カラクリピエロ

未だ眠れる恋つぼみ(1)

学園を辞めたいと学園長先生にお話したのがついさっき。
『両親とよく話し合って、了承を得たらもう一度来なさい』って言われて退室した私を待ち受けていたのは四年は組の忍たまたちだった。

名前!」

わあ息ぴったり、なんて感心している暇もなく、どちゃっと押し寄せてきた彼らは矢継ぎ早に自分の言いたい事を口にする。
私は土井先生じゃないから、それらを聞き分けることなんてできない。
うるささに辟易して耳を塞ぐ。もう四年生だっていうのに、彼らはふとした瞬間一年生に戻る。

「ああもう!うるさい、うるさい、うるさああああい!!」

耳を塞いだまま、力いっぱい叫べばさすがに彼らにも効果があったらしい。
ぴたっと口をつぐんで一斉に私を見るだけに――ってこれだけでも充分鬱陶しい!

「なんなの…」

目配せしあった は組連中は、代表を乱太郎に決めたらしい。
心なしかいつもより気落ちしているっぽい乱太郎が、カチャ、と眼鏡を直しながら一歩私に近づいてきた。

「…学園を辞めて実家に帰るって本当?」
「随分耳が早いんだね」
「庄左ヱ門が聞いてたんだ。…どうしてか、聞いてもいい?」
「そんなの簡単だよ、私にくの一の才能がないってわかったから」

やる気がないなら学費は無駄になるし、今までの三年間で行儀作法は大体身についたと思う。足りない分は実家で母から仕込んでもらえばいい話。
そんな感じのことを言えば、は組連中はまた一斉に(好き勝手に)話し始めた。

静まるのを待つために溜息をついて目を瞑れば、ちょいちょいと袖を引かれる。
視線をやると、しんべヱがにっこり笑って手招きしていた。
相変わらず勝手に騒いでいる彼らを一瞥して、しんべヱの後を追う。
少し離れた場所、お昼寝に適した木の下で、しんべヱはなぜかお茶の用意をしていた。

「前に名前が食べたいって言ってたお団子買ってきたんだ。一緒に食べない?」
「しんべヱってマイペースだよね…」

にこにこ笑顔に毒気を抜かれて、隣に腰を下ろす。
しんべヱはお団子の包みを広げると、先に私が取りやすいように持ち手の方をこちらに向けた。

「しんべヱ……大人になって……いただきます」
「はい、どうぞ。ところでさ、名前は実家に帰ったらどうするの?」
「ふん?」

もぐもぐしながら首をかしげると、しんべヱはもう一度同じ内容を繰り返す。
ちゃんと聞こえてたんだけど、まぁいいか。きちんと飲み込んで、ついでにお茶をもらって中空を見上げる。

「どうしようかなぁ…とりあえず、家の手伝いでしょ」
「嫁いだりは?」
「いずれはそうなるだろうけど、それにはまず相手探しから始めないとね」
「…名前ならいい話が来そうだねぇ」

しんべヱのまったり空気につられて笑い返したところで、いきなり木の上からしんべヱの後ろに人が降り立った。

「でかしたしんべヱ!」
「虎若頼んだ!」
「おう!」

きり丸がしんべヱの背中をポンと叩いて、虎若がしんべヱを引きずっていく。
まだ食べてる途中なのに、と訴えているしんべヱにヒラヒラ手を振るのは残ったきり丸。

(あっちでごちゃごちゃやってたんじゃないの?)

