言えない理由
わたしは最近とても困っていることがある。
それというのも――
「苗字先輩、こんなところにいたんですか」
こいつのせい。
捜しました、と言いながらわたしの隣に腰を下ろす鉢屋三郎を半眼で見ると、フッと軽く笑われた。
「そんなに見られたら照れるじゃないですか」
「…………全然照れてるように見えない」
「おかしいな。なら確かめてみてください」
言うなりわたしの手を自分の胸元へ押し付ける。
トクトク規則正しく動く鼓動を感じながら、結構しっかりした体つきをしているんだと思ったところでハッとした。
「ちょっと、手、離しなさいよ!」
「嫌です」
あっさり笑顔で返された答えに固まる。
鉢屋はわたしの手を取り、自分の頬に当てるとニヤリと口の端を上げた。
「どうしました?」
一連の動作を見守ってしまったわたしに、わざとらしく聞いてくる。
どうもこうもない。イラッとして睨みつけるものの効果は薄く、そのまま腕を強く引かれて抱き締められてしまった。
こいつの、こういうところが、ものすごく困る。
いつの間にか懐かれて、何かというとわたしを構いに来るところまでは百歩譲って許すとしても――
「あんたがこういうことするから…」
「――逃げてたって?」
頭上から降ってくる声を肯定するように腕をつっぱねたら、抱き締められる強さと密着度が増した。
「んの、放し、な、さい…って!」
「い、や、です」
「かわい子ぶるな!!」
「苗字先輩の真似なのに…なんなら声も似せましょうか?」
鉢屋の装束を引っ張ってももがいても緩まない囲いに、嫌味攻撃まで兼ね備えているとは。
疲れて肩で息をしながら、逆にくっついてみたらいいんじゃないかと思いついた。
「……無理」
「ん?」
「暑苦しい!鬱陶しい!だから放しなさい!」
ふと力が弱まったことに一息ついて、さっさと逃げようとしたのにすかさず両肩を掴まれてしまう。
そのまま覗き込んでくる鉢屋が、まじまじと見つめてくるから居心地が悪い。
鉢屋の顔は借り物らしいけど、自前だろう目が、わたしを緊張させていく。
「鉢屋、」
「……がって……のが悪い」
「え?」
「先輩、顔が赤いみたいですよ?」
指摘されながら頬をつつかれ、慌てて顔を伏せる。
くつりと笑う声を聞いて、睨むように見返した。
「苗字先輩」
「何」
「私の抱き枕になる気はありませんか」
「…………馬鹿じゃないの」
真面目な顔で何を言うのかと思ったら。
昼寝専用でもいいですから、と無駄に食い下がってくる鉢屋を突っぱねて逃げ出した。
幸いにも、今度は捕まることなく距離を置けたことに安心して胸を撫で下ろす。
「……また、“迷惑”って言えなかった……」
心臓がうるさいのは、鉢屋と不必要なくらい密着していたから。それだけだ。
言えなかったことにどこかホッとしているのも、きっと気のせい。
明日こそはと手のひらを握り、一度だけ振り返る。
何故か寝転がっている鉢屋が見えて、抱き枕発言を思い出し慌ててそれを振り払った。
「…………危なかった」
「とうとうやっちまったのか?」
「何をだ馬鹿!」
「いきなりキレんな!」
「なんなんだあの苛めてくれと言わんばかりの反応!…………私って紳士だよな」
「紳士は普通、相手の嫌がることしないと思うよ」
「苗字先輩は本気で嫌がってるわけじゃない。あれは恥ずかしがってるだけだ」
「………それ三郎の主観だよね」
読み切り短編
1458文字 / 2011.09.27up
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