カラクリピエロ

桃太郎っぽいなにか

桃太郎っぽいなにか その1




 人里離れた山奥で、小平太は気ままに毎日を過ごしていた。
好きな時に寝て起きて、好きなだけ山中を走り回る。強そうなあやかしを見かけては勝負をふっかけ体力を消耗し、気が向けば長い付き合いのある友人を訪ねる、という日々を。
起きぬけに、さて今日はどうしようかとあくびをひとつ。寝床にしていた樹の上から身軽に飛び降りると、微かに鼻孔をくすぐる甘い匂いにつられてひくりと鼻を動かした。

(…朝飯はこれに決まりだ!)

おいしそう、と即座に判断した小平太は表情に笑みを乗せ、匂いの元へと足を進める。
道中、近場にこのような匂いを放つもの(果実か蜜か)があっただろうかと思いはしたが、空腹の前にその疑問は霧散した。
段々と強くなる匂いに木々をかきわけ、ここだ、と確信した茂みに顔を突っ込むと、小刻みにふるえている桃色の塊が一つ――否、身体を小さく丸めて泣いている幼子が一人いた。ひっく、ひっくと微かに漏れ聞こえる声を耳にしながら目を瞬かせると、泣いている子どもの傍へ寄って両手でひょいと持ち上げた。

「ひっ!」
「どうしたんだ、こんなところで。この辺は子どもが一人で来るには危ないぞ」

頭上に掲げ持つようにして顔を見ながら聞けば、子どもはひくりと喉を鳴らし、かえれない、と舌ったらずに答えた。
ポロポロこぼれ落ちる涙が小平太の顔を濡らすものだから、子どもを片腕に持ちかえながら濡れた顔をぬぐう。その際強く香った甘い匂いに動きをとめた小平太は、自分が追ってきた匂いの元がこの子どもであることに気づいて再度瞬きをした。

「――お前は人の子か?」

じっと見つめながら聞いても返ってくるのは小さな啜り泣き。これでは埒が明かないとは思ったが、小平太は現在空腹で他のことをやる気がなかった。
いくら美味しそうな匂いを放っているとはいえ、この幼子を食べようという気にはならずに小さく唸る。

「ううむ…………とりあえず朝飯だ!お前、好き嫌いはあるか?」

子どもを小脇に抱え、本来の目的であった朝食の調達へと山を分け入りながら尋ねる。
奥へ行くにつれて感じる複数の気配。遠目からちらちらと視線を投げられているのがわかったが、この辺のあやかしは全て小平太が叩きのめしたばかりだからか、近づいてくる様子はない。

「お前、わたしに見つけられてよかったな!でなければ今頃は誰かの腹の中かもしれんぞ」

木の実を見繕いつつ言い放つ小平太に、腕の中の塊がびくりと震える。おとうさん、と微かに聞こえた声に気づいて顔を覗き込むと、またポロポロ涙をこぼしていた。

「…そんなに泣くな。水分がなくなって干からびてしまう」
「っ、わ、わたしを、食べますか?」
「ん?食べてもいいのか?」
「ゃ、…だめ、です。いやです…」

ぎゅう、と両手を握り首をふる幼子に、小平太は笑いながら口元に木の実を押し付ける。
正直なところ、小平太にしてみればこれでは全然足りないのだがとりあえずの燃料補給だ。
ちまちまと小さな口で与えた木の実を食べ始める幼子を横目に、漂ってくる甘い匂いに鼻を鳴らす。やはり、匂いの元はこの子どもで間違いないようだ。

「お前はどこから来たんだ。家は?」
「…お父さんの家は、お山の中です。まわりに木がいっぱいはえてて、近くに川があって、それで、お庭には小さい畑があります」
「うむ、わからん!」

子どもが手振り混じりで伝えてきた情報に笑顔で答えた小平太は、“お父さんの家”という言い方に妙な違和感を覚えて首をかしげたが、まあいいかとそれを流した。
全く伝わらないという事実にしょんぼりしていた幼子が両手で持った木の実を一口かじる。知れず、匂いに惹かれて顔を寄せていた小平太を見返して丸い目をぱちりと瞬かせると、食べますか?と食べかけのそれを小平太に差し出してきた。
あ、と口を開けた小平太に驚いた顔をした子どもが、恐る恐るといった様子で木の実を小平太の口へと放り込む。この柔らかそうな小さい手までかじってみたいという衝動を押し殺し、子どもの頭を撫でた。

