カラクリピエロ

譲り合いは大切です


※竹谷視点





「私、近いうちにあなたのせいで死ぬと思うわ」

恨みがましくこっちを見上げてくる名前が、今にも死んでしまいそうな息遣いでそんなことを言う。
言われた方の俺は、大袈裟だろ、と暢気な感想を浮かべながら横抱きにしたままの彼女を見返した。
乱れる息を整えるために上下する胸や上気した頬、吸いすぎて赤くなった唇は濡れていて、なんともいやらしい。無意識に唾を飲み込んだのか、ごくりと喉が鳴るのをどこか他人事のように聞いた。

「八左ヱ門」

恐らくは、ちゃんと聞けとか、そういった咎めるつもりでの呼びかけだったんだろう。
だけど息切れのせいで弱々しく掠れる声と、いつもの鋭さがなりを潜めているせいか妙に甘ったるい響きだった。
発した名前もそう思ったのだろう。ぎゅっと口を閉じて眉をひそめ、気まずそうに俺から目を逸らしながら頬をじわりと赤く染めた。

(あー…………やばい。エロい)

引き寄せられるように頭を下げながら名前の肩を抱き寄せる。右手で顎を掬い上げれば名前はぎょっとして息を吸った。
開かれた口から音が出る前に唇で塞ぐ。噛まれないように、顎を掴む指先に軽く力を入れてから舌を潜り込ませた。

「ん!?んー、ん゛ー!」

文句を紡いでいるらしい口内をゆっくりとなぞる。舌先を捉えて吸えば、名前はびくりと震えて鼻にかかった声をあげ、俺の装束を握りしめた。
いやらしい水音と漏れる名前の声、荒い息遣いの合間に自分の背中を名前の指が這う。肩より少し下、背骨の近くを撫でるように。くすぐったいような気持ち良いような、布越しにじんわり伝わってくる熱がもどかしい。

「――は……、名前……名前
「ぁ…、はー…はぁ…も、ばっ、ぁんむ」

途中で俺が食べてしまった言葉はなんだったのか。ちらりと考えたけど、柔らかい舌と唇に夢中ですぐに思考が切り替わってしまった。
びくびく震える名前は可愛いし、口付けは気持ちいい。苦しげな名前には悪いと思いつつ、息切れして涙目になっている彼女を見るのも好きだ。
くちゅりといやらしい音を残してゆっくり舌を抜くと名前が大きく息を吸う。
激しく上下する胸に手を伸ばしたくなるのをぐっと…そりゃあもう、ただでさえ脆い理性総動員で堪えて(まだそっちの許可は出てないからな)、頬に唇を押し付けるだけに留めた。

「は…ち、ざ……えもん」

潤んだ瞳に見つめられ、背を這い登る指先で装束の襟元――首の後ろを掴まれる。いつもと違う積極性に驚きながら期待を込めて見つめ返せばチクリと…いや、ぶすっと思いきり首に何かが刺さった。

「いってぇ!?」
「はっ…はぁ……あとで……お説教、だからね……」
「は…?名前、お前なにを――」

ぐらりと視界が揺らぐ。咄嗟に身体を丸めるようにして名前を支えた。
急に襲ってきた眠気のせいで落ちてくる瞼を懸命に押しとどめていたのに、頬を撫でられたと思ったら優しく頭を抱きしめられて集中力が途切れた。
がくんと身体の力が抜ける。重心を傾けていた方向へそのまま落ちていくような感覚。当然といえば当然だが、俺を受け止めたのは冷たく硬い床じゃなく、腕に抱え込んでいた名前の身体だ。

「え、ちょっ……、重い…!」
「…やわらけぇ」
「ひゃ!?や、だ、嘘でしょう?」

柔らかくてあたたかい身体がさらに眠気を煽ってくる。
――――もういいか。寝ても。
ただ名前を潰してしまうのは避けたくて、半ば眠りながらずりずり身体を動かす。「んん」とか「あっ」とかエロい声が聞こえるのになにもできないのが非情に口悔しい。せめて名前を逃がさないように、腕と足を絡めて抱きついてから目を閉じた。

