嗟に判断できず、あっさりバイバイと手を振って教室から出ていく彼女を見送ってしまう。
慌てて追いかけながらの呼びかけは意外にも大きくて、その音量に自分で驚いてしまった。

「どうしたの?」
「送るよ」
「すぐそこなのに」

それでも、と返すつもりだったけど、隣に並んだ名前にするりと腕を絡め取られ、上機嫌な鼻歌まで聞こえて…どうやら言わなくても良さそうだ。

「さっきの漫画ってどんなの」
「ドロドロ昼ドラ系。愛してるって言わなきゃ殺してやるー、って感じかな」
「それホラーだろ」
「ちがうよ、今はやりのヤンデレだよ」
「流行りなの?」
「……だったらいいよね」
「適当だなぁ」

笑って相槌を打ち、なんとなく名前が“理解不能”って顔をしてたのを思い出しながら頭にキスをした。

「…勘右衛門のツボがわかんない」
「ヤンデレの話?」
「なんで今キスしたのかって話」
「え、それ答えいる?」

落ち着かない様子でおれの腕を抱き込む名前が首を振る。
いらない、のジェスチャーなのはわかったけど、くすぐったいのとドキドキするのとが混じり合って、つい足を止めて頬にもキスしてしまった。

「……勘右衛門」
「んー?」

文句を言いたげに見上げてくる彼女に笑みを返して両腕を捕まえる。
ぎょっと目を見開く名前を可愛いなぁと思いながらこめかみにも口づけて、そのままぎゅうと抱きしめた。やわらかいし、いい匂い。

「勘右衛門、これじゃ帰れない」
「愛してるって言わなきゃ離してやんない」
「…………なにそれ」
「ヤンデレごっこ。好きなんだろ?」
「それたぶん違うし、別に好きじゃないから」
「おれは結構好きかも。名前限定で」

自分よりも小さくて細い身体を腕で囲って肩口に顔を擦り付けると、名前が小さく息を吐いた。
傾けられた頭がこつんと軽くぶつかる。甘えるような仕草にドキッとしながら、無意識に彼女を抱きしめる力を強めていた。

「――い…ってぇ!!」

ガリ、というかガブ、というか…ともかく噛まれた耳を押さえて離れる。
名前はおれをじっと見て「涙目」と呟いたかと思えば、にっこりとすごく嬉しそうに笑った。どうしようおれの彼女Sの気があるかもしれない。

「熱烈すぎるだろ!」
「ヤンデレ風」
「いや、意味が――」

わかんない、と言おうとしたところで抱きついてくる名前に遮られる。
ごめんの後に聞こえたのは弱りきった「これで勘弁して」という呟きで、ようやく今のが“愛してる”の代わりなんだと気付いた。かなり痛かったけど、愛の強さだと思えば……

名前、やっぱ帰んないで待ってて」
「やだ」
「なんで即答だよ」
「嫌な予感がするから」
「全然やなことじゃないって!むしろ気持いい…っていうか おれだって今すぐ押し倒したいの我慢してんだから待っててくれたっていいだろ!」
「廊下のど真ん中でなに言ってんの馬鹿ー!!」

名前の絶叫の方が絶対でかいと思う。
待っててくれないなら仕方ないから委員会終わった後に部屋まで行くと言ったら、名前はさんざん渋りながらもOKを出した。もちろんお部屋訪問でもこの場での押し倒しでもなく、一緒に帰宅、のみだけど。当然、寄り道はするよね?






(…………こっから愛してるって叫んだら帰っちゃうかな)
「尾浜先輩、外になにかいるんですか?」
「いるよーめちゃくちゃ可愛いのが。ほら、あの木の下、見える?」
「あー、ふふ。苗字先輩でしたか」
「おれのだからね」
「………………」
「あれ、尾浜先輩、耳赤くないですか?」
「え、マジ?目立つ?」
「いえ…大丈夫です、なんとなく、くらいですから。痛くないんですか?」
「もうぜーんぜん。まぁ痛くても愛だから平気」
「………………意味がわからんぞ」

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