「お前の家は村じゃないんだったよな」
「…はい」
「この辺りには詳しい方だと思っていたが、家なんてあったかなぁ」

唸りながら子どもを持ち上げて肩に担ぐと、ふと覚えのある匂いがして再度腕へ抱え直す。
不思議そうに目を丸くする幼子をじっと見つめるが、やはり記憶にはない顔だった。

「なにか家から持ってきたものはないか?わたしはこれでも鼻が利くんだ。お前を家まで届けてやれるかもしれない」
「ええと……あ!」

首元から着物の合わせへ手を突っ込んだ子どもが、紐につながれた布袋を引っ張りだす。
途端に漂ってくる薬草の匂いと旧友の気配に、お父さんが作ってくれたんです、という子どもの言葉を聞き流していた。

「――お前は伊作の子か!?」
「! お父さん!」

知った名前がでてきたせいなのか、子どもはパッと顔を明るくして嬉しそうに笑う。反して小平太は、あずかり知らぬところで友人が子どもを授かっていたという事実に驚きながら、確かめるように子どもの顔をじっと見つめた。

「…………うーん。伊作には似ていないな」

母親似なのかと思ったが、子どもがなんとも子どもらしからぬ複雑そうな顔で微笑むのでそれ以上の追求をやめた。
代わりに、子どもが先ほど引っ張り出した布袋を手に取り中を開ける。入っていたのは魔除けの呪符(触れた途端、バチッと痺れるような痛みが走った)と、傷薬、それから――小さな貝の片側。幼子の手のひらに収まる大きさのそれは、ホタルのようにうっすらと明滅を繰り返していた。

「お。これはわたしにも覚えがあるぞ」
「お父さんのお友だちがくれたんです。お父さんと半分こしました」

今は持ち歩いていないが、小平太も仲間内の連絡用として似たようなものを持っている。
伊作と分け合っているということは、これも同じく相手につながるはず。そう思って貝殻を子どもへ渡すが、幼子はそれを握りしめて「きれい」と言いながら嬉しそうに笑うだけで伊作とつながった気配はない。

「使い方は教わってないのか?」
「あ…!」

子どもは小平太の問いかけにハッとして顔を上げると、貝殻に向かってお父さんと声をかけた。何度か繰り返すものの明滅が大きくなるだけで返答はない。

「おとうさん…」

次第にしぼんで震えていく声が悲しげで、小平太は思わず子どもを懐へと抱きよせながら、子どもの手のひらごと貝を掴んだ。すっぽりと手の中に納まってしまう手は温かくて、ふにふにと柔らかい。
指の先が余るほどの小ささに驚きながらも、僅かに貝殻をずらして幼子の手から自身の手へと移動させた。

「伊作!!」

小平太が意識をぶつけるように呼ぶと、ようやく微かな音が聞こえてくる。が、力まで込めてしまったせいか貝殻にひびが入ってしまった。

「しまった…これはヘタしたら壊れるぞ。伊作、早くわたしの方に波長を合わせろ!」
『――っ、――…名前!!』
「お、お父さん!」
『ああもう、心配させて…!今どこにいるんだい?怖い目にはあってないよね?怪我は?というかどうして小平太と一緒なの?』

矢継ぎ早に質問を重ねる伊作の声に、子どもは目を瞬かせて光る貝殻と小平太の顔を交互に見る。まるでこの状態に初めて遭遇したかのような反応だ。
名前名前と何度も呼びかけてくる伊作の声は、だんだんと焦りをおびてきている。
小平太はその声に先ほどの幼子の様子を思い出し、似ているところもあるなと思いながら笑った。

名前…お願いだからなにか言っておくれ』
「伊作、名前というのはこの子どものことでいいんだな?」
『小平太!そう、そうだよ。外見は五歳くらいの女の子で桃色の着物と白い帯を着てる』

やや早口で外見を伝えてくる伊作の声を聞きながら、小平太は傍らの子どもを観察した。
いつの間にか小平太の腕をぎゅっと掴み、食い入るようにして明滅する貝殻を見つめている。名前、と伊作が呼んだ名を口にすれば小平太を見上げ、なに?と言いたげにぱちりと一つ瞬いた。

「…うん。こいつは確かに名前らしいぞ」
『よかったー…ちょっと目を離した隙にいなくなってたからすごく焦った……名前、僕の声聞こえてるかな』

うん、と頷く子ども――名前の声は小さくて、貝殻の向こうへ伝わったかどうか怪しい。
小平太は貝殻を幼子に持たせると「話して安心させてやれ」と言って子どもを抱え直した。

