カラクリピエロ

変装を学ぼう(仮)

※鉢屋視点




誰もいない教室で日誌をつけている最中、出入口からかけられた声に顔を上げる。
忍たまの校舎内では異質に映る桃色の忍装束――

「…名前?」

呼びかけられた声音でわかっていたはずなのに、つい相手をまじまじと確認して無意識に呼びかけてしまった。
今はペットの世話をしている時間だろう、と咄嗟に浮かんだ相手の予定になんとも言えない気分になり、誤魔化すように咳をする。

「三郎、入ってもいい?」

控えめなそれに小さく溜息をついて手招く。
――わざわざ許可を取るなんてらしくないな。
皮肉めいた言葉は音にならず、名前が嬉しそうに笑ったのが見えて日誌の続きを書き始める筆が不自然に揺れてしまった。

「目的はなんだ」
「え、わかる!?」
「お前がこの時間ここにいるのは変だろう」

言ってしまってから、これでは名前の行動を把握していると告げているのと同じじゃないかと口を噤む。
だが名前は全く気にしていないのか(単に鈍いだけなのか)、「散歩の時間だもんね」と表情をゆるめて何度も頷いていた。

「今日は竹谷が連れてってくれるっていうから甘えちゃった」
「…………ふーん。八左ヱ門には頼るんだな」

付き合いの長さもあってか、お互いに気安いのは承知してるつもりだが――おもしろくない。
苛々しながら日誌に取り掛かるなか、やけに視線を感じる。チラと視線の主を見れば……なぜかニヤニヤしていた。

「なんだよ」
「別にー。なんか妬いてくれてるみたいだなーって」

にやけ顔のまま頬杖を突く名前が からかうように言うのに眉根が寄る。

「悪いか」
「…………え」
「私が妬いたら悪いのか?」

今にも目を逸らそうとする自分をやりこめ、逆に名前の反応を観察していると、名前はぽかんと間の抜けた顔で瞬いたあと一気に頬を赤く染めた。
何度も口を金魚のように開閉し、終いには腕を枕にして机に突っ伏す――どうだ、私の勝ちだ。

謎の達成感と胸の奥にムズムズしたものを抱えて名前から目を逸らす。
ぶつぶつ文句らしきものを零しながら、僅かに頭を動かしているのが目の端に映った。

「……三郎、変装術教えて」
「は?」

――変装?名前が?
たった今聞こえたばかりの台詞を反芻しながら改めて名前を見おろしてみれば、腕から半分ほど覗いている顔は未だに赤く、特に目元の色が濃い。
濡れたように潤んだ瞳はぼんやりと日誌に向けられていて、どうせならこっちを見ればいいのにとらしくもない思考が脳を占めた。

「…………馬鹿か私は」
「?」

不思議そうに瞬いた名前と目が合って心音が乱れる。
自分が声に出していたことに舌打ちしたくなりながら、同じくらい嬉しいとも思う。そんな熱で鈍る頭をどうにかしたくて、とっさに筆で名前の鼻を撫でた。

「なーーー!?なにすんの!」
「悪戯してほしそうな顔でこっちを見るからだ」
「見てない!!」
「いいや見てたね。それより変装術を学びたいなんて、どういう風の吹き回しだ」

集中できそうにないと筆を一旦置いて、気づかれないように深呼吸。悪態をつきながら手ぬぐいで鼻を拭いていた名前は、私の問いに動きをピタリと止めてあからさまに顔を逸らした。

「――誰かに悪戯でも仕掛ける気か?」
「三郎じゃないんだからそんなことしません」
「なら授業の補習か。お前、実技の成績は芳しくないもんな」
「断言しないでよ……違います」

それなら何故?
不満そうな顔に視線で問えば、名前は目をうろつかせて鼻から手ぬぐいを降ろし「庄左ヱ門」と突拍子もなく一年生を呼んだ。

「は…?」
「庄左ヱ門には教えたって、聞いた」

よほど強くこすったのか、僅かに赤くなっている鼻が気になって指の背で触れると名前の肩が跳ねる。
じわりと頬が再び染まっていく。自分まで釣られる気がして軽く鼻の頭をつまんでやった。

「っ、もう!」
「はは、赤くなってるぞ」
「三郎のせいでしょ」

恨みがましい視線を寄こし私の手を押しのけると、目を逸らしながらも名前は“変装術を教えろ”と唐突に言い出した理由を口にし始めた。
こいつは妙なところで素直すぎると思いながら、しどろもどろで無駄に回りくどい話を耳に入れる。内容をまとめれば単純ながら実にわかりやすかった。

「つまり、『庄左ヱ門ばっかりずるい!』ということだな?」

ニヤリと笑いながら言うと、名前はぐっと言葉を詰まらせて微かに身じろぐ。
それから目元を染めて視線を下げ、声真似やめて、と文句をぶつけてくる声は小さくて、羞恥のせいなのか微かに震えていた。

――――ああああまったく、なんなんだこいつは!
からかうつもりで言ったんだからムキになって否定するべきだろう。それともさっきの仕返しか!?

筆も日誌も投げ出して教室の畳に倒れこみ、衝動に任せて爪を立てる。
不意に浮かんだ“可愛い”という言葉が今にも口からこぼれ落ちそうだ。それを落とすのは癪だと妙な意地を張りながら、ガリガリ畳の目を引っ掻いていると「不破くんに怒られるよ」と、思わずツッコミを入れたくなるようなコメントを寄こした。

「駄目なら、別に…いいよ、庄左ヱ門のとこ行ってくるから」
「教えないとは言ってないだろ。お前はもう少し気を長く持ったほうがいいんじゃないか?こと頼みごとに関してはせっかちで早とちり、加えて悪い方に取りすぎるきらいがあるだろう」

ぐっと押し黙った名前が唇を引き結び、目を泳がせる。
そんなことない、との反論は小さすぎるのを理由に聞かなかったことしにした。

「さ、三郎が、ひねくれたことばっかり言うからだもん」
「………………お前は気づいていないだろうが、私は割と献身的だぞ」

自分のお気に入りに対しては。
心の内で付け足し、余裕ぶって見えるように口元に笑みを浮かべてさっさと日誌を書き終える。
無言の名前をチラ見しながら、素直に口にしない自分を棚にあげてよくも言えたものだと自嘲した。

「…つまり、教えてくれるってことだよね」
「先に言っておくが委員会の時間は無理だからな」

先生のところへ提出するべく日誌を持って立ち上がりながら暗に肯定すれば、名前は勢いよく身を乗り出したせいで転びかけた。慌てて腕で支えると反射的に「ごめん」と謝罪が飛んでくる。
しっかり立たせる途中で呆れ混じりに小言を言うつもりだったのに、見降ろした先で喜色のにじむ眼差しにぶつかってしまっては上手く形になってくれなかった。

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