二人の秘密にいたしましょう
15万打企画Q&Aが初出のメイン派生。片想いなしでお見合い相手が利吉だったら。※未完
「申し訳ありませんが、私にはまだ結婚する気はありません」
カコーン、と鹿威しの音が聞こえる。
目の前にいるのは私の見合い相手で、“あとは若い二人で”なんてお決まりの文句で二人きりにされたばかりだった。
だから何を言っているのかすぐにはわからなくて、口をぽかんと開けて「は?」と不躾に聞き返してしまった。
なるべくおしとやかにしろと言われていたのに、一気に台無しだ。
「あなたが私の母に何を言われたのかわかりませんが、場の雰囲気に流されたりあなたの説得に応じる気はないということです」
今にも立ち上がって帰ってしまいそうな空気と、どこか刺々しい声音を聞いて、なぜか唐突に彼は優秀な売れっ子忍者だと母から伝え聞いたことを思い出した。
同時に小細工して逃げ出そうとしても無駄だと言われたことも。
でも今の話を聞いた限り、私たちの意見は一致してるんじゃないだろうか。
「…あの、山田さん」
「利吉で構いません。なんでしょうか」
私だってまだ結婚する気はないし、見合いもうんざりだ。
それに、恋だってしてみたい。
そう正直に話してみたら、山田さんは驚いた顔をしたあとホッとしたように笑った。
どこかで見たことあるような気がするそれに首をひねっていたら、彼が「今日は穏便に終わりそうだ」と呟いた。
「いつもは終わらないんですか?」
「ああ聞こえてしまいましたか。ええ、その……相手の方が乗り気なことが多くて」
「…なるほど」
山田さんは容姿も整っているし、先の通り売れっ子忍者なら仕事もたくさんあるだろうし…引っ張りだこになるのもなんとなくわかる。
つい他人事丸出しで「大変ですねぇ」と言ったら、彼は困ったように笑い返してくれた。
「名前さんはないんですか、苦労話。私ばかりボロを出していては不公平だ」
内容の割に雰囲気は明るいというか、茶目っ気が混じっている感じで嫌な印象は受けなかった。
――だからつい。
――うっかりであって、わざとじゃないんです。
「私の場合は、色々手を尽くして逃げ出すことが多いので」
「色々?」
「お茶に痺れ薬を入れたり」
「…行動派ですね」
「あとは授業で習った目潰しを…使っ…た…り……」
「…………」
「…………」
母から聞かされた私の現状(=山田さんに伝わっている情報)。
行儀作法を学べる学園で絶賛花嫁修業中。
花嫁修業を積んで楚々とした女性になろうとする女の子は痺れ薬なんて使わないし、目潰しを習ったりしない。
ああ山田さんの視線が痛い、逃げ出したい!
「名前さんは忍術学園の生徒なんですか?」
「な、内緒で!お願いします!山田さんにバレたって母に知られたら…お、怒られる…!」
「そんなに厳しそうな方には見えませんでしたが」
「普段は……でも怒るとすっごく怖いんです!」
「山本シナ先生より?」
「シナ先生より!…………え?」
まさかここで学園の先生の名前を聞くとは思ってなかったから、私はものすごく驚いて山田さんを凝視してしまった。
彼はくす、と笑ってから、私の疑問に答えてくれた。
「私の父は忍術学園の教師をしているんですよ。山田伝蔵、知りませんか?」
「や、山田、せんせ……え、ええ!?」
さっき感じた既視感はこれかとか、そういえば目元が似ているなんて思いながら、私は共通点を確認するためにじっと彼を見つめてしまった。
「――名前さん、私に協力してくれませんか」
無言で(穴があきそうなくらい)じっくり見ていたら、山田さん――ややこしいからお言葉に甘えて利吉さんと呼ばせてもらおう――が唐突に提案してきた。
「あなたにとっても悪い話じゃないと思うんです。結婚を前提に付き合ってみることにした…ということにして、見合いがうまくいったフリをする。お互いに見合い話は打ち止めになるでしょうし、忍術学園は私にとっても馴染みですから偽装がしやすい。もちろん名前さんに好きな人ができた時点で解消します」
「……それ、私ばっかり得じゃありませんか?」
「そんなことありませんよ。私にとっては一時的にでも見合いがなくなるだけでも充分です」
朗らかに笑って私の返事を聞いてくる利吉さんに、私は「お願いします」と頭を下げていた。
+++
私が経緯を説明しますからお任せください、と笑顔を浮かべる利吉さんはとても爽やかで、堂々としているおかげか安心感がある。
その言葉に頷くと、利吉さんは私たちの母を呼び、かくかくしかじかで、とあり得そうな理由をスラスラ並べ立てた。
話をしてみて気が合いそうだとは思ったけれど、結婚に踏み込むにはもう少し互いを知りたい。この見合いの場を足がかりに婚約期間を設けてもよいか――というようなことを。
「二人で話し合ってこのような結論をだしたのですが…どうでしょうか」
いかにも不安そうな憂い顔で、利吉さんが僅かに声を弱める。
すごい演技派、と内心感心しながら見ていたら、ふいに視線を寄越されて私もそれに同調するように「お願いします」と頭を下げた。
利吉さんの様子にどこか感心していた利吉さんの母上はもちろん、私の母も上機嫌で納得してくれた。
婚約について一筆残しておこうとか、改めて席を設けよう等、本人たちを置き去りに盛り上がりそうになっていたけれど、利吉さんが上手に言いくるめてくれた。
――代わりに定期的に手紙で様子を聞くと約束させられたけど。
仲良くするのよ、と見送られて忍術学園への道を辿る。
送りますよ、と申し出てくれた利吉さんの行動がきっかけで、結局母にもバレてしまった。けれど、利吉さんが「名前さんは勉強熱心みたいですね」と笑ってフォローしてくれたこと、加えて今日は何もしなかったおかげで怒られずに済んだ。
「ありがとうございます、利吉さん」
「? なにがですか?」
「色々と助けてくださって」
しみじみ感じながら頭を下げたら、小さな笑い声が返ってくる。
数歩前を歩いていた利吉さんは足を止め、わざわざ私の真ん前に戻ってきた。
「――名前さん」
「は、はい!」
「改めて、これからしばらくの間よろしくお願いします」
言葉と共に差し出された手をぎこちなく握る。
こちらこそよろしくお願いします、と返したら利吉さんがふんわり微笑みを浮かべるから、私もつられて笑った。
「ああ、そうそう。好きな人ができたらちゃんと教えてくださいね。私でよければ協力しますし、相談してくださっても構いませんよ?」
同じ“笑顔”なのに、今度はどこか悪戯っぽいような、からかい混じりのようなものに変化したそれに何度も瞬きをして利吉さんを見返す。
思わずクスと漏れてしまった声に口元を押さえると、頭上からフッと笑う声が聞こえた。
「どうぞ気負わず、気楽にしていてください名前さん。何かあっても必ず私がフォローしますから」
「…………はい」
その言葉に安心感を覚えながら、帰りましょうかと言って歩き出す利吉さんの背中を追いかける。
――今更ながら、私はとても凄い人を共犯者にしてしまったんじゃないかと思った。
3030文字 / 2011.09.09up
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