は組が固まっていた辺りを見ると、見事に誰もいなくなっている。
改めてきり丸に向き直れば、彼はあさっての方を見ながら鼻の下を指で擦って「確認なんだけど」と言った。

「今はまだ全部予定なんだよな?」
「全部って?」
「学園やめるってのも、嫁ぐのも」
「やめるのは9割確定ってところ。だってやる気ないもの、勿体無いじゃない。きり丸ならわかるでしょ?」
「……まあな」

同意を示したきり丸は片手を腰に当てて、視線を泳がせる。
よくわからないけど、まだ聞きたいことがあるらしい。にしても、こうして聞きづらそうにしているきり丸は珍しい気もした。

「で、なに?」
「あー…だから、相手、とか」
「は?」
「結婚」
「……ああ!そっちは影も形も…私の理想は恋愛結婚だけど、見合いでもいいかなぁって思うのよね。もしかしたらそれがきっかけでときめく相手に会えるかもしれないし」

腕を組みながら一人熱弁をふるっていたら、きり丸は「へー」と至ってどうでもよさそうな返事を寄越した。まったく、これだから同年代の男子は。

「――わかった。時間取らせたな、またあとで会おうぜ」
「あとで?」
「そうだ、これ。直しといたから」

ニッと笑顔で押し付けられた物を確認するのに手の中を覗く。
飾りの一部が壊れてしまったからと手放した髪飾りが、元通りの姿でそこにあった。
驚いて何度も瞬きして、髪飾りを持ち上げる。どの角度から見ても綺麗に直っている。
さすが内職のプロ、手先が器用だ――と感心してお礼を言おうと思ったのに、いつの間にかきり丸はその場から姿を消していた。

「……捨てるくらいならくれ、って言ってたくせに……」

さらっと格好いいことができるようになったんだなぁ、と一年生のころから一緒にいる身としては思う。
髪飾りを大事に懐に入れて、くのたま長屋を目指す。
思いがけず甘味も摂取できたし、実家へ出す手紙の内容でも考えながらのんびり過ごそうかな。

――と、思っていたのに。手紙の下書きをしようと紙を引っ張り出したところで、天井から人が落ちてきた。

「いったぁ……」
「乱太郎、情けない」
「ち、違うんだよ!板を外そうとして手を置いたら、いきなり割れちゃったんだ」
「あらー…腐ってたのかなぁ…」

ぽっかり穴の空いてしまった天井を見上げ、ひっそりと乱太郎は相変わらず不運だと思う。

なんだかんだで毎年保健委員になっちゃってるみたいだし、伝説の不運委員長と同じように六年間勤めてそうな気がする。

救急セットはどこに仕舞ってたっけ。
――というか。

「迷ったの?」
「え?」
「お忍びに行くのに場所がわからなくなったのかなーって…あ、あった」

きょとんとした顔の乱太郎は何度か瞬きをすると、唐突に顔を赤く染め身を乗り出してきた。

「ち、違うよ!わたしは、名前に、会いに来たんだから!」
「しー。一応、忍たま立ち入り禁止だから静かにして。私が怒られちゃう」

しゅんとして素直に謝る乱太郎に思わず笑って、手を見せるように言う。
擦り傷が数箇所、よかった。これくらいなら私でも処置できる。

もしかしたら乱太郎の方が上手にできるかもしれないけど、教わったことを活かせる機会が嬉しくて、自然と鼻歌が漏れた。
確か顔にもあったはずだと見上げれば、乱太郎はビクッと肩を震わせて僅かに身を反らした。

「どうしたの?」
「あ、あのさ、名前
「ん?」
「すっ、すき…な、」
「すすきな?」

聞き返すと、乱太郎は一度ぎゅっと目を瞑ってから、手当てをしていた私の手を両手で包んだ。
赤い顔に、真剣な瞳。
こんな乱太郎を見るのは初めてかもしれない。

「わ…わたしは…」
(あ、あれ…?)

なんだか、心臓が速い。緊張してきた。
……これって、もしかして――

名前ちゃんいるー?」

驚いて身体を震わせたのは、乱太郎も一緒だった。
もう一度聞こえた呼びかけに「はーい」と返事をしながら乱太郎を見れば、私の手を握ったまま固まっている。

(魂飛ばしてる場合か!)
「いっ」

咄嗟に乱太郎を突き飛ばし、手振りで戻るように天井を指す。
にこにこ笑顔のユキ先輩が顔を覗かせたのと、乱太郎の足が見えなくなるのはほぼ同時だった。

「ど、どうしたんですか?」
「あのね、四年は組の黒木庄左ヱ門くん、知ってるよね?」
「それは…はい。庄左ヱ門がどうかしたんですか?」
「ふっふ~、名前ちゃんをお呼びでーす」

