カラクリピエロ

素直になれない(閑話)


※夢主視点





休むならちゃんと休んだほうがいいと言っているのに、八左ヱ門は頑なに私の提案を拒む。
じれったくなって「そんなに敷くのが面倒なら私がやってあげる」と言ったら物入れの襖に張り付いてまで阻止された。

「…八左ヱ門、別に春画とか春本が入ってたって驚いたりしないわよ」
「ばっ、ねぇよ!!」

いきなり噴出して咳き込む八左ヱ門は数回首を振り、少し乱暴に返してくる。
逆に怪しいとは思ったけど、そんなことより早く寝付かないと時間がもったいない。

「どうしてそんなに嫌なの?」
「…………言わせんのか」
「?」

どうしたって床に寝転がるより疲れは取れるし、寝やすいに違いないのに。
疑問交じりに見返せば彼は僅かに私から視線を逸らし、溜息をついた。

「…ここは俺の部屋で、お前がいて、布団なんか敷いたらもつわけねーだろ」

なにが、と聞こうとした瞬間に目が合って、言われている意味を理解する。

熱というか…欲、を感じる視線に自分の耳が熱くなるのを感じながら、気づけば「帰る!」と口にしていた。
宣言どおりそのまま踵を返す。取っ手に手をかけたところで後ろから引き戸そのものを押さえられ、ビクッと肩が跳ねた。

「だから言うの嫌だったんだよ」
「ちょ、ちょっと、離して!開かないじゃない!」
「そうしたらお前帰っちまうだろ」

ぐっと力を入れてみてもガタンと戸が揺れるだけで隙間すらできない。
それが悔しくて、更に力を入れた。

「くっ、ん……~~~~!!…っ、はぁ…もう!」

けれど、どれだけ力を入れても結果は変わらず、無駄に体力を消耗しただけだった。

「――名前
「きゃっ、」
「…………お前エロすぎ」
「は!?いきなり何――」

大きな溜息と耳元での低音に驚いて反射的に振り向いたら、目の前に八左ヱ門の顔があって更に驚くはめになった。
咄嗟に身を引くと背中が八左ヱ門の腕に当たる。それにもびっくりして戸に背を預けた状態で座り込んだら、頭上から心配そうな声が降ってきた。

「なんだよ大丈夫か?」

とりあえず頷き、平気と言葉を足せば八左ヱ門は安心したようだった。
私と視線を合わせるようにしゃがみ、苦笑する彼を睨みつける。

「あ…あなたね…居残ってほしいならそういう…、性的な話はやめて」
「…性的…」
「繰り返さないでよ!」

恥ずかしくて睨みながら文句を言うと、彼は口を覆って目を閉じて目元を赤くしていた。

私の言ったことが悪いのかと益々恥ずかしくなって唇を噛み、顔を逸らす。
八左ヱ門は慌てたように「悪かった!」と言いながら私の手首を掴んだ。

「……離して」
「ごめんって。お前が起こしてくれるって約束してくれたらそれでいいんだ」

ちらりと見れば八左ヱ門は困った顔で、頼む、と更に眉尻を下げる。
どうしてそんなにと思いながらもその表情に気が抜けて、掴まれている腕から力を抜いた。

「――わかったわよ」
「ほんとか!?」
「どんな起こし方をしてもいいならね」
「…死にそうなのは勘弁な」

八左ヱ門は私をなんだと思っているんだろう。
それが表情に出てしまったのか、苦笑する彼が念を押すように「頼んだぞ」と漏らした。

「…………なあ名前、俺さ…一つ問題があることに気付いた」

ごろりと横たわっている八左ヱ門が腕を枕にしながら私を見る。
先を促すと「眠れねぇ」とぼやき、緩く息を吐き出した。

「…私には出て行く以外どうにもできないわよ」
「子守唄とかさ」
「嫌」
「んじゃ、手」
「手って……それ、余計眠れないんじゃないの?」

ずいと差し出された大きめの手と八左ヱ門の顔を交互に見ても、それが引っ込められる気配はない。

名前が帰るかもって不安かもしれねぇし」
「また、そういう言い方」
「“ずるい”か?」
「っ、ちゃんといるに決まってるでしょう!?」
「じゃあいいだろ。ほら」

そうまで言われたら引き下がれない。
ムッとしながらも床から微妙に浮いた八左ヱ門の手に自分のを乗せたら、それが緩く握られてなんだかむずむずした。
大きいし骨ばっているし、八左ヱ門は私よりも体温が高い気がする。

「お前の手冷たくないか?」
「あなたの手が温かいのよ」
「…………そっか」
「ええ」
「…………」
「…………」
「なあ、」
「歌わないからね」
「ちっ、やっぱ駄目か。ならさ、なんか話してくれないか」

いつになく要求を伝えてくる八左ヱ門に戸惑う。
彼はいつも私のあれこれに応えるばっかりで、逆パターンなんて…少なくとも、私の記憶にはない。

名前、聞いてんのか?」
「聞いてるわ。何かって言われてもそんなに漠然としてたら困るじゃない」
「なんでもいいんだけどな」
「それなら本を音読してあげる。眠くなるでしょう?」