ぼんやりと開けた視界に映るのは頭のてっぺん。無意識に顔を寄せて鼻先を擦りつけるといい匂いがした。
結いあげられた部分が頬に当たり、抱えていたものがびくりと大きく震える。
続いてパタンと本を閉じる音と、八左ヱ門、と俺を呼ぶ声。

「八左ヱ門、起きたの?」
「ん…いや……まだ……」
「起きてよ。あなたのせいで身体が痛いんだから」
「…なんかその言い方やらしいな。本番でも言わせてぇ…」

笑い混じりに名前を抱きしめる力を強めて頭に唇を押し付けたら、呆れたような溜息とともに肩が上下に動いた。

「馬鹿なこと言ってないで起きなさい」
「いててててて」

名前の腹に回していた手の甲を抓られる。おかげで緩んだ拘束の中から名前が身体を捻って抜け出してしまった。
眠気の余韻を残したまま名前の動向を眺めていると、彼女は目の前に座り直して俺にも同じようにしろと視線で訴えてきた。

「さっき私が言ったこと覚えてる?」
「それだけじゃわかんねぇよ」
「…………近々あなたに殺されるかもって話」

そんな言い方だっただろうかと会話を思い返しながら、身体を起こしてあぐらをかく。
名前を見やれば文句を言いたげな顔をしているものの、うっすら頬が染まっていた。

「あー……あの遠まわしな誘い文句な」
「!? さ、誘ってないでしょう!!」
「だって口吸いで死にそうってお前、」
「だ、だから、あれは、そうならないように私に合わせてほしいって意味で……ちょっと、なにニヤニヤしてるのよ」
「お前が可愛いから」

憮然とした表情になって睨んでくる名前にそう返したら、ふいっと顔を逸らされる。
それから口元へ手をもっていく――照れてる時の仕草。

名前
「…………なによ」
「好きだ」
「……………………」
「なあ、こっち来て。顔見せてくれ」

いや、と聞こえた声があまりにも小さかったから、聞こえなかったことにして名前の腕を引く。
思いのほかあっさりと引き寄せられた彼女の身体を抱きとめて、こめかみに口づけを落とした。

「…あなたは少し加減を覚えるべきだと思うわ」
「って言われてもなぁ。そんな余裕ねぇよ」
「…ないの?」
「当たり前だろ。これでも色々頑張ってこらえてるんだぜ」
「…………ちょっと待って、あれで何をどう頑張ってるって?」
「ちゃんと言いつけ守ってるだろ」

そう言って指先で唇に軽く触れる。ふにふにと柔らかさを楽しんでいると、戸惑った顔で手首を掴まれた。
訝しげに眉を潜める名前に笑って腰から尻を撫でると、奇声と共に身体を震わせ背筋を伸ばす。ぐっと近づいた顔に触れるだけの口づけをしたら「八左ヱ門!!」と非難めいた響きで顔を押さえつけられてしまった。

そのまま離れろと言いたげに、ぐいぐい押しやられる。名前の力なんて微々たるものだけど、あえて押されるまま距離を開けるとすかさず文句が飛んできた。

「話をはぐらかさないで」
「はぐらかしてねぇだろ。ほんとは顔だけじゃなくて他の所も色々口づけたり触ったり、剥いたり泣かせたりしたいけど、お前がまだ駄目だっていうから、俺としても必死にだな」
「も、もういい!わかったわよ!!」

今にも唸り声を上げそうになっている彼女に襟元を掴まれる。
肩に名前の頭が押し付けられ、大きな溜息が聞こえた。

名前?」
「…………今からあなたは勝手に動いちゃ駄目」
「は?」
「動いたら一週間私に触るの禁止」
「鬼か!!」
「動かなければいいのよ」

何の説明もなく始まったなにかだが、名前は言ったからには絶対にそうさせる。
反論したら条件が悪化しそうでぐっと言葉を飲み込むと、顔を上げた名前が身を乗り出して俺の頬へとキスをした。