「あの、お父さんですか?伊作お父さん?」
『ふふ。うん、そう。伊作です。…ごめんよ。せっかく持たせたのに動作確認で使ったっきりだったから、うっかり留三郎に合わせたままで…』
「お父さん、今どこにいますか。私、お父さんのおうちに帰れる?」

不安げに言いながら、名前は貝殻を握る指先に力を入れる。
伊作が子どもを安心させるように「大丈夫だよ」と笑い混じりに答えると、幼子はちらりと小平太を見て貝殻へ唇を寄せた。

「私、この人に食べられたりしないよね?」
『………………名前、ちょっと小平太と変わってくれるかい。あ、小平太っていうのはキミと一緒にいる豪快で楽観的な男のことで、一応僕の友達だから』
「なあ伊作…説明もいいけどな、そろそろお前の居場所を教えろ。わたしは腹が減ったんだ」

小平太が名前を自分の方へ寄せて後ろから話しかけると、小さな身体がびくりと震える。
焦点を合わせると、名前は手足を縮こまらせてすがるように貝殻を握りしめ、しきりに伊作を呼んでいた。

『ちょっと小平太、名前を脅えさせないでくれよ!』
「なにも名前を食べるなんて言ってないだろう。確かに美味そうだけどちゃんと我慢してる!」
『な!?だ、駄目だからね!!事情は後で話すけど、彼女はちゃんと僕が育てるって決めてるんだから!!』
「わかったわかった……それで、お前は今どこに隠れ住んでるんだ。名前がうろついてたのはわたしの縄張りだし、わたしの鼻でも捕まえられないほど遠いはずない」

きっぱり断言すると、貝殻の向こうから苦笑する気配が伝わってくる。伊作は「僕の術も捨てたもんじゃないね」と言ってから名前を呼んだ。

『帰っておいで。もしかしたら名前の方が先に家に着いてしまうかもしれないけど、そのときは僕を出迎えてくれると嬉しいな』
「お父さんは居ないの?」
『ちょっと名前を捜しに出かけてるだけだから、すぐに戻るよ――小平太、どうだい?』
「ん」

ひくりと鼻を動かせば、唐突に縄張り内になにかが出現した気配がある。結界だか呪だかはわからないが、伊作が身を眩ませていたなんらかの術を解いたのだろう。
伊作と名前が住んでいると言うのだからおそらくは小屋一軒分――それほど大きなものに気づけなかったことに不満を覚え、小平太はむぅと小さく唸った。

「この距離ならすぐに着くぞ。家には勝手に入るがいいよな」
『うん。家の中は名前に案内してもらって。ご飯も作ってあるから名前に食べさせてやってくれ。それから』
「細かいことはもういい!着けばどうにかなるだろ、お前もさっさと帰って来い」
『……それもそうだね。くれぐれも名前を雑に扱わないでくれよ!』

貝殻からくどくど流れてくる小言を聞きながし、それを名前へ返す。相手が変わったのが伊作にもわかったのか、小言はすぐにぴたりと止んで、代わりに優しい声がした。二人は一言二言会話をかわし、名前が「お父さんも気を付けて」と伊作を気遣うのを締めにして通話は切れた。
小平太は幼子が大事そうに貝殻を布袋へおさめるのを待ってから、彼女を小脇に抱えて樹の上に飛び乗る。ひゃあ、と甲高い声がして着物の前身頃が強く引かれた。視線を下げれば、蒼い顔で力いっぱい自分の服を握っている涙目の名前が見えて、小平太は瞠目しながら「どうしたんだ」と声をかけた。

「こ、こわいです…」
「怖い?高いのが駄目なのか?」
「落ちそう」
「お前は怖がりだなあ」

ぎゅっと小平太の着物を握ったまま離さない名前が妙に可愛らしくて、小平太は笑いながら名前を腕に抱き直した。ぶらついていた足を抱えるだけで、いくらか気が楽になったのか名前がホッと息をつく。ごく自然に腕を首へ回してくる名前に、伊作はいつもこうして抱き上げているのかもしれないと思った。
ぐっと近づいた距離から香ってくる美味しそうな匂いにごくりと喉が鳴る。思わず顔を寄せると名前が「くすぐったい」と言いながらくすくす笑いをこぼした。




