カラクリピエロ

あなたと手と手をつないだら


※委員会体験ツアー終了後





「思いついたー!!」

目が合った途端、ぴょんと飛び上がって“思いつき”を書き留める学園長先生。

私はただ学園長先生のガールフレンドから預かった伝言を持ってきただけなのに――どうしよう、嫌な予感しかしない。
そしてこういうときの嫌な予感は大体当たるのがお約束だ。

ふっふっふ、と笑う学園長先生は嬉しそうに、自慢気に。
両手で“思いつき”の書かれた紙を掲げた。

「委員会対抗、鬼ごっこ大会……ですか?」
「うむ、皆で協力することにより互いの親睦を深める。どうじゃ、素晴らしいと思わんか?」

とりあえず、そうですね、と笑顔で相槌を打つ。
けれど“委員会”で括ると人数も学年バランスも……はっきり言って悪いと思う。
それに、鬼ごっこでは体育委員会一強でおもしろくなさそうだ。

――正直に言えば、そんな疲れそうなイベントに参加したくない。

最後の本音を除いてそれとなく学園長先生に伝えたら、彼は「確かに」と頷いて考え込んでしまった。

「学園長先生、その、考え中申し訳ありません。先ほど如月さんからこれをお預かりしてきました」

長考しそうな気配を感じ取った私はさっさと自分の用事を消化したくて、強引に預かり物の手紙を学園長先生に差し出した。
受け取ったのを見届けて退室しようとしたのに、学園長はすぐに手紙を開封して私に挨拶をさせてくれない。

「ほう…ほうほうほう!よし、これじゃ!名前、お前の願い一つ叶えてやろう!」
「…………え?」

なぜ、いきなり。
学園長権限を使うからなんでもよい、なんて気前のいいことを言いだすのがかえって怖い。

「学園長先生、もしかして…“その代わり”と、続いたり…しますか?」
「察しがいいのう」

学園長先生が上機嫌に笑う。
私はくらりと眩暈を覚えながら、両手で顔を覆って項垂れた。


+++


――題して『委員会対抗、逆・鬼ごっこ大会』

小さく足された“逆”の示す通り、鬼と子の人数が逆というのがルールの主旨。
鬼は忍たま、子は私。

学園長先生から朗々と告げられる説明を耳に入れながら、大きく溜息を吐き出す。
“学園長先生の素晴らしい思いつき”で突然集められた忍たまたちを前に、私は学園長先生の隣でそれを聞いていた。

(……視線が痛い)

今日は説明だけで決行は明日。
場所は裏山全体を使った盛大な鬼ごっこ。景品は――

「わしの特製ブロマイド、三枚セットじゃ!」

学園長先生の掲げるブロマイドを前に、重くなった空気。
いらねぇ、とか、またかよ、って声が私でさえ聞こえたんだから、学園長先生にも当然聞こえただろう。

思ったとおり憤慨して地団駄を踏む学園長先生。
それを「まぁまぁ」と宥める土井先生の横で、山田先生が私の背中を軽く叩いた。

思わず見上げた私に苦笑する山田先生。励ますような、気遣うような微笑みにくすぐったい気分になって、大丈夫です、と小さく返した。

「学園長先生、そうじゃないでしょう!」
「ええい、わかっておる!景品は勝利条件を満たした委員会へ、苗字名前の派遣じゃ!」

山田先生が合図するように、もう一度背中を叩いてくれたから、それにあわせて慌てて頭を下げた。
しん、と静まり返ってしまった場におろおろする。

(だ、だから言ったのに…!)

