カラクリピエロ

『四い』、夜に来訪


鼻をつままれて起こされる気分は最悪だ。せっかくいい夢を見ていたような気がするのに。

私は目の前の喜八郎を睨みながら説教をたれていた。
寝ている人の鼻をつまんでいいのは、いびきがうるさい人に対してだけです。

「先輩のいびきがうるさくて」
「え…うそ…」
「嘘です」
「き、は、ち、ろ~!」
「やえてくあはい」

むぎゅ、と両頬をつまんでおしおき。
本当にいびきがうるさかったらどうしようかと思った。

「そういえば、どうしているの?立花先輩が作法委員は今日来ないって言ってたのに」
「行くなとは言われましたが、特に明確な理由がなかったので。迷惑でしたか?」
「そんなことないよ。あ、丁度いいから眠くなるまで話し相手に…………こら。明らかに面倒って顔しない」
「…………少し、待っててください」

表情を改めることなく小さな溜息をついて、喜八郎は保健室から出て行った。





「…あれ?」

ふと枕元を見ると薬を飲むときに使った椀に花が挿してある。
この花は見たことあるけれど、どこで見たんだったか…というか、誰がくれたんだろう。
綺麗というより可愛い雰囲気の花は見ていて和む。
寝てる間に来てくれたんだと思うと申し訳ない。同時に、それは寝顔見られてるのが確実ってことでちょっと恥ずかしい。

そう思いながら花を持ち上げた途端、スパンと音を立てて襖が開いた。
善法寺先輩がいたら軽く注意されそうな開け方だ。

「……滝夜叉丸、うるさい」
「なんだと喜八郎。そもそもお前がこの私を呼んだんだろうが!学年一優秀で美しく!戦輪を使わせれば右に出るものは居ないこの平滝夜叉丸を!」

なんだなんだ。
喜八郎は淡々と「うるさい」「うざい」「くどい」と合いの手(?)を入れているが、もう一人――滝夜叉丸の口は止まらない。

喜八郎に視線をやると、ふいと逸らされて「話し相手にどうぞ」と言われた。
つまり自分は話をするのが得意ではないから、私のためにわざわざ連れてきてくれたと。そういうこと?

別に喜八郎が私の話に相槌を打つんでもよかったのに。

「…そっか、ありがとう喜八郎。滝夜叉丸と仲良いんだね」
「同室ですから」

ぐだぐだぐだ、と続いていた滝夜叉丸の話が急にピタリと止まった。彼の視線は私の手元にそそがれている。

苗字先輩、それ少し見せていただいてもいいですか?」
「うん。知ってる?」
「もちろんですとも、この滝夜叉丸にかかれば植物の名称の一つや二つ朝飯前に――」
「よかった!どこで見たかわかる?」
「これは今の季節裏山と裏々山で見られる花ですね。今日見てきましたから確実です」

喋りは完全に滝夜叉丸に任せるつもりなのか、喜八郎はごそごそと持参したらしい課題(たぶん)を広げはじめた。

「裏山かー…」
苗字先輩のお怪我は学園内でしたよね?」
「ん。これはお見舞いで…滝は裏山で何してたの?」
「体育委員会の活動ですよ。七松先輩の思いつきにより裏々山までマラソンを…塹壕を掘りつつ…」

話すにつれて滝夜叉丸特有の生き生きした勢いが萎んでいく。
七松先輩といえば“怖い人”と認識したばかりだったので一方的な仲間意識が芽生えた。

「七松先輩ってちょっと人間離れしてるもんね…さっきなんて私担いだまま屋根まで跳んだんだよ」
「あー…はい、余裕でしょうね」
「あの身体能力についていくのは大変そうだねぇ」
「ええ、本当に。いけいけどんどんで暴走されると、お止めするのが難しくなります」

名前先輩、ここ教えてください」

「…喜八郎はほんとマイペースだね…私より滝夜叉丸に聞いたほうがわかりやすいんじゃない?同室ってことは同じ組でしょ?」
「確かにわかりやすいですが、余計な情報のほうが多くなるので嫌です」

本人を目の前にしてよく言えるなと感心してしまう。
滝夜叉丸も慣れているのか気にした様子はないし、やっぱり仲がいいんだろうなと思った。

喜八郎の発言をきっかけに、なぜか忍たま4年生の課題を見守ることになった。
滝夜叉丸も課題を持参していたようで、ぐだぐだトークを挟みながら課題を進めている。
喜八郎は滝夜叉丸のぐだぐだを拾って(これがまた的確だった)回答欄を埋めていた。

忍たまの課題を見られるのは新鮮だし喋り通しの滝夜叉丸はおもしろいけれど、ここまでして居てもらうのはなんだか申し訳ない。
滝夜叉丸は大分疲れているようだし、やっぱり部屋で休んだほうがいいと思う。

そんな旨のことを言えば、滝夜叉丸は「喜八郎次第で」と返してきた。

「一応、私を連れてきたのは喜八郎ですから」
「滝夜叉丸、うざい」
「私は頼まれごとにはしっかり応える人間なのだ!」
「まぁまぁ。喜八郎も部屋でしっかり寝たほうがいいよ。明日は実技あるんじゃなかったっけ?」
「…………では、これが終わったら帰ります」
「うん、そうして。二人とも楽しませてくれてありがとね」
「この平滝夜叉丸にかかればそれくらい容易ですとも!外見だけでなく話題の豊富さも素晴らしい私!頭の回転の速さはぐだぐだぐだぐだ」
名前先輩」
「うん?」
「僕がここに来る途中、久々知先輩とすれ違いましたよ」

滝夜叉丸の喋りを聞きながら喜八郎の課題を覗き込んでいたから、内容を瞬時には理解できなかった。

「く、久々知くん?」
「先輩寝てたので一応報告です…どうでもいいですが」
「ど…、どうでもよくないって!え、久々知くんが、こっちまで……?」
「久々知先輩といえば、体育委員会のほうにもいらっしゃってましたね。迷子の次屋を保護して連れてきてくださったのでとても助かりました」

絶妙なタイミングで話題に入ってくる滝夜叉丸からの追加情報に内心の動揺が濃くなった。

(すれ違ったからって他の場所によってたかもしれないし、そうそう、別に私のところに来たんじゃないって……)

誰からの贈り物かわからない花に目をやる。

裏山と裏々山で咲いてる花。
体育委員会、七松先輩、先輩を追った(らしい)久々知くん。
喜八郎と滝夜叉丸の目撃談。

頭の中を単語がぐるぐるまわる。

もしかして――もしかする?
少しは期待してもいい?

花に顔を寄せると、ほんのり甘い香りがした。

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