桃太郎っぽいなにか その2

ゆらゆらと心地よい揺れに身をゆだねて見る夢は、必ずしも心地良いものではないらしい。
いかに摩訶不思議であろうとも、目覚めない限りはこのまま過ごすしかないのだろう…きっと。
だから目覚めた場所が見ず知らずの民家だとしても、私を知らない人のように扱ってくる善法寺先輩が目の前にいても、私の身体が一年生(いや、それよりも幼いかもしれない)くらいに縮んでいて、かつ言葉が自由にならなくても、夢だから…きっと、きっといつか目覚めてくれるはず。

「大丈夫かい?うーん…このくらいの子はもう言葉がわかるものだっけ……ああ泣かないで、よしよし」

布団の上に座り込んで現状を受け止めるべく呆然としていた私は、善法寺先輩にいきなりひょいと抱えられ、先輩の膝上であやされている始末。恥ずかしさと居た堪れなさに身をよじったものの「ここは安全だよ」なんて見当違いの慰めとともに頭を撫でられるだけだ。
身体が幼くなっているせいなのか、不安でいっぱいだったせいか本格的に泣きたくなってきたのもあって、顔を隠すようにしてそのまま少しだけ泣いた。

どうやらこの夢の世界の私は拾われっ子らしい。
善法寺先輩が薬草とりに散策している最中に、私を拾って連れ帰ってくれたそうだ。
どういうわけか私を“モモコ”と名付けたがった先輩には申し訳ないけれど、自分の名前を主張し続けた結果ちゃんと受け入れてくれたことも安心した。
つたないながらもお礼を言ったら「僕のことは兄さんって呼んでいいよ」と笑っていた。

――それからというもの、善法寺先輩と呼ぶとしょんぼりするのがちょっとだけ面倒くさい。

「たしかに僕は善法寺だけど…名前に教えた覚えないんだけどなぁ……だいたい"センパイ"ってなんだい?」

…とのこと。
説明するのも、癖ですという言い訳も上手くない気がして、じっと見上げて首を傾げて返す。
これをやると先輩はだいたい言葉を詰まらせて“しかたないなぁ”と言いたげな苦笑とともに頭を撫でて質問を取り下げてくれた。

数日経つと、不思議と私の身体は急成長を遂げ、何度か段階を経て現実と同じくらいの年格好へと育っていた。驚いたのは先輩がそれを受け入れてくれたこと。さすがは夢の世界…なんでもありだ。
数日とはいえ、わけがわからないまま善法寺先輩の元で世話になりっぱなしの状態なのが心苦しい。
この夢の世界の状態を探りつつ、手伝いを申し出たある日のこと。先輩は真剣な面持ちで「話したいことがある」と言って私を居間に座らせた。

「…なんでしょう善法寺せんぱ…………兄さん」
「うん。名前には黙っていたけど、実は…キミに決闘の申し込みが来てる」
「――――――は?」
「やっぱりそういう反応になるよね」

ははは、と笑いながら先輩が後ろ頭を掻く。
善法寺先輩は呆然としたままの私の手を取り、大丈夫、と堂々と言い放って小さな包みを握らせた。

名前の助けとなるように、昔馴染みに協力をお願いしたから。彼らと一緒に行っておいで。これは彼らへの駄賃だ」
「いやいやいや。いきなり何言い出すんですか!け、決闘って私がですか?私、はっきり言って全然強くないんですけど!」
「けどほら。桃から生まれた童女っていったら名前のことだし、直接この家に通達がね」
「ちょ、ちょっと待ってください!!桃から!?わた、私は拾われっ子じゃなかったんですか!?」

いくら夢とはいえ、話が唐突すぎる。
慌てて善法寺先輩に掴みかかって説明を求めれば、先輩は平然と「名前は桃から生まれたんだよ」と言い放った。
食用にも薬用にも使えるしと桃を拾った経緯について色々言っていたけれど、私が巨大な桃(正確にはその種の中)から出てきたことに変わりはないらしい。
納得いかないながらも届いたという決闘状の内容を確認すれば――“俺は自分より強い奴しか認めん!”と力強い字で戦えという意志が綴られていた。
…文面に加え、この締めに入っている“留三郎”という名前はもしかして食満先輩のことでしょうか。

