カラクリピエロ

未だ眠れる恋つぼみ(2)


団蔵に引き上げられたときのまま、馬に横座りしている状態を変えたくて団蔵を見る。
相変わらず上機嫌に鼻歌を漏らしていた団蔵は、私の視線に応えるように笑顔を寄越した。

名前、学園の外まで行こうぜ」
「その前に座りなおしていい?」
「いいじゃんこのままで。おれに寄りかかれば?」
「落ちそうだからやだ」

なんだよ、なんて言いながら速度を緩めてくれる団蔵にちょっと笑う。
馬を跨ぐと、手綱を握る団蔵の手が見えた。馬のたてがみに触る私の手より少し大きくて、骨ばってる。
何の気なしに触ってみたら「うわっ」と大袈裟に驚かれた。

「な、なにもしてないからな!!」
「は?」
「え?」

振り返ろうとしたけど、馬の上だし距離も近いしで、結局団蔵の腕しか見えない。
団蔵は単語にもならない呻き声を吐き続け、唐突に私の後頭部に頭突きしてきた。

「いったあ!なにすんのいきなり!」
「目的忘れるところだっただろ!さっさと行こうぜ」
「もー、なんなの…っていうか私、外出届取ってないよ」

痛む後頭部を押さえながら言えば、団蔵は塀を飛び越える、みたいなことを言い出した。

「小松田さんに見つかったら怒られるよ?」
「だから裏から――」

団蔵の台詞の途中、比較的近いところから火縄銃の音が聞こえた。
あれ、と思った直後、近くにあった木がミシッと音を立て、枝を落としたから驚いた。
同時に手綱を思い切り引く団蔵と、いななきながら前足を上げる馬。重力に逆らえず、私は思い切り団蔵にぶつかった。

「悪い、大丈夫か?」
「…一応ね。で、どういうこと?団蔵狙われてるの?」
「…………虎若だな、たぶん。あんまり遠く行くなってさ」

よくわからないことを言う団蔵は外出を諦めたのか、速度と手綱を緩める。
丁度いいから理由を聞こうと問いかけると、団蔵は「うん」と返事をしたっきり黙ってしまった。

「そんなに言いにくいことなの?」
「……だって引き止めるったってさぁ……」
「団蔵、全然わかんないんだけど」
「えーと、あー……お、おれの字の先生になってくれないか!?」

唐突過ぎる内容に思考がついていかない。
書の先生なら、は組が仲良くしてる専門の――それこそ教室を開くほどの先生がいるのに、なんでわざわざ。

名前がいいんだ」
「私別に字上手じゃないし、教えるのも下手だよ」
「そりゃ…その、好きだからだよ!」

搾り出すように言われて、純粋に驚いた。
団蔵は手にした手綱をぐっと握り締めて、背後でなにやら悶えている雰囲気。

「……知らなかった」
「お前鈍いし…いや、っていうか、おれも、言ったことないし、その、」
「どうしてもっていうなら教えるけど…通いでいい?それとも団蔵がうちくる?」
「は…?え?おれ、行っていいのか?って…、なんか…違、くないか?」

字が好きだと言ってもらえるのは嬉しいけど、友だちに書を“教える”なんてやっぱり大袈裟だ。

さっきも言ったけどお世辞にも上手とは言えないし、絶対水堂先生の乱気流道場に行ったほうがいいと思う。
私に得もないことだし…と思いかけて、しんべヱ&きり丸と嫁ぎ先がどうこうの話をしたことを思い出した。

「団蔵、加藤村にお嫁さん募集中の独身男性いる?」
「そりゃ探せば…………待て」
「あのさ、年下可で懐広くて――」
「うわあああだめだ!絶対教えねぇしお前を紹介もしない!!」

指折り希望を伝えていたら、ものすごい勢いで遮られた。
嫁ぎ先を探すついでに加藤村で団蔵に書を教えればいいし、中々いい案だと思ったのに。

「駄目だったら駄目だぁぁあ!!戻るぞ、時間だし…庄左ヱ門こえーから…」

はあ、と盛大な溜息を吐き出して、馬首を返す団蔵がぶつぶつ「なんで」とか「なにが悪い」とか言っている。

わざわざ触れるのも悪いかと思いながら器用に馬を操る団蔵に身を任せ、眼下にあるたてがみを撫で付けていると火縄銃を肩に担いだ虎若が手を振るのが見えた。

「……名前、団蔵どうしたの?」
「わかんない。急にこうなった」

虎若から差し伸べられた手に掴まって降りた私は、ようやく団蔵の顔を見た。
行きがけの上機嫌さはどこへやら。すっかり消沈している団蔵はがっくりと項垂れて「おれは自分の馬鹿さに泣きたいよ」と溢した。

「……どんまい!」
「虎若!お前、思ってないだろ!」
「自業自得じゃしょうがないじゃん。乱太郎ならわかってくれるかもね」

笑う虎若がさりげなく火薬の入った筒を目の前に持ってくるから、反射的に受け止める。
団蔵は虎若に向かって小さく悪態をつくと、馬を小屋の方へ連れて行くつもりなのか、方向を変えた。