願いを叶える代わりに、と提示された内容に私はしっかり“景品になりません”と進言した。
なのに学園長先生は大丈夫の一点張りで決めてしまったのだ。

名前!」
「は、はいぃ!!」
「またお前は私に相談も無く…!」

条件反射とでもいうのか。
鋭く飛んできた呼び声に背筋を伸ばすと、ギッと目を光らせた立花先輩が睨んでいる。怖い。

「一人でも遅れた場合、その委員会は不戦敗となるので注意するように!では明日、裏山でな」

学園長先生は用は済んだとばかりに締めの言葉を投げ、先生方共々姿を消してしまった。
それがきっかけになったのか、少しずつ騒がしくなる忍たまの皆さん。

急いで壇上から降りた私は、その腕を立花先輩に掴まれていた。

「……速いですね」
「当然だ」

にっこり笑った立花先輩は私を離すことなく、各委員会の委員長と代理と、それから学級委員長委員会を集めた。
前にもこの光景を見たことがある。

立花先輩に捕獲された私と集まった委員会委員長(と代理)の皆さん。
勘右衛門と一年生が二人追加されてるけど、それ以外は『体験ツアー』が始まったときと同じだ。

名前
「久々知くん」
「……先越された」

久々知くんは私の肩に軽く頭を乗せて、溜息混じりに小さく言った。
それは、たぶん私しか聞こえてなかったんじゃないかと思う。
すぐに頭を上げた久々知くんと目が合ってドキッとする。
久々知くんはふっと笑いながら私の頬に手を滑らせて、わざわざ囁くように「赤い」と教えてくれた。

「…久々知くんのせいだよ」
「うん」

やんわり久々知くんの手を押しのけながら言う私に、返ってくるのは嬉しそうな笑顔。
悔しい、ずるい、確信犯。色々浮かぶ返答はその笑顔一つで全部消される。
何も言えない代わりに睨むと、ますます笑われてしまった。


「――そこのバカップル。話を始めてもいいか?」


立花先輩が淡々と近くに来るよう促す。
私はびくっと肩を震わせたのに、久々知くんは「はい、すみません」とあっさり優等生な返事をしていて、なんだか不公平だと思った。

「ルールの認識合わせの前に、我々作法の扱いはどうなっている?」

立花先輩が三郎と勘右衛門に目を向けながら尋ねると、二人は私をちら見して先輩に向き直った。

「まず作法委員会の方々は勝利条件が違います」
「他の委員会とは逆で、“制限時間まで苗字名前が捕まらない”に変更です」
「…なるほどな」
名前がほいほいついて行くんじゃゲームになりませんから」
「ちなみにおれたちは審判・実況担当なんで不参加です」
「…ま、名前が派遣されてきたところでお茶を片手に談笑して終わりですからね」

言いながら肩を竦める三郎に勘右衛門が意味ありげに笑う。
けれど特に何も言うことなく、近くにいた一年生二人の頭を撫でて、今度呼んでやる、と宥めるように言った。

「景品も変わるんだろうな?」

元々作法委員の私を作法委員に向けても何の利益にもならない。
それは学園長先生もちゃんとわかってて、特別な景品を(私へのご褒美とは別に)考えてくれた。

「私たちが勝利条件を満たした場合は、学園長先生の権限で少しだけ予算を追加してくださるそうです」
「なんだと!?」

そんな話は聞いていない、と憤る潮江先輩とは逆に上機嫌になる立花先輩。
いかに予算を組むのが大変かという話を始めた潮江先輩を「そんなものは知らん」の一言で一蹴し、立花先輩は掲示されたルール表を広げた。

大まかなルールは以下の三つ。

一、制限時間までに苗字名前を捕獲し、指定の場所へ連れてくること。
一、苗字名前を捕まえられるのは下級生のみとする。
一、妨害、及び補助については自由。
※ただし、行動に支障をきたすものの使用を禁ずる。例)薬、毒虫など

「つまり、名前を追いかけるのは下級生に任せて、わたしたちはお互いに潰しあえばいいんだろ?」
「…小平太、下級生を手伝うって選択肢はないのかい?」
「そういうのは滝夜叉丸に任せる!」

善法寺先輩の問いに堂々と言い放つ七松先輩は「お前ら相手なら手加減しなくていいよな」と、なんだかとても楽しそうだ。

「なあ、この毒虫ってさ…」
「もちろん私が学園長先生に言いました」
「ずりぃ!!」
「私だって自分の身を守るために薬使えないんだからお互い様」

それが毒虫のためでもある、たぶん。
やる気充分の立花先輩は、勝利条件を満たすために全面的に私の味方をしてくれると思うし、“燃える戦国作法”が爆発物無しで済ませるはずがない。

