あとでのお楽しみ
※両想い
「名前、見てごらんこれ!予算で買ってもらえたんだ」
そう言いながら見せられた包帯巻き機にびっくりして、現物が目の前にあるにも関わらず、つい「本当?」と聞き返してしまった。
手に入れた経緯を聞けば伊作のちゃっかりっぷりが発揮されたというか…幸運、と言ってもいいんじゃないだろうか。不運の代名詞といわれる保健委員なのに。
「伊作すごい!」
「だろう?」
テンション高く、嬉しそうにハンドルを空回しする伊作はどこか子供っぽくて可愛い。
にこにこしているのにつられて笑ったら、伊作に腕を引かれ強く抱き締められた。
「…ねえ名前、もっと褒めてくれてもいいと思わない?」
「いいけど、それなら少し緩めてくれないと」
密着しすぎて身動きできない体制での台詞に返せば、伊作は素直に腕の力を弱めてくれた。
膝を立てて伊作の頭を胸に抱えるように抱き込む。
「えらいえらい」
言葉とともに頭を撫でると、くすくす笑い声をあげる伊作からありがとう、とお礼が聞こえた。
最後にひと撫でして、伊作から身体を離そうとすれば、それを妨げるように腰が抱かれる。
「伊作、もうすぐみんな来るよ」
「もうそんな時間か」
台詞とは裏腹に擦り寄ってくる伊作は可愛いし、離れがたいと態度で示してくれるのは嬉しいけど、私としてはこういう伊作を後輩に見せたくない。
ふと思いついてぎゅっと伊作を抱き締め返し、耳に息を吹き込む。
「っ、な!?名前!?」
「…また後で。ね?」
目を見開いて赤くなる伊作がごくりと息を飲むのがわかる。
笑ってしまいそうになるのを堪えて首を傾げれば、伊作は「うん」と素直に頷いた。
+++
「――というわけで、今日はみんなで包帯を作ろう!」
「…………善法寺先輩、念の為聞きますが、これは」
「え?ふんどしだけど?」
嫌そうに指で布をつまみあげる左近にケロリと返す伊作の横で、私も左近に負けないくらいうんざりしながら溜息を吐き出す。
話よりも新しい道具に興味を示していた一年生も、やりとりを聞き取って視線をこっちに向けた。
「この際贅沢は言っていられないからね、捨てるくらいなら再利用したほうがいいだろう?」
その志には同意したいけど、忍たまと先生方の使い古しのふんどしと聞いては途端にやる気がガタ落ちする。
「だいたい私も参加させるってどういうこと……」
思わずこぼした私の声を聞き取ったのか、数馬がハハ、と乾いた笑いをこぼした。
その既に諦めてる態度はよくない。一、二年生も“保健委員だから”と納得しそうな雰囲気だけど、私は嫌。
――利用できるなら“伊作の彼女”って立場だって利用してやる。
「…伊作は、私に自分以外のふんどし触らせて平気なんだ」
いかにも悲しげに、今にも泣きそうな声で言いながら恨みがましく伊作を見る。
彼はぱちりと瞬きをしてから優しく微笑んだ。
「まさかぁ」
「だったら、」
「うん。だから名前はこれを巻いてくれるだけでいいからね」
ずいっと差し出されたのは包帯巻き機。
思わずギリッと歯がみした私に、伊作はふふ、と楽しそうに笑う。こういうとき伊作の強かさが憎い。
彼とは別にすっかり騙されてくれた一年生二人は、一緒に頑張りましょうと私を励ましてくれた。
キコキコ鳴り響く包帯巻き機の音を聞きながら、ひたすらハンドルを回す。
なにが悲しくてふんどし包帯なんて作らないといけないのか。
「それは名前が保健委員だから」
「わかってるよそんなの!逃避くらいさせてくれたって……ね、伊作」
「ん?」
「腕が痛いの」
隣で作業していた伊作に甘えるようにしなだれかかる――もちろん“じゃあ代わるよ”待ち――と、伊作は私の腕を取り軽く揉んだ。
「ちょっ、やだ、くすぐったい!」
「…まだ大丈夫だね。あと10本作ったら休憩にしよう」
「ケチ!」
「頑張ってくれたら、あとでたっぷり甘やかしてあげるよ」
あとで、を強調するように言う伊作から、ふと委員会前のやり取りを思い出した。
動きを止めた私に気付いたのか、伊作が手元に戻していた視線をまた私に向ける。
「…僕も楽しみにしてるからさ」
伊作は私にしか聞こえないくらいの声量で囁いて、にっこり笑った。
「まさか包帯巻き機が…しかも複数手に入るなんて…この後何かあるんじゃないかな」
「先輩そういうこと言うのやめてください。本当に起きるかもしれないじゃないですか」
「…ねぇ乱太郎…起こるとしたら、どれくらいの不運になると思う?」
「伏木蔵…わくわくするのやめて……三反田先輩、善法寺先輩にも言っておいたほうがよくないですか?」
「いや…今はやめておいたほうがいいと思うよ」
読み切り短編
1971文字 / 2012.02.14up
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