「団蔵、さっきの話は?」
「…………一旦保留で」
「変な団蔵…」

+++

「なー庄左ヱ門、リベンジって無理?」
「わたしもできるならもう一度…」
「全員終わるまでは駄目だよ」
「っていうかおれ絶望的だよ、なにが悲しくて名前の嫁ぎ先の斡旋なんか…」
「したの!?」
「全力で拒否した。はは…でも名前が加藤村に住むとか、ちょっとイイよな…」
「妄想するだけなら自由だからね」
「しょ、庄ちゃん、しー!」
「大丈夫だよ乱太郎、聞こえてないって」

+++

ガチャ、と音を立てて銃を抱えなおす虎若が、数歩先を歩きながら「何言ったの?」って聞いてくる。
かくかくしかじかで経緯を話したら、虎若は眉尻を下げてあちゃーって顔をした。

「順番が違えば伝わったかもしれないのにね」
「ふーん?」
「…名前、わかってないよね」
「そんなことより、虎若。さりげなく荷物持ちさせないでくれる?」

さっき渡された筒を揺らして半眼で見返したのに、虎若は笑うだけだ。
まぁ軽いからいいけど。

軽々と銃を運ぶ虎若を横目で見て、最近虎若は銃と一緒に居ることが多いなとぼんやり思う。

「虎若は名前つけてないの?」
「え?何に?」
「それ」
「……考えたことなかった」

虎若の持っている銃を指差すとパチパチ何度か瞬きをしてそう言った。

「田村先輩は全部につけてたよね」
「女の子の名前?」
「そうそう、精度上がるのかな」

火器好きに関しては熱狂的とも言える先輩の名をあげて、しばらく談笑していたら虎若と団蔵の部屋についていた。
途端に静かになった虎若を覗き込むと、虎若は私を銃を交互に見て「あのさ」と切り出した。

名前の名前、もらってもいいかな」
「私!?え、まさか、さっきの名付けの話?」
「うん」
「やだよ!飛ばなくなったとか、狙い通りに打てないなんてことになったら私の名前が原因みたいじゃん!」
「心配ないって。逆に今まで以上に頑張れそうだし、大事にできそうだ。な、名前

許可してないのに、虎若は私の名前を呼びながら、愛おしそうに銃器を撫でる。
その手付きがやけに優しくて、見ている私のほうが照れてしまう。

「ねぇ、やっぱりやめない!?なんか、すっごく恥ずかしいんだけど!っていうかそんなうっとり眺めるのやめて!?」
名前もこうやって持ち運びできたらなぁ…」

どうしよう、虎若が変になった。
持ち運びされるような大きさでも重さでもないし、なにより意味がわからない。

「大丈夫…?」

虎若の目の前で手をヒラヒラさせて問いかければ、虎若は持っていた銃をそっと床に置いて、いきなり私を持ち上げた。

「ひえ!?」
「あ、結構いけるかもしれない」
「いけないよ何言ってるの虎若!!降ろしてよばか!!」

足をジタバタさせても虎若の腕は外れない。
この馬鹿力、と悪態をついている途中で虎若がだんまりになっていることに気づいた。
この沈黙はもしかしなくても――

「銃より重いのは当たり前なんだからね!?それに、背だって伸びたし!あと胸とか!お尻とか!そっちにいってるんだから!!」

だから重いなんて口にしたら承知しない。
暗に圧力をかけたら、虎若は顔を赤くしてゆっくり私を降ろし、自分はそのまましゃがみ込んでしまった。

「そんなこと堂々と言うなよなぁ…もー…」

文句があるなら全力で買うけど。
腰に手を当てて、じとっと虎若を見下ろしていたら戸口に影が立つ。
振り返ったらきょとんとした顔の三治郎がかすかに首をかしげていた。

「……どういう状況?っと、名前?」
「聞いてよ三治郎!虎若ってば無断で人のこと持ち上げておいていきなり無言になるの!これ重さ量ってるとしか思えないでしょ!?」

三治郎との距離を一気に詰めて虎若への文句を吐き出せば、三治郎はうんうん、と頷きながら困ったように笑った。

「…ひどいね。女の子はそういうの気にするのに」
「そうそう!」

同意を得られた勢いで自分も数回頷く。
三治郎は虎若を見たあと私に視線を戻し、にっこり笑った。

「じゃあ、気分転換にちょっとつきあわない?」
「いいけど、どこに?」
「菜園。新しいの作ったんだ」

言いながら小さな歯車を見せるから、作ったというのはからくりのことだろう。
それに菜園なら悪戯系ではなさそう。

「何作ったの?」
「それは見てのお楽しみだよ」

もったいぶる三治郎が楽しそうで、焦らされているのにわくわくしてくる。

ふと虎若から預かったままだった筒を思い出して、私は虎若の傍に移動してしゃがんだ。

「虎若、いい、ぜっ……たい、言いふらさないでよね」
「だ、だから、誤解だって!名前が成長し」
「言うなって言ってるでしょ!!」

わざわざ小声で念押ししたのに、虎若がそれを台無しにするように大声をだすから。
つい。咄嗟に。仕方なく。手が出てしまった。

虎若も油断していたのかもしれない。
見事に決まった蹴りでその場に沈む虎若と、それを見下ろす私の後ろで。三治郎が「あーあ」と声を漏らすのを聞いた。

「…………乱太郎ー、負傷者でたー」

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