「……………!?」

ちゅ、ちゅ、と何度も触れてくる唇が頬から下へ、口の端を掠めていく。自然と高まる期待にごくんと唾を飲み込むと少し離れた名前が目を細め、ついと動かした指先で俺の唇を押さえた。
無言の訴えに促されるまま、唇を引き結ぶ。そのまま、と微かに声がしたかと思えば瞼を伏せる名前が大写しになって、唇をふにゃりと柔らかいもので塞がれた。ちょっと前まで散々貪ってたから知ってる、名前の唇だ。
すぐに離れたと思ったら、少し角度を変えてまた触れる。

これは――身を切られるほどの拷問だと、俺は思う。

ものすごく嬉しいのは間違いない。
“動くな”という制約さえなければ、どんなにいいだろう。

「ん…」

こうやって時々漏らす声が耳を、艶めかしく吐き出される吐息が頬をくすぐる。
ほんの小さな力で下唇を食まれた時点で、もう、限界だった。

名前の言う“動くな”は俺から手を出すのは禁止ってことで、せめてそれだけでも守らないとこの後がつらい。
それがわかっていたから、名前の肩を掴んで動きを止める。即座に息を吸って吐いて――皮肉にも名前の息苦しさを疑似体験した――彼女へ許しを求めていた。

「これが蛇の生殺し…」
「…………あのね、八左ヱ門。私、まだこれくらいがいい…というか、精一杯なの」
「舌入れんなってことか?」
「ばっ、そういう、直接表現やめてっていつも言ってるでしょう!」
「お前わかりにくいから……もしかして気持ち良くないのか?」

内心“気持ち悪い”と言われたら立ち直れないかもしれないと思いながら、肩から腕を伝って名前の両手を掴む。
気づかれないように深呼吸して彼女を見れば、名前はきゅっと唇を噛みしめて真っ赤な顔で目を泳がせていた。

「そうじゃな……そういうことじゃ、なくて……」
「……するのは“嫌いじゃない”んだな?」

名前が普段よく使う“好き”の代わりで質問したら、名前は渋々――じっと見ていないと分からない程度の動きで――頷いた。

「だから、八左ヱ門に加減を覚えて欲しいって言ってるのよ」
「…………あ、あー。そうか…今の、実演か」

たまらずに名前を抱きしめて、彼女の頭に顔をぐりぐり押し付ける。
ずばり指摘したのがまずかったのか、名前は離れたがってもがいた。離すわけねぇだろ。

「はー…………お前ってほんと…」
「な、なによ」
「わかりにくい。けど可愛い。好きだ」
「っ、それはもう言わなくていいの!」
「なんでだよ、いいだろ言っても。なあ、名前。もう一回」

抱きしめていた腕を緩めて顔を覗き込む。すかさず飛んでくる「嫌」が照れ隠しだってまるわかりで、つい笑ってしまった。
代わりに俺から名前へ口付ける。今の名前が限界だっていうギリギリで。触れてやわく食んで――軽く吸いついて音を立てたのはご愛敬だ。
唇を離すと名前は何度か瞬いて頭を俺の胸へと預けてくる。控えめに背へと回される腕を感じながら名前の髪を撫でた。

「……八左ヱ門。その…たまに、なら…」
「ん?なんだ?」
「…あなたの方に合わせても――」

もごもごと最後の方は掠れて消えていたが、合わせてくれるって言ったよな!?
バッと身体を離してみれば、名前は驚いた顔をすぐに赤くして目を逸らす。肩を掴んで詰め寄る俺に気圧されるようにして口を開閉させ、焦った声を出した。

「たまに!!たまによ!?」
「けど、いいんだよな?言ったもんな!」
「い…言ったけど、今は無理…ちょっ、こら!!」

勢いあまって名前を押し倒した俺は、本日二度目の強制的な眠りへといざなわれることになった。
俺達の間には、まだまだ話し合いの必要があるらしい。






「ってぇ……首が穴だらけになる……」
「そんなに刺してないでしょう?」
「せめて軽く刺せよ。ぐっさりだぞ、ぐっさり!」
「仕方ないでしょ、加減なんてする余裕ないんだから!」
「そうやって煽るんだもんな…穴だらけ確定だろ」
「あなたが勝手に煽られてるだけよ」
「それはどうしようもねぇな……で、この針はいつから俺の服に仕込んでたんだ?」
「さあ?」

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