カラクリピエロ

素直になれない(9)


※竹谷視点





三郎と勘右衛門に見送られ、貰った情報を手に名前の部屋を目指す。
もし部屋替えされたことに気付かないまま侵入したら、俺はどうなっていたんだろう。

(…………やめとこ)

考えるのが怖くなって思考を追い払うために頭を振る。
現在地を確認するために足を止めたら、どこかの部屋の戸が開いた。
咄嗟に気配を消して様子を探る。

部屋から出てきたくのたまは、どこへ行くでもなく縁側に腰を下ろして足をぶらつかせている。
かと思えばおちつかない様子で立ち上がり、外の方へと数歩進んでこっちを見上げ――やべ。
なんだか目が離せなくてぼうっと観察してたなんて、間抜けもいいところだ。

「…八左ヱ門?」

隠れるか口封じか、その判断をする一瞬の隙をつくように名前の声がした。
意識をやれば、俺に向かって小さく手招きをしている名前とばっちり目が合う。

名前、お前」
「しっ…こっちに来て」

呼ばれるまま足音と気配を殺して降り立つと、すぐさま頭から布――女物の着物を被せられた。
ふわりと鼻を掠めるいい匂いに心臓が鳴る。

「なあこれ」
「いいから黙ってついてきて」

ピシャリと問いを遮られ、おとなしく口を閉じる。
周囲を窺いながら俺の腕をしっかり掴んで移動する名前を、ふいに抱き寄せたい衝動に駆られた。
この手を掴み、強く抱き締めながら温もりを感じたい。

(…やったら絶対信用ガタ落ちすんだろうな)

それは結果的にまずい。
俺は名前の案内に身を委ね、悶々としながら溜め息をついた。

「ここ。入って」
「…お邪魔します」

俺を部屋へ押し込んで素早く周囲を見回す名前に断ると、ぎょっと目を見開かれた。
――いや、俺も自分らしくねぇなって思うけど。やっぱり、それなりに緊張はするわけで。

空気というか匂いというか、自分やあいつらとは全く違う雰囲気にそわそわする。
文机に書棚、物入れ、基本的な家具は同じなのにこうも変わるものなのか。

もしかしたら時間のせいもあるのかもしれない。だって夜に来るのは初めてだ。
名前の格好も室内の様子も寝る準備には入っていないようだが――…準備されてなくてよかったと思う。うん。

「はぁ……呆れた、本当に来たのね」
「待ってたくせに何言ってんだ」
「!! べ、別に、待ってなんか!」
「しー!馬鹿、声でけぇよ!!」

極力小声で注意すると名前は口を覆って一呼吸おいてから「待ってない」と言い直した。

プイと俺から顔を逸らしたその横顔は不機嫌を装っているが、それならどうしてあんなところにいたんだ。
ちゃんと確かめてないが、あの辺は名前の元々の部屋があった辺りだと思う。

それって部屋替えがあったことを知らない(と名前は思ってるはずだ)俺が、部屋を間違えないようにだろ?

俺のためにカムフラージュ用の着物まで用意して、こうして自分の部屋まで案内してくれるんだから、そんなのただの照れ隠しにしか聞こえない。

「…………ま、そう言いたいんなら構わねぇけど」
「そうよ、たまたまなんだから」

苦しい言い訳を続ける名前へと伸ばしかけた手を無意味に開閉させる。

まったく、本当にもどかしい。

手持ち無沙汰に自分の頭を掻きながら、目的を果たすべく控えめに彼女を呼んだ。

名前
「――なに?」
「…好きだ」
「っ、」

かすかに肩を跳ねさせて、徐々に頬を染めていた名前が視線を下げる。

「すげぇ好き」
「聞こえてるから、もう、いい」

口元に手の甲を当てるのは照れているときの癖なんだろうなと思いながら、それ以上何も言わない名前をじっと観察した。

「なあ」
「な、なによ、返事はまだ」
「あー、違う違う。その……条件を緩めて欲しいっていうか……」

せめて手助けのときくらいは、あの約束を解禁してほしい。
どうせ名前は“助けなんか必要ない”って言うんだろうけど、見てるだけってけっこうキツいんだ。

初日も越えられないなんて、と…さすがに呆れられたかと様子を伺えば、予想外に名前はどこかしゅんとして見えた。

「やっぱり、毎日なんて無理よね」
「…ん?」
「罠張り直すことになるだろうし」
「あ!な、お前、いつのまに」

名前の手にある紙片を見て素早く懐を探る。ない。
パタパタ装束をたたいても名前が持っているという事実に代わりはなく、わざわざ広げて見せつけてくれた。

「八左ヱ門の字じゃないみたいだけど」
「…勘右衛門と兵助の合作らしい。つーか俺が言ってるのは通いの方じゃなくて、」

図面を取り返すように手を伸ばす。
紙片を素通りして名前の手首を掴んだら、小さく息を呑んで俺の手を凝視した。

名前に触ってもいいかって…こっちのことだよ」
「………………」
「お前を助けるときだけ!な!?」
「本当に、それだけ?」

一瞬それ以上でもいいのかと思ったが、名前の表情は少し強張って見える。
また怖がらせたかもしれないと指を緩めたが、名前の手は俺の手のひらの上に力なく乗ったままだった。

「当たり前だろ」
「抱き締めたり…く、口付けたりは、駄目だからね」
「…………おお」

――それを上目遣いで言ってくるのはずるいんじゃないか?

今にも指先に力を込めて、引き寄せそうになるのを押さえ込む。
俺の手から名前の手がすべり抜けて行くのを感じながら、一応は自分の希望通りになったんだと言い聞かせた。

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