不安がる彼のセリフ
※両想い
――僕の彼女は本の虫だ。
おとなしくて、物静かで、黙っていると気配が薄れる。
私語厳禁な図書室でそれは大いに役立っているけれど、僕としては少しばかり彼女の声も聞きたかったから、名前が読みたがっていた本を数冊持って部屋へ移動することにした。
「……不破くん」
「な、なに?」
移動中、しばらくぶりに聞いた気がする彼女の声に、思わず自分の声が上擦る。
なにを動揺してるんだろう、と内心焦る僕を気にした様子もなく、名前はページをつまんで僕に見せた。
「虫喰い」
「あ。本当だ…これじゃ読めないね…うーん…どうしよう、修理終わるまで待っててくれる?」
「…………大丈夫、読める」
「え!?」
「穴小さいから、ほらなんとなく予想で…ね?」
ふっと小さく笑った名前にドキッとしたのもつかの間、すぐに本の世界へ戻ってしまった彼女。
ふらふらとした足取りは長屋の廊下から足を踏み外してしまいそうで、慌ててその手を取った。
「?」
案の定、きょとんと僕を見上げてくる名前。
できれば一度本を閉じて欲しくて手を握ると、何度も瞬きをして僕の顔と繋いだ手を交互に見た。
「……手、つなぐの、嫌だった?」
危ないから、と他の理由もちゃんと浮かんでいたのに、何故か僕はそう口にしていた。
これで“嫌”とか“邪魔”なんて言われたらどうしよう。
緊張で思わず力が入ってしまい、慌てて離す。
不自然に浮いた手をじっと見つめてくる名前の視線が居た堪れない。
「ご、ごめん、気にしないで」
「繋がないの?」
いつの間にか彼女は読んでいた本を閉じていて、僕に向かって片手を差し出してくれている。
動けない僕に名前は僅かに首を傾げて、固まっていた僕の手をそっと握った。
心臓がドクリと鳴る。安心と嬉しさとでドキドキしながら握り返せば、名前の指先が少しひんやりしていた。
「あのさ、名前」
「…ん?」
冷えた原因を探ろうと思ったのに、視線をやったら名前は片手で器用に本を開いているところで、呼びかけに応えてくれたのはタイミングが良かったとしか思えない。
「…………歩きながら読むのは危ないよ」
「不破くんが注意してくれるかなって」
そりゃ、するよ。するけど!
なんとかやめさせようと思うのに、僕に軽く寄りかかりながら歩く名前に何も言えなくなる。
せめて自分と一緒にいるときだけにして欲しいけれど、それをどう伝えようか迷っている間に部屋に着いてしまった。
パラ、とページを捲る音。聞こえるのはそれと部屋の外から入ってくる雑音だけ。
彼女は物語に入り込んでいて、こうして僕が不躾なくらい見つめても本の世界から帰ってきてくれない。
これじゃあ場所を部屋に移した意味がない気がするなぁ、とぼんやり思いながら、飽きもせず名前の真剣な横顔を見つめていた。
――相変わらず僕だけ片思いしてるみたいだ。
ふいに湧いてきた言葉に不安を煽られる。
思わずドクリと鳴る心臓を押さえたけれど……そんなの今更じゃないか。
図書室に通いつめる彼女に声をかけたのは僕が先で、好きになって告白したのも僕。
付き合ってください、に頷いてくれたのは記憶に新しいけれど、名前が僕のことをどう思っているのか聞いたことはない。
どう思ってる?ってはっきり聞けばいいのに、明確な答えを聞くのが怖い。
「……僕は、君が好きすぎて……」
「? なにか言った?」
(――手放したくないんだ)
「不破くん?」
本から顔を上げた彼女との距離を詰めて、覗き込んでくる名前に苦笑を返す。
告白には応えてくれたんだし、こうして部屋に誘えばついてきてくれるし、手を繋ぐのも嫌がってはいなかった。
今こうして傍にいても拒絶はされていないのに、いまいち自信が持てない自分が嫌になる。
「どうしたの?」
「…もう読み終わったのかなって」
「ん…これはね。でも続き物だから、まだまだかかりそう」
チラ、と視線が投げられるのは僕が運んできた数冊の本。
名前の名前で貸し出し手続きをしたから、彼女が持ち帰って自室で読むのは問題ない。
続きが気になるのかそわそわしているのがわかって、名前に続きを手渡す。
ふわりと笑顔を浮かべる名前を見られるのは嬉しいのに、本の世界に旅立たれるのは嫌だなんて――
「難しいなぁ…」
「…不破くん」
「ん?」
開きかけた本を閉じて、膝上に置いた名前は表紙をそっと撫でてから僕を見た。
さっきまで読みたそうにしていたのに、一体どうしたんだろう。
問いかけるように見返すと、名前は僅かに視線をずらして「ごめん」と呟いた。
「?」
「私、本ばっかり、読んでて……」
「どうしたの急に」
「友達に、怒られたの思い出した」
しゅんとする名前に詳しく聞くと、話し相手(今は僕だろう)がいるときに本に没頭するのは相手が可哀想だと言われたらしい。
確かに、放置されるのは少し寂しい。できれば話もして欲しいからここに呼んだわけだけど、こんな風に好きなことを我慢する名前が見たいわけじゃない。
「だから私、部屋に――」
ぎゅっと本を握った名前の腕を掴む。
咄嗟の自分の行動力に驚いていると、名前もまた僅かに目を見開いてパチパチ瞬きをした。
「…………僕は、まだ名前と一緒にいたいんだ」
「いても、いいの?」
「いて欲しいって、思ってる…けど…」
なんだか、名前の方が“ここにいたい”と思ってくれているような返事に期待が膨らむ。
今なら彼女の気持ちを聞けるかもしれない。
段々早くなっていく心臓を押さえて声をかけようとしたら、名前は目元をほころばせて「よかった」と呟いた。
「よかった?」
「不破くんといるの好きだから」
「ほ、本当に!?」
「うん。そんなに驚くこと?」
「初めて聞いたから……」
「そうだっけ。伝わってると思ってた…好きだよ」
にこっと笑う名前に見惚れる。
――たまには、そんな風にはっきり好きだと言って欲しい。
嬉しさがじわじわ湧いてくるのを感じながら、僕は読書を再開させようとしていた彼女の手に触れた。
「名前、寒い?」
「寒くないけど…なんで?」
「手が冷えてるから」
「…これは…緊張してるだけ。指先がね、冷えちゃうの」
「……そっか……」
「変?」
「ううん、嬉しいなって」
【不安がる彼のセリフ】
1.手、つなぐのは嫌だった?
2.僕だけ片思いしてるみたいだ
3.好きすぎて、ごめん
4.帰らせたくないって思ってる
5.たまには好きって言って
by.確かに恋だった様
微妙に消化しきれていない(特に3,4)です、難しい。
ちょっとネガティブな雷蔵とやや淡々としてる夢主の組合せで不破→→←夢主な話が書きたかった。
畳む
読み切り短編
2806文字 / 2011.09.07up
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