カラクリピエロ

※鉢屋視点





正直に答えることを了承したとはいえ、それを判断できる人間は今ここにいない。
だが、私は嘘や誤魔化しで答えるつもりはなかった。
そんな気分には到底なれない。

泣き濡れた瞳。
ずっと見たかったもの。それが目の前にあるのに、全然嬉しくないばかりか苛立ちさえ感じる。

――三郎は名前をどうしたいの？
――おれの気のせいかもしれないけどさ…時々、泣かせたいみたいに見える。

勘右衛門の問いに、私はただ笑って返した気がする。
何を言っても律儀に言い返してくる名前が私に見せる顔は、大体が怒りと呆れ、極稀に――悲しみ。

いつも真正面から見ていたから知っていた。
私の一言で名前が傷つく瞬間があること。
焦りを覚えた時には既に消えている泣きそうな顔を何度見ただろう。

いっそ泣けばいいと思っていた。
泣かせたかった。自分の手で。

「……私の前では意地でも泣かなかったくせに」

俯いて自身の手で目元をこする名前に近づき、親指の腹で涙をぬぐう。
びくりと身体を震わせた名前は私を見上げ、浅く息を吸った。

「さぶ、ろ…？」
「聞きたいこと、あるんじゃないのか」

問いかけてくる瞳をやり過ごし、逆に問い返す。
…直接聞かれてはいないんだから、約束は破ってないはずだ。

私が屁理屈を捏ねる間に、名前は制服の胸元をきつく握り、唇を引き結んだ後ゆっくり口を開く。
勘右衛門が名前に言っていた“特別”、それに関する内容だろうと予想しながら、私は答えを探していた。
なのに、

「……きらいに、ならないで」

名前は私が思ってもない言葉を紡いで、またひとつ涙をこぼす。
驚いて何も言えない私を名前がまっすぐ貫く。思わず、息を呑んだ。

「好きじゃなくて、いいから」
「…おい、」
「嫌いには、ならないで」
「おい、名前！」

名前の両肩を掴んで遮る。
細くて華奢なそれに驚くと同時に、名前がぎゅっと目を閉じた。
勢いが強すぎたのか、それとも力を入れすぎたか。
慌てて力を緩めれば、まつげを震わせて瞼を上げる名前が私を見た。

「……好き」
「～～～～ッ、くそっ」
「三郎、肩、いた……痛っ！？」

直視できなくて目を瞑った私は、一度緩めた力を込め直して名前を引き寄せる。
勢いがつきすぎて、ごち、と額が鈍い音を立てた。

「……自分だけ、すっきりしたような顔をするな」
「な、だって、言いたいことは、全部言った」
「私の返事がまだだろ」

額を合わせたまま言うと、名前はびくりと震え、少し間をおいてから頷いた。
ぎゅっと閉じられた瞳と固まる身体から緊張が伝わってくる。

「……私は、嫌いな相手に構うほど物好きじゃないし、暇も持ち合わせてない」
「…うん」
「勘右衛門が言う“特別”も当てはめて構わない。だが、私の“特別”はあいつらとは違う」
「う、うん…？」

明らかに理解してない名前の相槌を耳に入れながら、何故か笑いたくなってきた。
思ったことをそのまま告げるだけなのに、それがとても難しい。

私もお前と同じなんだと、一言口にするだけだ。
なのに――

「私は、」

詰まる。上手く声がでてこない。
ふいに不安そうに見上げる名前と視線がかち合った。

「…三郎…？」
「…………」

ゆっくり合わせていた額を離し、そこに口付けを落とした。
伝わるように、想いをこめて。

びくっと勢いよく跳ねた身体を腕の中に収める。
戸惑いがちに私を呼ぶ名前は私の装束を掴んだまま、小刻みに震えっぱなしだ。
顔を上げた名前が赤い顔で色々な感情が混じったような視線を寄越す。

