カラクリピエロ

穴掘り好きの綾部

※綾部視点




砥ぎ終わったばかりの踏鋤(踏子ちゃん)は本当によく掘れる。完成した三つ目の蛸壺から上機嫌で這い出して、次はどこをどんな風に掘ろうかと歩いていたら、一番最初に掘った穴の中から小さな音が聞こえた。
立ち止まって耳を澄ますと、どうやら人が泣いているらしい。
校庭の隅の目立たない場所。地面に空いた穴から微かに漏れ出てくる啜り泣きは、時間帯さえ違っていたら一種の恐怖体験にでもなりそうだ。
泣き声につられ、まあるくあいた穴の淵に座りこんで中を覗き込む。ここで作法委員会作成の生首フィギュアでも飛び出てきたら、悲鳴をあげてくれる人が頻出しそう。今度やってみようかな。

「……ひっ…ぅ、……ぐす……」

さほど広くは作ってないにも関わらず、泣き声の主は隅っこの方に縮こまって丸くなっている。薄暗さに加えて僕自身が影になっているせいで判別しにくいけれど――――装束はくのたまの色だった。
もしかして、落ちたんだろうか。罠のつもりはなくても面白いくらい引っ掛かってくれる保健委員や小松田さんを思い出して、じっと様子をうかがう。泣いているせいか時折身体は揺れるけど、自分から出てくる気はないみたいだ。

いくら僕でも怪我をしている相手を放り出したりはしないし、引っ張り上げて医務室へ連れて行くくらいはするつもり。

「もしもーし」

とりあえず呼びかけてみたら、小さくなってるくのたまが大袈裟なくらいびくりと震えた。
恐る恐る顔をあげ、僕と目が合ったとたん立ち上がったかと思えば俯いて目元を擦り始める。返事もしてくれないし、一向にこっちを見る気配もなかったけれど、彼女が立ちあがったおかげでさっきよりも穴が広くなったように見えた。

「ほっ」

空いた隙間に飛び降りると傍らから小さく声が上がって、狭い穴の中で距離を置こうと後ずさる。あ、と思った時には遅く、目の前のくのたまは背中を土壁にぶつけて滑って尻もちをついていた。

「…………だいじょうぶ?」

一緒になってしゃがむ余裕はなかったから、壁に手をつきながら見下ろす。彼女は微かに頷いて、膝を抱えて丸くなると再び嗚咽を漏らし始めてしまった。
どうしよう……なんだか面倒なことに首をつっこんだかもしれない。

一度頭上を仰ぎ見てから視線を下げる。くのたまは小さく小さく縮こまり、そのまましぼんでしまいそうな気がした。

「ねえ、僕の声は聞こえてるよね。どこか痛いところはある?ここに居るのは落ちたから?」

頷くか首を振るだけで答えになるように問いかければ、返ってきたのは“はい”、“いいえ”、“いいえ”だった。念のため、出られないの?と加えて聞いてみたら、これにも“いいえ”。
つまり、怪我はしてないし、好き好んでこの場に留まっているということ。それなら、僕のやることは何もない。

「そう。それじゃあ、お邪魔しました」

そうと決まれば穴掘りの続きに戻ろうと踏子ちゃんを土壁に立て掛ける。それを足がかりに穴から出て、踏子ちゃんを引き上げようとしたところで鋤の柄を掴まれていることに気づいた。

「おや。なにか用?」
「どうして、とか…きかないの?」
「? 聞かないといけないの?」

ひっく、と泣き声が混じって震える音はちょっとだけ聞き取りにくい。
問われている理由がわからずに聞き返したら、彼女は顔をあげて数回瞬いてから「変な人」と言って微かに笑った。

「僕からしたら、キミもじゅうぶん変な子だけどね。もう行ってもいい?」
「うん…ありがとう」

今度こそ踏子ちゃんを手元に戻して立ち上がる。
視界の端で穴の隅っこに座り直すくのたまを捉えながら、やっぱり変な子だと思った。





数日にわたり思う存分蛸壺と落とし穴と塹壕を量産して――結果、用具委員会や保健委員会(ほぼ全員が穴に落ちたらしい)、その他色々なところから文句を言われたけれど、いつものことだから気にしない――すっきりしたついでに、なんとなく一番最初に作った穴を見に行った。
ぽっかり空いていた穴はとっくに埋められていて、地面の色がうっすら違うことでしか存在を確認できなくなっている。なんだか物足りない気分を味わったことで、初めて“あの時のくのたまがいるかもしれない”と思いながらここまで来たことに気がついた。

「…いるわけないのにねぇ」

しゃがんで土色の違う場所を撫でていると頭上から影が差し、どこか不安そうな声で「あやべくん?」と呼びかけられる。
視線を上げれば、まさにここにあった穴の中で泣いていたくのたまがいて、ほっとした様子で微笑んでいた。

「おや…まぁ」
「あの、綾部くん……ええと、私のこと覚えてる?」
「この間の泣き虫ちゃん」
「うっ…わ、私、苗字です。苗字名前

しゃがんだままの僕に合わせるように、泣き虫ちゃんこと苗字名前ちゃん(先輩だったりして)が目の前に座る。どうして正座なのかを不思議に思いながら次の動作を待っていると、ぺこりと頭を下げられた。

「先日はどうもありがとう。おかげですっきりして試験も合格できました」
「はあ、それは…おめでとうございます?」
「それでね、お願いがあるの」
「…その“お願い”、僕に断らせる気ないでしょう」

真剣だった表情が、数回瞬きをした後に楽しげなものに変わる。
嫌だったら断ってくれていい、そう言いながら「諦めないけどね」と付け加えるあたり、やっぱり断らせる気がないとしか思えない。
くのたまには押しの強い子が多いし、彼女もまたその一人だったようだけど、どうやらじわじわと追い詰めながらの持久戦に持ち込むタイプらしい。

溜め息をひとつ落として彼女の言う“お願い”を聞いてみることにした。

「また蛸壺を借してほしいんだ」
「…………それならそこら辺にあるのを好きに使ってくれていいけど」
「それじゃ他の人に見つかっちゃうから、ここに掘ってほしい」
「それで、キミはまたここで泣き虫ちゃんになるの?」

ぐっと言葉に詰まった彼女が小さく頷く。俯いたまま戻ってこない顔を見つめてもう一度溜め息をついた。

「しかたないなぁ…」
「!」
「けど、僕は僕の好きな時に、好きな場所に掘りたいからいつでも蛸壺があるわけじゃないよ。用具委員に見つかったらこうやって埋められちゃうし」
「う、うん」
「それと、目立たない場所にあるのはこれだけじゃないから探してみたら?」

枝を拾って地面に学園内の地図を描く。
例えば裏山に近いこの辺とか。こっちの方は保健委員が良く通る道だからお勧めしない。
そんな諸々を伝えているあいだ、彼女はじっと僕の描く地図を見ながら逐一感心したように頷いていた。




夢主の位置(先輩or同級生)と綾部が夢主をどう呼ぶのかを決めかねて保留

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