「…下級生は全員苗字を追っかけないといけないってわけじゃねぇよな?」

食満先輩の疑問に頷いたのは勘右衛門で、こうやって、と言いながら私の肩に手を置いた。

名前に触れるのは一年生から三年生だけですが、それ以外は自由ですよ」
「…………、」
「ああ確かに。名前は捕まったらおとなしくしてくれるって思っていいのかな」

中在家先輩の言葉(私には聞こえなかったけど)に頷いた善法寺先輩が私に向かって首を傾げる。
そういえば、はっきり書かれていなかったようだ。

「もちろん捕まえられてる間はおとなしくしますし、ちゃんとついていきます」

私の答えにニヤリと笑う立花先輩が視界の端に映ってゾクッとした。
先輩が味方でよかったと思う、本当に。

他にも私には休憩時間が半刻に一度許されてるとか、くのたまは救護班(と見学)で参加するとか小さい諸々が通達されて、委員長及び代表の皆さんは各委員の元へ。
行きがけに久々知くんが私の肩に手を置いて意味ありげに微笑んでいくから、ついじっと見送ってしまった。

作戦会議なのか各委員会で円陣を組んでヒソヒソしているのを横目に、鬼ごっこってこんなに壮大な遊びじゃなかったと思うんだけどなぁ、と遠い目になってしまった。

苗字先輩、と私を呼ぶ伝七の声が聞こえる。
目をやると立花先輩を中心にしゃがんでいる作法委員と、一人立ち上がって手を振っている伝七が見えた。

小さく手を振り返せば伝七はなんだか照れくさそうに笑うから、つい顔が緩んでしまった。
呼ばれたほうへ足を向ける途中で視線を感じる。
今のにやけ顔を見られただろうかと頬を押さえながらキョロキョロしてみたけれど、周りはみんな真剣に(たぶん)作戦会議中。
自意識過剰、と一人苦笑したら、同時に肩を叩かれたからビクッと飛び上がってしまった。

「もたもたしていないで早く来い。私たちには時間がいくらあっても足りないのだから」
「た、立花先輩、驚かさないでください!」
「ぼんやりしている証拠だな。久々知ならあっちだ。満足したならさっさと動け」
「べ、別に久々知くんを捜していたわけじゃ……」

反論しながらも目は久々知くんを捜して示された方を向く。
見れば、久々知くんは額に手をやって溜息をついているところだった。
火薬委員会は人数も少ないし、斉藤さんは上級生だけど一年生のようなものだし、明日はどうするんだろう。

(――敵、かぁ……)

遊びだとわかってはいるものの、久々知くんが敵なのは嫌だなと思う。
思わず胸元を握ったらふいに久々知くんが顔をあげたから吃驚した。

ふっと笑った久々知くんが何か言ったような気がするけど、唇の動きが小さくてよくわからなかった。
聞き返してもいいのか迷っていたら、久々知くんの隣にいた斉藤さんが大きく手を振るから(なぜか久々知くんが赤くなった)、そっちに意識を持っていかれてしまった。

「なんだ、愛でも告げられたのか」
「ななななに言ってんですか!」

急に声をかけられた驚きと、その内容に肩を怒らせて抗議したのに、立花先輩は私をあっさり無視して通りがかった勘右衛門を捕まえた。

「尾浜、ちょうどいいところに」
「どうしました?」
「少し聞きたいことがあってな……名前は喜八郎から目印を教わっておけ」

しっしと追い払われてムッとしながらも、言われたとおり作法委員会の円陣へ加わる。
しゃがんだ途端「あ」と伝七と兵太夫の声が重なった。

「え!?」
苗字先輩、いま目印飛ばしましたよ」
「うそ、ごめん」
「綾部先輩、やはり葉っぱはやめたほうがいいと思います」
「じゃあ絵でも描く?」

藤内が困ったように言うと、喜八郎がその辺に落ちていた枝を拾って地面を削り始めた。

「……りんご?」
「宝禄火矢です。見えませんか?」

丸に棒が刺さってるだけの簡単な絵。
見えなくもないけど、これはあからさまに罠っぽい。

私はよほど微妙な顔をしていたらしい。
喜八郎はそれなら、と石を三角形に並べて置いた。





最終的には久々知と逃避行展開になる予定でした。たぶん。

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