カラクリピエロ

Route Control



「つきあってくれ!」

出会いがしらにそう言うと、苗字名前は素早く何度か瞬いて、周囲をキョロキョロ見回した。

「いや、苗字に言ってるんだ」
「え…?わ、私?」

ビクッと肩を震わせて僅かに縮こまり、俺を見上げてくる苗字にドキッとする。
小動物めいた動作を可愛いなと思いながらぐっと堪えて頷けば、苗字は持っていた教材を抱き締めるようにして不安そうな顔をした。

「あの、えっと……どこへ……」

まさかお約束の勘違いを聞けるとは。
思わず感心しながら笑って、その勘違いを訂正する。

「そうじゃなくてさ、恋仲になってくれないかって――」

すると苗字はまたさっきみたいにパチパチ瞬きをして、少しずつ顔を赤くしていった。
口をパクパクさせて何かを言いかけたかと思うと勢いよく首を振って、俺の横をすり抜ける。
反射的に腕を掴むと、苗字は身体全体をビクンと震わせた。

「嫌か?」

聞けば依然逃げる姿勢は崩さないものの、苗字は困ったように見返してくるだけで(真っ赤に染まった顔がまた可愛い)俺の手を振り払う素振りはない。

「好きなやつがいるとか」

首を振る。

「…俺のこと、嫌いか?」

少しの間をあけて、これにも首を振ってくれた苗字に内心ほっとする。
同時に、これは押せばいけると思った。

「じゃあ試しにってことでどうだ」
「……ため、し、に…って…」
「とりあえずひと月」

指を一本立てて苗字の前に出す。
困惑顔の苗字はどう答えたらいいのかわからないようで、しきりに視線をウロウロさせている。

「わかんねーならやってみようぜ、な?」

俺が笑ってそう言えば、苗字はまるでつられるようにぎこちなく頷いてくれた。

「……八、それ苗字さんが勢いに流されただけじゃん」
「結果が全てだろ?」
「ははぁ……八左ヱ門、お前弱者には強気に出るタイプだったのか」
「んなことねーって!」

昼食をとりながら結果を報告していたら、雷蔵と三郎は揃って呆れ顔をする。
俺にとってはいい感じにことが進んでるんだからちょっとくらい祝ってくれてもいいじゃねぇか。

「で、そのお試し恋人と一緒に食わなくていいのか」
「昼は用事があるんだとさ」
「口実だったりして」

あはは、と邪気なく笑う雷蔵がこぼした台詞に思わず言葉を詰まらせた。
せっかく苗字に貰った了承を無駄にする気は全くないが、さすがに強引だったかと思っていたから、それも充分ありえることだ。

押し黙って箸を止める俺に、二人が“お気の毒に”って顔をする。

――ここは俺へのフォローを入れるところだろ、友人として!

薄情な二人にツッコミを入れるべく身を乗り出したところで、食堂の戸口に話題の中心――苗字の姿が見えた。

突然立ち上がる俺の行動に驚く二人。
それを視界の端に入れながら苗字を呼ぶと、苗字は俺に気づいて小さく笑った。

「…………やっぱ可愛いよなぁ」
「色ボケめ」

無意識にこぼれた一言に三郎が反応する。
でも俺はそれどころじゃなく、躊躇いがちに近づいてくる苗字に釘付けだった。

「た、竹谷くん、お昼、ごめんね」
「いや、いいって。用事は終わったのか?」
「まだ途中なんだけど…、シナ先生がご飯食べておいでって言ってくださって」

――ほんとに用事あったじゃねぇか。
ちらりと向かいに座る二人に視線を走らせたが、二人はそ知らぬ顔で味噌汁を飲んでいた。

「あ、邪魔してごめんね。またあとで」
「いやいや、ちょっと待て。ここで食べていけって」
「でも、」
「一人だろ?ならいいじゃねぇか、ここでも」
「ん……」

ポンと自分の隣の席を示すと、苗字は雷蔵と三郎を気にする様子を見せる。

「私たちのことは気にするな。置物だと思ってくれればいいさ」
苗字さん、八左ヱ門に迷惑してるなら遠慮しないで言ってね」

三郎はともかく雷蔵の言葉に思わず苦い顔をする俺。
苗字はきょとんとした顔で雷蔵を見ると、クスリと笑いながら首を振った。

「……苗字!」
「ひゃっ!?は、はい!」
「俺、後悔させねぇから!」

沸き上がる嬉しさから、ビクついた苗字の手を取って宣言し、そのままゆるく握る。
徐々に赤みが増していく彼女の顔に口元がにやけそうになって、それを懸命に気力で押さえ込んだ。

どうせ向かいの二人にはバレてんだろうけど――

「…………よろしく、お願いします」

真っ赤な顔で俯いて、か細い声で、弱々しく握り返してくる力で。俺に応えてくれる苗字に――俺の些細な努力は脆くも崩れ去っていった。






「顔がだらしないぞ八左ヱ門」
「仕方ねーだろ!?」
苗字さん、今ならまだ間に合うよ?」
「え……あの……」
「雷蔵、さっきからお前は俺の幸せぶち壊す気満々か!?」
「そういうつもりはなかったんだけど」
「ったく…苗字、飯取りに行こうぜ」
「それなら私一人で大丈」
「俺が行きたいんだって!」
「う、うん、ありがとう」

「…と、連れ出しながらさりげなく肩に手を置くわけか」
「案外強引だよね八は」

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