カラクリピエロ

素直になれない(7)


※竹谷視点





――どうにか線引きを改めてもらえないものか。
手助けもできないまま、咳き込む名前の様子を見守りながら考えていたら、途端に肩がずしりと重くなった。

「…八、ちょっと顔を貸せ」

俺の返事も聞かないうちから三郎は俺の首を持ち(ってのが一番しっくりくる)、引きずる勢いで雷蔵の方へ向かう。

「ちょ、ちょっと待て馬鹿!いてぇって!」
「三郎…それじゃ八が可哀想だよ」
「大丈夫だ」
「なんでお前が答えるんだ!」

放せと言う前に自分の部屋に押し込まれ、肩を組まれたまま腰を落とす。
いつの間に雷蔵まで拉致ったのか、俺たちは額を寄せ合うかたちで部屋の出入り口にしゃがみこんでいた。

「おい三郎…」
「八左ヱ門、お前…義理で付き合ってるわけじゃないのか?」
「何の話だよ」
「決まってるだろう――苗字名前の、」

三郎の口から飛び出た名前にハッとして、肩に乗っていた腕を外して立ち上がる。
勢いよく戸を引いて廊下へ出ると、名前は既にいなくなっていて、代わりのように長屋の屋根を眺めている兵助がいた。

「兵助、名前は!?ここにくのたまいたろ!?」
「ああ…さっきお前に伝言残して――おい、八!」

背中に兵助の声を受けながら屋根に上がる。目に見える範囲に桃色の装束は捉えられず、思わず舌打った。

もうくのたまの敷地まで帰っちまったのかと外側に降りてみる。そう長く時間を置いたわけでもないのに、名前の姿は見つからなかった。
くのたまだけが知ってる近道でもあるんだろうか。

「八左ヱ門、最後まで聞いていけよ」
「…兵助」

わざわざ追ってきてくれたらしい。
兵助は屋根の上から俺に向かって布――手ぬぐいを投げ、その場に座った。そこからかよ。

「“時間だから帰る、追ってきたら許さない”だとさ」
「許さないって…そこまで言うか!?」
「俺に言われてもな」

肩を竦める兵助を見上げながら、受け取った手ぬぐいを仕舞おうとして違和感を覚えた。
なんか、手触りが違うような気がする。

「――……八左ヱ門、それ…楽しいか?」

何度も手ぬぐいを撫で、匂いを嗅ぐ俺に問いかける声(若干引き気味)に曖昧に返しながら兵助の隣へ移動する。
とりあえず、これが俺のじゃないのはわかった。

「…追ってくんなって、なんでだよ」
「は?」
「悪い、なんでもない」

振り払うように首を振ると、カン、と鐘の音が聞こえた。

「そろそろ委員会始まるな」
「ああ……って!それでか!?」
「…いきなりなんだ」

鐘のあるほうを見ながら呟く兵助に相槌を打った途端、ひらめいてつい口に出す。
案の定兵助がこっちを見上げて眉間に皺を寄せた。

名前なりの“委員会頑張れ”ってことだと思うんだけど、どう思う?」
「あ? ああ、よかったな」
「…お前わかってねぇだろ」

明らかに噛みあってないのに笑顔で誤魔化す兵助につっこみながら、そういや三郎と雷蔵を放置したままだなというのを思い出していた。

三郎は何かを言いかけていたけど、結局なんだったんだろう。
それに、あいつが名前に何を吹き込んでくれたのかも気になる。

焔硝蔵へ行くという兵助と分かれて一旦部屋へ寄ると、机の上に書置きが残っていた。

――“委員会終了後に食堂。ただし、苗字名前は抜きで頼む”

「…心配しなくても名前誘ったことねぇし…」

独りごちながら、ふとそれを脳裏で繰り返す。

(誘ったこと、ないんだよな)

その割によく一緒に食事をしてる気がするのは、名前が俺を呼び寄せるからで――俺が先に食べてるときは隣に名前が来てくれるからだ。メニューに嫌いなものがあるときに限るけど。

特に逆らうでもなく、いつも従ってるからMだなんだって話になったんだろうか。思い返せば自分は随分と受動的な気がしてきた。

「…………もしかして…俺から動いたのって、今日が初めてか…?」

思わず声に出しながら唇に触れる。
パッと名前の顔と唇の感触とが脳裏に浮かび、芋づる式に抱き締めたときの反応だとか喘ぎ声、胸の柔らかさを思い出した。

「――竹谷先輩」
「うおわっ!?」
「あ、すみません、お取り込み中でしたか?」
「ななな何言ってんだ孫兵!お、俺は別にだな!」

反射的に飛びのいた俺はドクドク鳴る心臓を押さえ、戸口へと向き直る。
はあ、と気の抜けた相槌を返してくる孫兵は首元のジュンコを撫でながら「時間なので来ていただけますか」と短く言った。
そうだ、もう委員会の時間だ。

「すぐ行く。毒虫はお前に任せるけど一年は待機させといてくれ」
「? 竹谷先輩は」
「厠寄ってから」
「わかりました」

ではお先に、と軽く頭を下げて去って行く孫兵を追うように部屋から出る。

実際の感触ってのは妄想よりもはるかに強烈だと思いながら、あれがしばらくお預けだという事実に溜め息が漏れた。

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