カラクリピエロ

素直になれない(13)


※竹谷視点





目的の部屋の天井裏で、俺はあぐらをかいて部屋の主が戻ってくるのを待っていた。
室内に降りるのも考えたけれど、万が一名前以外が入ってきたときに困る。

(……にしても、どこ行ってんだよ)

一つ息を吐き出して、何度目かの確認をする。
この時間に留守にしているなんて珍しくて、妙な胸騒ぎがした。
捜しに行きたい衝動に駆られるが、ヘタにくの一教室の敷地をウロウロして会えなかったり、厄介な罠に嵌ったりしたらと思うと踏みきれない。

まだか、と待つのがじれったくなってきた辺りで部屋の外が騒がしくなった。

「――っしょ、っと!……ふー…疲れた」
「……ごめんなさい」
名前、熱でもあるの?」
「ちょっと!?」

ガタガタ音を鳴らして入室してきたのは名前とくのたまがもう一人。
名前は僅かに片足を引きずっているようで、何かあったのは確実らしい。
うっかり取り乱しそうになるのを懸命に押さえ込む。
せめてあのくのたまが退室するまで、自分がここにいることを知られるのはまずい。

「だってなんか気持ち悪いくらい素直だし、いつもならしないミスするし…その怪我だって注意力散漫が原因でしょ?」

足を崩して座っている名前にくのたまが指を向け、首をかしげる。
俺のいる位置からでは表情が見えないものの、名前は沈んだ声で「変?」と相手に尋ねていた。

「変だから聞いてるの」
「…そんなにはっきり言わなくてもいいじゃない」
「恋わずらい?」
「は!?」

眼下でのやりとりに思わず吹き出しそうになって慌てて自分の口を塞ぐ。
覗き見をやめ、姿勢を正しながら落ち着けと自身に言い聞かせていると名前が必死に否定する言葉が聞こえた。
むきになりすぎて、あれじゃあ逆に肯定してるのと同じだ。

きっとあのくのたまも名前の扱いに慣れてるんだろう。わかったわかった、と宥めるように返事をしているのが耳に入る。

「ちゃんと聞いてよ!違うって言ってるでしょう!?」
「それはわかったって――…。もう寝るだけでしょ?着替え手伝ってあげる」
「いきなり何言っ…、ちょっと、やめなさい、こら!」

ここで俺がもう一度下を覗いてしまったのは、仕方ないことだ。
空いた隙間からギリギリ外れたところに手裏剣が突き刺さって、キモを冷やすことになったのは予想外だったが。

「な、人の部屋で手裏剣打たないでよ!」
「…私、こそこそ盗み聞きされるの嫌いなのよね」
「…………か、彼は、悪くないわ。私がこの時間に呼んだせいだもの」

しれっと嘘をつく名前の声で急に心臓が速くなる。
もうバレてるなら降りて弁解も考えたけど、名前が意図的に俺を特定させないようにしてくれてると思うと安易に行動できなかった。

「…ふーん…あとで詳しく聞かせてくれるなら見逃してあげる」
「………………嫌」
「言うと思った。それならおつかい代理三回分で手を打ってあげようかな」
「さ、三回!?」
「どっちでもいいよ?」
「う……、わ、わかったわよ……三回代わればいいんでしょう!?」

満足そうに「取引成立」と口にするくのたまが、溜息をつく名前に見送られ――その際にこっちを見てきたのは気のせいじゃないはずだ――部屋を後にする。
俺が降りようとした直後に戻ってきてヒヤッとしたが、名前に何かを囁くと今度こそ姿を消した。

なんとなくタイミングを逃して出て行きにくい。
ふと突き刺さったままの手裏剣が見えたから、それを苦無で叩いて落とした。
キン、と響いた金属音に反応して勢いよく振り返る名前が顔を上げる。

「は、八左ヱ門…」
「…よぉ」

音を立てないように降りて挨拶しながら、このわけのわからない気まずさに戸惑う。
あのくのたまに何を言われたのか知らないけど名前の顔が赤いのも原因だ。

名前を直視できないまま、彼女の傍に座る。
ビクッと肩を跳ねさせた名前が、まるで隠すように足を正し――すぐに顔を歪めた。

「馬鹿、なにやってんだ。痛いんだろ?」

身を屈める名前を支えようと腕を伸ばす。
名前は痛くない、と強がりながら俺の装束を掴むけど、その手には思い切り力が入っていた。

「無理すんなって」
「…本当に、平気。今のは傷に当たったからで、実際ただのかすり傷なの。手当ての仕方が大袈裟なのよ」

呼吸を整えて再度足を崩す名前が諦めの混じった溜息をつく。
大袈裟だという手当て後を何の気なしに見て、素足だったことにぎょっとした。

(いや…そりゃ、そうだろ。足の怪我なんだから)

頭を振って視線を外す。
何をしてるんだと俺を呼ぶ名前に生返事をして、改めて見た名前の格好にまた頭が真っ白になった。

足を崩しているのも、俺に手を伸ばして支えにしてる状態なのも変わってないのに……そこに衿元が緩んで崩れた装束(さっきのくのたまとのやり取りのせいだろう)が加わるのはもう凶器じゃないのか。

「…八左ヱ門ってちょくちょく変になるわよね」
「お前のせいだろ…………それ直せ、早く」

大きく溜息を吐き出して、名前の掴んでいる腕はそのままで向きを変える。
すぐに気付いた名前が息を呑むのを聞きながら、なるべく小難しいことを考えようと目を閉じた。

「――ご、ごめんなさい。もう大丈夫」
「…名前、調子悪いのか?」

顔だけを向け、胸元を押さえる名前を確認しながら問いかける。
ゆっくり瞬きをした名前は俺の目を見たまま何も言わない。じわじわ速度を上げる心音を聞きながら――こうして見つめ合うのは随分と久しぶりだなと思った。

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