カラクリピエロ

未だ眠れる恋つぼみ(5)


そういえばね、と言いながら話をいつもの他愛ない物に変える喜三太に内心ホッとしたけれど、彼は私の様子に気づいていたのかもしれない。
流れるようななめくじ話に適度に相槌を打ちながら、なんとなくそう思った。

くのたまの餌食になったなめさんが云々に混じる風魔の話、特にリリーさんの現役時代の話はどの程度本当なのかわからないけど、いつ聞いても純粋にかっこいいと思う。

「会いに行く?」
「え」
「今度、ボクと一緒に遊びに行かない?」

直接話を聞くのはおもしろそうだけど、風魔の学園はすごく遠いし、となると長期休暇を利用するしかないわけで。喜三太の休暇を潰すことになるし、向こうもよその子どもの世話なんて――

「また考えこんでるぅ」
「そりゃ考えるよ!親戚じゃないんだから気軽にホイホイ行けないでしょ」

喜三太と話したことで少し気が楽にはなったけど、まだ在席については考え中の段階でもある。

「え~、じゃあ親戚になろうよ」

テーブルをごろごろしていたと思ったら起き上がる喜三太が首を傾げる。
なるって言ってなれるものじゃないでしょう、と言おうと口を開いたらピピピピー!と大きな笛の音がしてものすごく驚いた。

音のしたほうを見れば、なぜかこっちを指差してる庄左ヱ門。と、しんべヱを引きずってる乱太郎ときり丸。

「喜三太、一人一回って約束だよ」
「はにゃ…そうだった」
「……なんの話?」
「ボクたちが名前に」
「うわ、言うなよ喜三太!」

素早く移動してきたきり丸が、にこにこしながら教えてくれようとしていた喜三太の口を押さえ込む。
そのまま戸口の方――乱太郎と庄左ヱ門、しんべヱが居る方を振り返った。

「乱太郎、しんべヱ持ってこい!」
「重くて無理~」
「庄左ヱ門に手伝ってもらえばいいだろ」

しんべヱが物扱いされてるのは気にしないんだろうか。
ぽかんとしながらやりとりを眺める私がハッとしたときには、喜三太の口を塞いだままのきり丸が戸口を出るところだった。

「もー!しんべヱ、早く起きてよ!」
名前、気付け薬持ってない?」
「えっ…急に言われても持ってないよ」
「じゃあ仕方ないか」

ちょっと待ってて、と言い置いて庄左ヱ門が調理場の方へ入って行く。
突然のことに呆然としながら、眠っているしんべヱと溜息をつく乱太郎を交互に見た。

「しんべヱどうしたの?」
「くの一教室の方でお菓子を振舞われたらしいんだ」
「らしいって…」
「おシゲちゃんが言ってた」
「あー」

先輩方が笑顔でVサインを作る様子が脳裏に浮かぶ。
単なる悪戯か課題か、もしかしたら実験かもしれない。

しんべヱは適任だろうなぁと本人にとっては気の毒なことを考えて、つい苦笑してしまった。

「…あのね、乱太郎。私、伊助に聞いちゃった」

ふと途切れた会話の合間に滑り込ませる。
乱太郎は「みたいだね」って言いながら小さく笑った。
きっと伊助がみんなに“バラしちゃった”みたいなことを言ったんだろうなと思う。

「乱太郎も、引きとめようとしてくれたんだよね?」
「え、わ、わたし!?」

あの時ちゃんと聞けなかったばかりか、強引に追い出しちゃったことを思い出して聞いてみたら、乱太郎は驚いた顔をした。眼鏡越しに見える目が素早くパチパチ瞬きを繰り返す。

「私、あのとき勘違いしちゃって、そのー、告白されるのかと……ごめん!」
「いや!あの、それは、名前の勘違いじゃ」
「――乱太郎」
「わあっ!!」

音も無く戻ってきた庄左ヱ門に乱太郎が大袈裟なくらい驚くから、私は乱太郎に驚いて一緒にびくっと震えてしまった。

「遅くなってごめん」
「…庄ちゃん…わざとでしょ…」
「乱太郎こそ、ルール違反は駄目だよ」
「わたしはちゃんと言えなかったんだから、少しくらい大目に見てくれても」
「だめ」

にこっと笑った庄左ヱ門が、両腕に抱えていた調味料を淡々とテーブルに並べていく。

砂糖、塩、しょう油に味噌。それからカラシ、わさびに唐辛子。

二人の謎会話も気になったけど、並べられるそれを見て「うわあ…」と声を上げてしまった。

「庄左ヱ門…これはしんべヱが可哀想だよ」
「ちゃんと水も持ってきたよ」
「そういう問題じゃ……あ」

横から伸びてきた手がおもむろにカラシを取って、止める間もなくしんべヱの口に突っ込んだ。

「ら、乱太郎…?」

無言で作業する乱太郎がちょっと怖い。
なんだか口元が笑ってるし、眼鏡は光ってるし。

「――げほっ、△×☆※~~!?!!?」

勢いよく起き上がったしんべヱから、さっさと距離を取る乱太郎。
しんべヱは謎の言語を口にしながら顔を真っ赤にして、涙をボロボロこぼしていた。
庄左ヱ門が手渡した水を一気にあおると、しんべヱはゼェゼェ息を切らせて様子を見守っていた私たちをぐるっと見渡した。

