カラクリピエロ

ベタベタ鬱陶しい三郎


※両想い





身も心もくたくたになった私がくのたま長屋に帰ってみれば、人の部屋なのに我が物顔で寛いでいる鉢屋三郎先輩がいました。

「遅い」

人の顔を見るなりそれってどうなんでしょう。
疲れた頭では文句を言うのも面倒で、授業が長引きましたと説明しようとしたのに、先輩は「授業が長」辺りで私の腕を引いてぎゅうぎゅう抱き締めた。苦しい。

「せんぱ、」
「薬草くさいな、薬の調合でもしてきたのか?」
「ひっ」

すんすん鼻を鳴らして肩口に顔を埋めるものだから、驚きと恥ずかしさとくすぐったさで頭が真っ白になった。

居残りか、と私の答えを聞く前に決め付ける先輩にハッとして、違いますと言い返す。
声が震えちゃったけど、そこは睨みでカバーできた、はず。

「それより!どうしてここに居るんですか、天井裏に罠置いといたはずなんですけど」
「あれなら簡単に壊れたぞ。見直しておいたほうがいい」
「ちょ、ちょっと!壊すことないじゃないですか!私なりに頑張って作った自信作――むぐ」
「静かにしろ。見つかったらお前が怒られるんだから」

どうして私が、と口を覆われたまま訴えれば、鉢屋先輩は当然だろうと言いながらニヤリと笑って「私は逃げるからな」と言い放った。

疲れに呆れも加わって、身体から力を抜いた私に合わせて先輩が手を離す。
そのまま解放してくれるのかと思ったら、いきなり身体をぐるんと反転させられて後ろからのしかかられた。

肩には先輩の両腕が乗ってるし、頭には先輩の頭が乗ってるし、どっちも重い。

「……何がしたいんですか」
「お前はさっきから聞いてばっかりだな」
「先輩がわけわかんないからです。薬臭いって言ってたのにくっつくし」

意趣返しのつもりで、目の前で交差している鉢屋先輩の腕に顔をくっつけてみたら、先輩がビクッと震えたから私までびっくりした。

「な、なにをしてるんだ」
「においの確認ですが……先輩、お風呂行ったばっかりですね?」

石鹸の匂いを感じ取って自信満々で言えば首を絞められそうな勢いで腕の力が増し、頭は頭で先輩が顔を押し付けているらしく――つまり痛い。

「ちょ、ちょっと、先輩、頭、痛いです、痛い!」
「…名前
「なんですか」
「犬並みの嗅覚だな」
「鉢屋先輩に言われたくないです!っていうかそれ褒めてるんですか、貶してるんですか」
「どっちも」
「むかー!」

バッと勢いよく両腕を上げる。
思ったとおり仰け反った先輩の隙をついてちょっと離れると、先輩は自分の口を覆いながら肩を震わせて笑っていた。

「口で言うな馬鹿」
「ば、ばかって言うほうが…………はあ、もう、あのですね鉢屋先輩、私とっ……ても!疲れてるので、私で遊ぶのやめてください」

がっくり膝をつく私に、小さく鼻を鳴らした先輩は無言で私の腕を引き、自分の隣に座らせた。
肩に鉢屋先輩の腕が乗る。

相変わらず無言だし、ちらと見上げても何故か別の方を向いているけど、これは“寄りかかってもいい”ってことだろうか。

様子を伺いながらちょっとずつ近づいて、頭を預ける。ふわっと石鹸の匂いがした、と思った瞬間鉢屋先輩が力を抜いた。

(…あってた)

へらっと緩む顔と、勝手にもれる笑い声をそのままに、遠慮をやめて寄りかかった。
ホッと息をついた途端、一気に押し寄せてくる眠気に負けそうになる。

名前、今日は居残りじゃなければなんだったんだ?」
「……ん、ええと…タカ丸さんの付き合いで……今日合同授業だったんですよ」

授業内容と薬はあまり関係なかった気もするけど、タカ丸さんはちょくちょく怪我してるみたいだし、知ってて損はないはずだ。

「“タカ丸さん”」
「はい。でも喜八郎が邪魔するから、余計長引いて……ふぁ…はちやせんぱい、私…げんかいっぽいんですけど」

喜八郎、とブツブツ言ってる先輩に、眠りに落ちる前にと宣言したら肩に乗っていた腕が腰の方に動いて、さらに距離をつめられた。

「せんぱい?」
「三郎」
「は?」
「三郎。そう呼んだら帰る」

別に居てくださってもいいですが。
それが上手く言葉になったかどうかはわからない。

なんだかムッとしてる先輩は可愛いなぁと思いながら、要望どおり三郎先輩、と呼んでみた。
これもちゃんと形になったかはわからないけど――






「三郎どこ行ってたの?」
「…名前のとこ。寝かしつけてきた」
「へえ、珍しい」
「そうか?」
「寝るなって駄々捏ねそうだから」
「……私は子どもか」
「え、たまにすっごく子どもっぽいところあるよね?相手によるけど」
「そこは否定してくれ!」

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