「――これ、行かないといけませんか?」
「僕も何度か無視したり、そっちから会いに来いって返事したりしたんだけどさ。どうも相手にも事情があるらしくて、住み家から離れられないんだって。代わりに文が届く頻度が増してね…見るかい?」
「いえ、いいです」
「あ。手紙といえば……名前が生まれたときに握りしめてたやつがあったんだ」

え、と戸惑う私に、くしゃくしゃになった紙を握らせる。
先輩が読んでも意味がわからなかったけれど、大事なもののような気がしてずっとしまっておいてくれたらしい。
妙な胸騒ぎを覚えながらそっと開いて目に入った文面にドクンと心臓が大きな音を立てた。

“ゆめゆめ忘れることなかれ
 かえりの道は勝利のさきに”




桃太郎っぽいなにか その3

――桃太郎さん、桃太郎さん。お腰につけたきび団子、ひとつ私にくださいな。

幼いころ、養父に読んでもらった童話と同じ言葉を待っていたのに、目の前で仁王立ちして笑う自称“おつきの犬”の青年は、全く予想もしていなかったものを要求してきた。きび団子ではなく、桃から生まれた童そのもの――つまり、私自身を。欲しいと言われても、おいそれとあげられるものではない。

「あの…これじゃ、駄目でしょうか」

出がけに養父からもらったきび団子を取り出してみたけれど、目の前の彼はひくりと鼻を動かすと僅かに眉根を寄せて「名前が作ったのか?」と聞いてきた。

「いえ、父がもたせてくれました。仲間になりそうな人に食べさせるようにと」
「伊作か……いや、わたしはいらん。やばそうな匂いがするからな」

“やばそうな匂い”とやらが気になったものの、私にはほんのり甘いお団子の匂いしか感じられないからわからない。

「あなたは父のお知り合いですか?」

ひとまず団子を腰にくくりつけ直しながら質問したら、自称犬さんは目を丸くして何度も瞬きをした。

「まさか、わたしを忘れたのか?お前が小さい頃よく一緒に遊んだろう!」
「えっ」
「“わんちゃん”って呼んでいっぱい可愛がってくれたのに、ひどいぞ名前!!」

がしっと肩を掴まれたことに戸惑っている間に、彼の胸に押し付けられる形でぎゅうぎゅう抱きしめられる。苦しい。
自称犬さんは私の頭にぐりぐり額を押し付けながら喚くけれど、全く記憶にないので言いがかりをつけられているとしか思えなかった。

「…本当に覚えていないのか?これっぽっちも?」
「ええと……その…ごめんなさい…」

あいにく、森の奥のずーっと奥。ひっそりとしたひと気のない場所に住んでいたから、関わり合ったのは養父と養父の友人と、森に暮らす動物たちくらいのものだ。養父の友人だという人も年に数回顔を見せる程度で、世話焼きの情報通という印象しかない。

「うーむ……まさか忘れられているとはなぁ」

ぱっと両手を離してお互いの顔が見える位置まで下がった彼は、ぽんぽんと私の頭に手を置いてから自身の胸を叩いた。

「だが、わたしはお前についていくぞ!」
「いいんですか?」
「言っただろう。お前をくれたら旅に付き合うと」
「ああ…そういえばそうでした。でもそれは無理なので、お付き合いいただかなくて結構です」
「なぜだ!?わたしがいれば百人力、絶対に役に立つぞ」

頭を下げ、お礼だけ言って旅路に戻ろうとすると、彼は私の周りをうろうろしながらいかに自分が役立つかというアピールを始めた。
腕は立つから旅の安全は保障されたも同然だし、狩りも得意だから飢える心配もない。鼻も耳も勘も良いから危機管理だってお任せ……らしい。

「他の供はいらんくらいだぞ!むしろ、わたしだけを連れて行けばいい」
「お話はとっても魅力的ですが、私から渡せるのは父の作ったきび団子だけなんですよ」
「う~~~~、なら、その伊作の団子を食べれば私を連れていくか?」
「食べたとしても、変な要求するなら連れていきません」
「くれるって言ったのは名前なのに!」
「すみません、覚えがありませんので」
「そうか……大きくなったら味見をさせてくれると言ったのも無効か」

わかりやすくしょんぼりして言う彼に申し訳なさが浮かんだけれど、その内容にぎょっとして肩が揺れた。
気づけば私の身体は彼の両腕でがっちりと捕えられ、身動きができない状態になっている。戸惑いながら視線を上げるとばっちり目が合って、一気に体温が上がった。じっと見られるのは落ち着かないのに――この目には覚えがある気がする。

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