にこにこ笑顔をニヤリに変えた先輩が、頬をつついてくる。
あとで話聞かせて、と小声になる(近くに誰もいないのに)ユキ先輩に苦笑して、指定された敷地の入口へ足を運んだ。

「…ごめん、忙しかった?」
「ううん。あ、でも丁度乱太郎が来ててね、ちょっと焦った」
「何か言われた?」
「ん…どう、だろ…勘違いかも――って!なに言わせるの!」
名前が勝手に喋ったんだよ」
「こわ!意図せず喋らせる庄左ヱ門の雰囲気こわっ!」

にこって笑った庄左ヱ門に思わずつっこむと、庄左ヱ門は笑顔を引っ込めて「それよりさ」とあっさり流してしまった。

「…もうちょっとのってくれても…」
「ごめん、時間がないんだ。先に話聞いてくれる?」
「はーい」

何か用事があるなら、そっちを先に済ませてくればいいのに。
庄左ヱ門と違って私は忙しくないし。

そうは思ったけど、庄左ヱ門の雰囲気がやたらとピリピリしてるから、何も言うことなく庄左ヱ門の出方を待つ。

「…考え直してくれないかな」
「…………えーと、何を?」
「学園をやめることについて」
「どうして?」
「時間が足りないから」

ごめん、意味がわからない。
ぽかんと間抜けな顔をしているだろう私に、庄左ヱ門は真面目な表情を向ける。
それから口元に手をやると、小さく息を吐き出した。

「僕は名前が好きだ」
「私も庄左ヱ門のこと好きだよ?」
「ほらね」
「え!?」
「……でも乱太郎のときは……のに……なんで……」
「ちょっと、庄左ヱ門?庄ちゃん?」

やれやれと肩を竦めたと思ったら、一人でブツブツ言い始めた庄左ヱ門を前に、放置された私はどうしたらいいのか。

とりあえず戻ってきてください、と腕の辺りを軽く叩くと、いきなりその手を掴まれて引っ張られた。

「わあ!?」
「団蔵!あぶないだろ!」

庄左ヱ門に文句を言おうと思ったら、見えるのは彼の背中で、その向こうには何故か白馬が。
ブルルッと鳴きながら首を震わせる馬の背に乗り、手綱を操っているのは団蔵らしい。

「悪いな庄左ヱ門、時間だ」
「……怪我させるなよ」
「わかってるって!行こうぜ名前!」
「は…はあぁ!!?」

馬首がこっちを向いたと同時に庄左ヱ門の背中が動く。
かと思ったら団蔵に腕をつかまれ、引っ張られて、馬上に乗り上げていた。

「団ぞ…なんなの!?」
「あとで言う!」
「今聞きたいんだけど!」
「あとでー」

だめだ、聞きたい答えが返ってこない。
団蔵は極めて上機嫌みたいだけど、そのにやけて緩んでる頬をつねってやりたい。
思い立ったまま軽く摘むと、団蔵は目を見開いた後また顔を緩ませた。

――ああどうしよう。
ふっと『ばか旦那』なんて、くの一教室でひっそり流通してるあだ名が浮かんでしまった。

「んじゃ、出発!」
「庄ちゃん、理由!」
名前、さっきの、ちゃんと考えておいて!」
「お前もかーーーー!!」

わけもわからないうちに加速する馬の上で思わず叫ぶ。
この場で唯一の頼りだった庄左ヱ門までちぐはぐな答えを返してくるなんて。
私は盛大な溜息をついて、片手で顔を覆った。





「――虎若、」
「わかってるって。任せろよ庄左ヱ門」

「…………はぁ…覚悟はしてたけど、結構堪えるなぁ」
「……庄左ヱ門はまだいいよ。言えたんでしょ?」
「ああ、ごめんね乱太郎。邪魔しちゃったみたいだ」
「わざとじゃないの」
「どうかな。でも僕の見解では、今のところ乱太郎の方がリードしてると思う」
「ええー?」

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