「ひっ、ひどいよ!!」
「ごめんねしんべヱ。わたしたち、一応叩いたり抓ったり、一通りは試したんだ」
「だけど全然起きないから…そもそも、どうしてくの一教室の方にいたの」

水のおかわりを用意しながら庄左ヱ門が聞くと、しんべヱはきょとんとして首を傾げた。
なんでだっけ、って小さく言ったのが聞こえて乱太郎が苦笑をもらす。

「あ、思い出した。おシゲちゃんに名前のことを相談しにいったんだ」
「…それでお菓子もらったんだ」
「うん、おいしかった~」

呆れを滲ませる乱太郎に満面の笑みを返すしんべヱは、今さっきの起こし方なんて忘れたみたいに嬉しそうだ。
くのたまが用意したお菓子を疑いなく口にしたのは、相手がシゲ先輩だったからかなぁと一人で納得しそうになったけど、相談って。

「しんべヱ…先輩に迷惑かけないでよ…」
「かけたのかなぁ…そういえば途中から怒ってたかも…」
「ええ!ちょっと!」

私のことを相談して先輩を怒らせたって、いったい何を言ったのか。
しんべヱ個人が怒られるならいいけど、もしそれがきっかけで先輩に嫌われたらどうしよう。

名前、そんな顔しなくても大丈夫だよ」
「庄左ヱ門…」
「だから眠らされたんだと思うし」
「え、なに、どういうこと?」
「やきもちってこと」

その言葉を反芻する間に、庄左ヱ門はさっさと片づけを終えて乱太郎と一緒に出て行く。
またねって言いながら手を振る彼らに応えながら、伊助が言ってた『は組』の行動はまだ継続中なんだとぼんやり思った。

「……しんべヱ、シゲ先輩になんて言われたの?」
「え~とねぇ…名前のことどう思ってるの、とか」
「…………」
「あと、あんまり名前の話ばっかりしないでって言われたかも」
「ああぁぁぁ」

それは怒ってもしかたない。
思わず脱力して項垂れる私を慰めるみたいに、しんべヱが頭を撫でてきた。

「…あのね、しんべヱのせいだから」
「なんで?」
「普通は、他の女の話聞かされるなんて嫌でしょ」
「だってぼくだけじゃ名前を引き止める方法、思いつかなかったんだもの」

わざわざくの一教室まで足を伸ばしてくれたのは嬉しいけど、それでシゲ先輩を不安にさせたのはとっても申し訳ない。
しんべヱは友だちで、もちろん大好きだけど、シゲ先輩のそれとはベクトルが全然違う。きっと、しんべヱだって私と同じだと思う。
だけどそれをしんべヱが先輩に説明したとは考えにくい。

後で絶対先輩のところに行こうと心に決めながら溜息をついて突っ伏す。
一応、なんて答えがもらえたのかを聞いてみたら、しんべヱはうんうん唸った後「忘れちゃった」と言いながら笑った。

「……だめじゃん」
「そうだねぇ…あ、でも名前に聞きたいことはあるんだ」
「私に?」
「おシゲちゃんの話聞いてて思ったんだけど、名前はぼくらのことどう思ってるのかなって」

聞いたことなかったよね?って言いながら首を傾げるしんべヱに、ついさっき考えていたことを思い出した。

「大事な友だち。ときどき手のかかる弟みたいだけど」
「ふふ、前にトモミちゃんが言ってた通りだ」
「なにが」
「『同い年なんて子どもよ』って言ってた」

わざわざ裏声を使って再現するしんべヱに吹き出して、トモミ先輩なら言いそうだと納得してしまった。

しんべヱは喜三太が残したままだった湯のみを揺らす。
吸い寄せられるようにそれを見ていたら、しんべヱは「全員?」と聞いてきた。
何のことかわからなくて首を傾げる。

「弟扱い」
「…………今日で一気に追い抜かされた気分」

“?”を浮かべるしんべヱに笑ったら教えて欲しいと言われたけど、自分が末っ子みたいに感じた、なんて…なんとなく恥ずかしいから言いたくない。
それに――金吾のせいで“男の子”だってことを意識してしまった。

「弟のままでいいのに…」
「え?なんて?」
「なんでもない!次は誰のところ行けばいいの?きり丸?兵太夫?」
「ぼくの次はきり丸だけど…って、あれ?なんで知ってるの?」

強引に話を打ち切った私の言葉に、ますます不思議そうな顔をするしんべヱに軽く事情を話して立ち上がる。

割合が逆転したって言ったら、どんな反応をされるんだろう。

(……早すぎる、って呆れるかな)

きり丸とした会話を思い出しながら、しんべヱと一緒に使った食器を洗って雑談しながら長屋に足を向けた。

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