「…………わかったか」
「いいように、とっちゃうよ？」
「好きなようにとればいいさ」

これから嫌というほど実感させてやる――私の恋を。
揺れる瞳に不安を垣間見て、名前を強く抱きしめた。

「ちょっと…、ねぇ、三郎！」
「なんだ。邪魔するな」
「するよ！！」

頬に手を添えて、額から瞼、頬へと移動していた口付けは途中で名前自身の手に遮られた。
腕をつっぱねて私を押し返してくるが、力は微々たるものでさほど効力はない。
だが顔を赤くして怒る名前の表情は、常に私に見せるものとは違っていてなかなかそそる。

「…ひとつ言っておきたいことがあるのを思いだした」
「な、なに…？」
「お前を泣かせていいのは私だけだからな」
「…………は？」

ぽかんと口を開ける名前の鼻先に指をつきつけ、もう一度、言い聞かせるように同じ内容を繰り返す。
名前はパチパチと二度ほど瞬いて、呆れたとでも言いたげな表情を作った。

「普通は、泣かせないようにするものじゃないの？」
「私に普通を求めるお前が間違っている」
「それ堂々と言うこと！？」
「ともかく、勘右衛門は後で殴るぞ」
「ちょ、なんで！？」

――わからないのか。
勘右衛門は悪くない、と名前はあいつを擁護するがそれだけじゃない。
名前はどうせ気づいてなかっただろうが、あいつは私が後を追うことを前提として名前を連れ出した。

まんまと乗せられたことを思い出し、勝手に眉間に皺が寄ってしまった。

「三郎、聞いてる！？」
「そんなことより、ほら」

憤っている名前の声を背中に受けながら、地面に突き刺さったままだった苦無を抜いて手渡す。
咄嗟に勘右衛門に投げつけたものだが、元は名前の持ち物だ。

名前は訝しげに受け取って確認し、バッと顔を上げながら「枝毛！」と大きな声をあげた。

今更だ。
ため息をついたらムッとされたがいつものことだから気にならない。
明確な変化を挙げるなら、懐からハサミを取り出した私に名前がおとなしく従うそぶりを見せたくらいか。

「じっとしてろ」

髪を掬い、あるはずのない枝毛を探すふりをする。
名前はわずかに振り返りかけたものの、そのまま前を向いた。

「なんだ」
「え、ううん、なんでもない」

聞きたいこと、言いたいことがあるんだろうと問えばすぐに首を振る。
動くなと釘をさしたら反射的に謝られた。

「遠慮なんてらしくないな」
「別に、遠慮じゃないよ」

シャキ、とハサミが空を切る。
静かにしていた名前にも音は届いていたようで、すぐに離れる気配を見せたが私は名前に腕を回すことでそれを止めた。
びくりと跳ねて固まる。挙動がいちいちおもしろい。

「本当に“なんでもない”のか？」
「っ、」
「吐き出すなら今のうちだぞ名前」
「…………ほんとに、ただ…不破くんと久々知くんが言ってたみたいな理由だったらよかったのにって…そう、思ってた、だけだよ」

それを聞いて、すぐに思いだした。
図星を指摘されてすぐさま否定したこと。あれで名前を傷つけたことも。

「……あれは、あいつらが正しい」
「…？」

名前はやはりわかっていないらしいが、一から全部説明するのも癪というか…
だが何も言わずにはいられず、名前をより強く抱きしめながら、ただ一言「ごめん」とだけ伝えた。

「変な三郎」
「お前に言われたくない」
「私は別に変じゃ…っていうかもう終わったんだよね！？」
「まあな」

離せとばかりにジタバタし始めた名前は私の習性をまだわかってないらしい。
一度力を緩めた瞬間に逃げ出そうとした名前を捕まえ直す。

「逃がすと思うのか」
「悪役の台詞だよそれ！！」

名前の頭に顎を乗せて笑うと、悔しそうに腕を掴まれた。






「勘右衛門、一発殴らせろ」
「ばかだろ。いやに決まってるじゃん。ちらっと殴られてもいいかなって思ってたけどやっぱ嫌だ。っていうかさ、三郎はおれに感謝すべきじゃないの？散々傷つけてきてさ、素直じゃないのも限度があるっての。大体あのとき名前が泣いたのだって三郎の今までの態度のせいでしょ、そりゃきっかけ作っちゃったのはおれだけど」
「うるさい」
「うわあ、もう聞いちゃいないよ。嫌だって言ってるだろ！」