カラクリピエロ

雨の日オムニバス【滝夜叉丸編】

※滝夜叉丸視点




朝に確認した天気予報どおり、今日は昼から雨が続いている。
当然、この平滝夜叉丸に抜かりはない。
自らがデザインした傘が使える機会とあって、それを逃すような愚行を犯すはずがないのだ!

「はーっはっはっは!」
「滝夜叉丸うるさーい」
「いいところに来たな名前!どうだ、私の傘は!!」

スイッチひとつで広がる傘を見せながら言えば、数歩遅れて隣に来た名前はじっと傘を見て「派手だね」と一言こぼし、自らのカバンに手を入れた。

「それだけか!?もっとあるだろう、ほら!美しいとか、かっこいいとか、さすが滝夜叉丸、とか!!」
「さすが滝夜叉丸、スゴーイ」
「そうだろう、そうだろう!」

視線をカバンの中に固定したままの名前を横目に頷いていると、急に彼女の雰囲気が変わる。
その場にしゃがみ、カバンの口を大きく開けるものだから中身が見えてしまった。
この滝夜叉丸ともあろうものが女性の持ち物を無断で覗くとは――

「うそ、ない」
「……なんだ?なにが無い?」
「……かさ」
「傘?いつから無いんだ?朝はあったのか?」

自分の傘を閉じつつ、呆然とする名前の隣にしゃがむ。
動かない彼女の代わりにカバンを閉めてやりながら聞けば、名前は眉間にしわを寄せ記憶を探っているようだった。

「天気予報を見て用意はしたの」
「ふむ」
「で、朝……寮を出る時間は降ってなかったよね」
「そうだな」
「……机の上に出したままかも」
「お前な……確認して、無かったらまた明日言え」

学園内で女生徒の持ち物が紛失となれば、不審者が侵入した可能性も考えられる一大事だろう。
しかし、これは名前のうっかりの可能性のほうが高い。緊張を解いて溜め息を吐き出すと、名前は神妙な顔で頷いてから私を見た。

「……なんだ?」
「いつもそうならかっこいいのに」
名前、今なんと!?」
「なんでもなーい」

笑って踵を返す名前の背を見送りかけ、慌てて引き留める。なぜわざわざ校舎内へ戻っていくんだこいつは。

「だって傘借りてこなきゃ帰れないでしょ」
「その点は問題ないだろう!なぜなら、ここに私の傘がある。特別に入れてやっても」
「けっこうです」
「なぜだ!?」
「紫のラメはちょっと……」
「美しいだろう」
「……滝夜叉丸には似合ってると思うよ」
「それは当然だ!――ではなく!!」
「ん?」

不思議そうに見返してくる名前に言葉を詰まらせたのは、言おうとした内容が自分で理解できなかったからだ。

――もし違う色だったら、断らなかったのか。

それを聞いてどうしようというのだろう。
もしも頷かれたら、私はこの傘を持っていたことを後悔するのだろうか。

「滝夜叉丸ー」
「…………む?」

目の前でひらひら動く手のひらに焦点を合わせると、名前が横から覗き込むようにしえ手を振っている。
逆の手には、使い古しの白いビニール傘が握られていた。

「どうしたんだ、それは」
「通りすがりの食満先輩が貸してくれた。用具で管理してるやつだから一本持ってけって。ラッキー」

借りに行く手間が省けた、と嬉しそうに言う名前が傘を開いて雨の下へ出ていく。
少しの汚れとくすんだ色は彼女には似合っていないと思う。

「滝夜叉丸ー、早く帰ろ」

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