八左ヱ門の返事を聞く前に、緩んでいた手を抜き取って文机に向かう。
前に見たときはこの辺に仕舞っていたはずだと勝手に机の上を探すと、それはあっさり見つかった。

「…お前それ読みたいだけじゃねぇよな?」
「あなたも私も得するなんて理想的よね」

にんたまの友を捲りながら笑い返す私に、八左ヱ門は軽く息を吐き出して強引に私の片手を握った。

つらつらとにんたまの友を読み上げる私はいつの間にか内容の方に夢中で、八左ヱ門が眠りに落ちていることに気付くのに少し時間がかかった。
彼の指からは力が抜けていて、すぐにでも自分の手を引き抜くことが可能だ。

「………………」

じっと観察して、目測で大きさを比べる。
ふと擦り傷があるのを発見し、少し早めに起こして手当てするように言おうと決めた。

――それにしても。
かけ布団くらいはあったほうがいいんじゃないだろうか。
頭巾を外した以外は普段の忍装束で横たわる八左ヱ門を見て思ったが、勝手に物入れを漁るのも気が引ける。

一人悶々としていたら、戸口の方で人の気配がした。

「あれ…八、起きてるの?」

戸を一枚隔てたくぐもった声に、咄嗟に立ち上がって来訪者を出迎える。

「え…?あれ!?僕また!?」
「! ちょっと、静かにして」

ぎょっと目を丸めた相手の言葉から、雷蔵だと確信をもって口元に指を立てる。
すぐに反応して自身の口を覆う雷蔵は室内に視線をやって、納得したように頷いた。

「……ちゃんと眠れてるんだね。よかった」
「そんなに…不眠、続いてたの?」

ほっと胸を撫で下ろしながら小声になる雷蔵の台詞が気になって問いかければ、彼は何故かふふ、と笑って「少し話そうか」と提案してきた。

「…雷蔵、ここでもいい?」
「どうせなら中にしない?八、入るね」

眠っている主に一応の断りを入れて私を室内へ促す。
戸惑う私をよそに、雷蔵は物入れから勝手に布団を出してぞんざいに八左ヱ門の上に乗せた。

「ら、雷蔵、八左ヱ門が起きちゃうでしょう!?」
「平気みたいだよ」

そんな馬鹿なと思って八左ヱ門を覗き込む。
不快気に眉根が寄っているけれど、まだ眠りからは覚めないようだ。
ピクリと指先が震えるのが見えて衝動的に手を握る。
途端に眉間の皺が緩んで寝息が穏やかになったのがわかって呆気に取られていると、笑いを堪える雷蔵の声が聞こえた。

「あ、いいよそのままで。苗字さんはそこにいてくれたほうがいいな」
「……そうね」

時間になったらこのまま八左ヱ門を起こすことにして、八左ヱ門の手を握ったまま雷蔵へ向き直る。
彼は八左ヱ門をちら見してから「さっきの質問だけど」とあっさり話し出した。

「僕らが気付いたのは三日前くらいかな、だから実際はもう少し長いかもしれないね」
「…………そう」
「…心配?」

反射的に頷いた私に雷蔵が僅かに目を見開く。
しまった、と思いながら顔を逸らしたら「そっか」と穏やかに返されて反発する気力がそがれた。

苗字さんは………八左ヱ門が嫌いなわけじゃないんだよね?」

その聞き方に雷蔵を見返す。
三郎とは打って変わって穏やかで、僅かに遠まわしで……だけどその内容は同じ気がする。

「……嫌いだったら、こんなに、一緒にいないわよ」
「うん、よかった」

一言漏らして「じゃあ僕は帰るね」と笑顔を見せる雷蔵を引きとめようとして思いとどまる。引き止めたところで何も言えない。
手を振って出て行く雷蔵が、静かに扉を閉めるのを呆然と見送ってしまった。

無意識に八左ヱ門を見れば、また眉間に皺が寄っている。
もしかしたら夢見が悪いのかもしれないと、気休めに手を握ってみた。

「…………八左ヱ門は、物好きよね」

絶対に答えが返ってこないとわかっているから、話しかける。
だけど握った手の指先がピクッと動いて心臓が飛び跳ねた。もしかして、起きているんだろうか。
息を潜めて様子を伺ってみたものの、八左ヱ門は僅かに口を動かして何かを呟いた後またおとなしくなった。そっと詰めていた息を吐き出す。

(――私だったら、私みたいな女、絶対面倒で投げるわよ)

なのに八左ヱ門はそうじゃない。
毎日毎晩、時間に多少のずれはあるけど必ず部屋に降りてきて『好きだ』と一言残していく。
何度耳にしてもうるさいくらいに心臓が鳴って、それを誤魔化すべく悪態をつく私に笑いかけてくる根気強さ。

本当は、とっくに…八左ヱ門がちゃんと本気で言ってくれてるのもわかってる。
あとは自分が返事をするだけなのに、それがどうしても上手くいかない。

「…ほんと、可愛くない女…」

溜息をついて文机に顔を乗せる。
どうしたら可愛く――素直になれるのか、もどかしさに泣きたくなりながらその衝動を追い払った。

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