カラクリピエロ

素直になれない(14)


※竹谷視点





俺の腕を掴んでいた手が滑り落ち、そのまま俺の手に乗る。
自分よりも僅かに低い体温と甲を撫でられるくすぐったさに引き寄せられて目をやれば、唐突に胸倉を掴まれて名前が体当たりをしてきた。

「いっ!?」

咄嗟に肘をついたおかげで床に後頭部をぶつけずに済んだが、肘をぶつけた場所が悪かったらしく痺れて痛い。

名前が半分のしかかっている状態を堪能するより先に、痛みで反射的に浮く涙を空いた手で押さえた。
一言文句を言おうとしたのに、ふわりと漂ってきたいい匂いに言葉が引っ込んでしまった。石鹸とか、シャンプーとか、そういう――風呂上がり特有の香り。

「責任とって」
「は…?」
「…八左ヱ門の、せいなんだから」

相変わらず俺の胸倉を掴んだまま睨みを利かせてくる名前だけど…目尻が赤くなっている。
ちょっと涙ぐんでるところなんかすげぇ可愛い。

名前の台詞を流してそんなことを思っていたら、ぐっと距離を詰められて、顔が近いと思う間もなくガチンと歯がぶつかった。

「………………」

痛みで口を押さえて呻く俺と同じように、名前も痛いらしく俺の胸に顔を伏せてぷるぷる震えている。

――いや。
そんなことより、今のってアレだよな。名前からの口づけ…ってことで、いいんだよな?

夢じゃないのはこの痛みが証明してくれてる。
小刻みに震える名前の重さも、ぬくもりも…間違いなく本物だ。

名前

確めたくて呼びかければビクッと肩が震えたものの、俺の装束を両手できつく掴んだまま顔を上げようとしない。
間をあけてもう一度呼んでも返ってくるのは無言。
――そう長く待つのは得意じゃねぇんだけど。

「…………へたくそ」
「な!?」

考えた末の挑発に、名前は案の定弾かれたように顔を上げた。
その隙を逃さず彼女の顎を掬い取り、口付ける。
角度を変えて唇を食みながら吸い上げれば、名前は色っぽい声を漏らしながらビクビク身体を震わせた。

「っ、ん…ぅ、んん」

なにか言いたげな名前が必死な様子で俺の装束を掴む。
――だけど今の俺には名前の話を聞いてやれる余裕がない。ずっと自重してたのに、それをぶち壊したのは名前だ。

一度離して名前が数回呼吸したのを確認し、また塞ぐ。
息切れと甘い声に煽られる。何度も何度も、それこそ名前が抵抗しなくなるまで繰り返してしまった。

「……は……大丈夫か?」
「…じゃ…ない、……ばか……」

はぁはぁと肩で息をしながら濡れた唇を拭う名前に、またムラッとして顔を近づける。
身体を強張らせた名前の手に阻まれてしまったが、それをどかして強引に唇を塞いだ。

「ま…って」
「ん?」
「…から、待っ……はぁ…、ふ…」

自身の胸に手をあてて呼吸を整える名前の背を支え、自分に寄りかからせる。
これは怒られるなと思いながら腰を抱くと、名前の身体がビクッと跳ねた。
手をどかせと言いたげに叩かれたものの、全く力が入っていないせいで痒いくらいだ。

何度かペチペチやられたが無視していると、諦めたのか力が抜ける。
それに心臓がどくりと音を立てるのを聞きながら抱き寄せようとした直後、ギッと音が出そうな勢いで睨まれた。

「……っ、わ、悪かったわね!へたくそで!!」
「お前……」

そこかよ、とかツッコミたい気持ちはあるものの、それ以上に抱き締めたくてたまらない。
感情の赴くままに抱き締めると名前は「ちょっと!」とかなんとか言って抵抗してきたけど、次第におとなしくなった。

「……なあ、あれが返事ってことでいいんだよな?」
「そ、そうよ」

返ってきたのは肯定だけど…どうにも物足りない。
態度でもいいと思ってたはずなのに、やっぱりはっきり聞きたいものなんだなとどこか他人事のように思った。

名前は、俺のこと好きだろ?」

聞けば名前は顔を赤くして、でもその表情は不本意でしかたないって感じに眉間に皺が寄っている。
だけど返ってきたのは前みたいな『嫌いじゃない』なんて答えじゃなくて――

「だったら何!?」
「……やっぱ素直じゃねぇ」
「ど…どうせ、可愛くないわよ…」

俺はお前がそれ言うときの顔、すげー可愛いと思うけどな。
悔しそうというか泣きそうというか、思い通りにいかなくて苦しそうに歪む顔。

「……俺は好きだぜ、お前のそういう“可愛くない”とこも」

驚いた顔で固まる名前に笑って、そのまま口付ける。
軽くついばむように触れながら、これから色々自重しなくていいんだよなと名前の手を握った。

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