カラクリピエロ

答46.おまけ

※実際に発生したらパラレル、冒頭だけ(セクハラ注意)
※久々知視点





朝、いつものように起きだして伸びをして、違和感に固まった。
────なぜか、胸がある。
自分は寝ぼけているんだな、そうに違いないと反射的に触れてみたら、柔らかくてあたたかい。
しかも“自分が”触られている感覚まである。

「…………あ?」

ふいにこぼれた声で咄嗟に口に手をやった。俺の声はこんなに高くない。
──というか、ここは、俺の部屋じゃないじゃないか。
明らかに空気や匂いが違う。でも居心地はいいというか、慣れ親しんだものというか…と、混乱しながら見渡してみて、くのたまの制服が目に入った。それから文机。

名前の部屋…だよな?)

なのに本人はいない。身体の異常も非常に気になったが、自分が彼女の部屋で目覚めたという事実にも動揺する。

とりあえず状況を把握しなければと立ち上がり、やはり胸の存在に顔が熱くなった。頭を振って下を見ないように気をつける。
ひとまず顔を洗おう、そうすればすっきりするに違いない。考えるのはそれからでも遅くないだろう。

そうして共用の井戸に向かった俺は、また目を見開く羽目になった。



+++



そっと足音を忍ばせて天井裏を移動する。
いつもと違う身体の感覚に戸惑わざるを得ない。目測と実際の移動距離に差違がでるからだ。
名前は俺より小さくて軽いうえに力もないんだから当然だけど、それを実際に体験するとは。
しかも──

(…………胸、が…………)

考えないようにしてるのに、どうしても気になる。だって揺れる。

「それどころじゃないだろ…」

なるべく声を出さないようにと思っていたにも関わらず、つい声が出た。
これにもまた違和感。よくよく聞けば名前の声だが、自分が発しているせいかいつもと違うように思う。

目的の場所へ到達し、様子を伺おうとして──盛大な叫び声を聞いた。どうやら遅かったようだ。

「なななな、なにしてんの勘右衛門!!」
「……はあ……?なにしてんのって……なに?熱でもあんの?」
「いやいやいやいや、どうして勘右衛門が」

そこまで聞いて、俺は部屋に飛び込んだ。
予想通り、俺の中には名前の魂(と言っていいものか)が入っているらしい。

「え!?名前!?嘘、全然気配しなかった…」

ばっちり目が覚めたらしい勘右衛門を一瞥して、口をぽかんと開けている俺──もとい、名前に近づく。

「わたしがいる…」
名前、落ち着いて聞いてくれ」
「……ほんもの?あ、触れる」

そっと声を忍ばせたのに、名前は俺の話を聞かずに手を伸ばしてきた。
そのまま無遠慮にぺたぺたと顔やら肩やらに触れ、わき腹を滑らせて腰を掴んでくる。

「ッ!?」

ゾクッと身体があわ立つ感覚に驚いて、反射的に口を覆った。
名前はまだ実感できてないのか(当たり前だけど)、今度は顔を両手で挟んでじっと観察するように覗き込む。
俺からは当然俺の顔が見える。鏡でもないのに、自分の顔が立体として目の前にあるのはなんとも微妙だ。

「あのさ、おれいるの忘れてない?」
「勘右衛門にも、私、見える?触れる?」
「は?」

名前は俺の肩を掴んで反転させると、怪訝な顔をする勘右衛門に無邪気に問いかけている。

──抵抗しようとしたのに。
全然敵わなかったことに愕然とした。

(今度から、もう少し力加減に気をつけよう…)
「兵助、寝ぼけるにしたってもうちょっとさぁ…なんか口調も変だし…やっぱ熱あるんじゃないの」
「久々知くん?あれ、そういえば久々知くんいない…?」
「!!」

しまった。
事情を説明しようと思ってここまで忍んできたのに、全然説明できないまま明らかに不自然な状況に陥ってしまった。

案の定、勘右衛門は眉根を寄せて見た目が俺の名前を見ている。

「──頭でも打った?」
「……言われてみれば、なんか、変かも……あれ、ない……しかも、硬い?」

今度は自身をぺたぺた触り始めた名前の肩を掴んでやめさせる。
きょとんとする自分の顔に複雑な気分を味わいながら、耳打ちするように近づいて「あのな」と切り出した。

「──ねえ」
「あ?」
「あんたさあ、だれ?」
「勘右衛門、今忙しいんだ。少し──」
名前じゃないだろ」
「っ、」

俺の背中側に居た勘右衛門は、俺の首に腕を回し、名前の肩に触れていた手を掴むと背中の方に回して押さえこむ。
ギリ、と力が増した手首が痛い。
勘右衛門が加減しているのはわかっているのに、なんでこんなに痛いんだ。

「変装にしてはよくできてるけど、中身全然似てないね」
「か、勘右衛門、痛い!見てるだけで痛い!やめて、私涙目になってるから!!」

──そんな事実知りたくなかった。
情けないことこの上ない。喉を押さえられているから声も出せず、ただ名前の叫びを耳に入れる。
当然勘右衛門の耳にも届いたであろう台詞に、勘右衛門がぴくりと反応したのがわかった。

「…わたし?」
「そう私!いくら夢でも自分の痛そうな顔見たくないから!」
「…………名前?」
「ん?なに?」
「………………これは誰?」
「えーと、もうひとりの私?あ、誰かの変装?」
「……………………声、低いね」
「夢だからかな」

変な夢だよねーと笑う俺(中身は名前)に絶句する勘右衛門が、もう駄目だ、と項垂れる俺の方を見たのがわかる。

秘密裏にどうにかしたかったのに、夢だと思い込んでいる(もしくは逃避している)名前の無邪気な返答は勘右衛門の疑惑を膨らませるだけだ。

勘右衛門は俺に声はかけないまま鏡を取り出すと、はい、と言いながらそれを名前に手渡した。

「………………え!?う、うそ!!」
「で、お前は結局誰なんだ?」

薄々感づいてるくせに、わざわざ尋ねてくる勘右衛門を見返すと、背後で大袈裟なくらい驚きの声があがった。

「ななな、なんで久々知くんが鏡の中に!?っていうか、あれ、これ私?私が久々知くん!?」

取り乱す自分の姿を呆然と見つめる俺。
あんな顔するんだな、とまるっきり他人事扱いで眺めていたら、勘右衛門が名前を呼んだ。

「か、かんえもん…痛い…」
「なにしてんだよ…」

頬をつねったらしい名前に、呆れ混じりに答える勘右衛門がいつもよりドライなのは見た目のせいなんだろうか。

「どうしよう、私…久々知くんになっちゃったよ…」
「じゃあこっちのは本物の名前の身体なのかな」

弱りきった表情の名前を微妙な顔で見つめる勘右衛門は、俺を指差しながら若干逃避気味に言った。
指を差すなと指摘したかったけれど、気持ちがわからないでもない。

名前は勘右衛門の言葉に反応してこっちに近づいてきたかと思えば、先程と同じようにおもむろに顔に触れ、髪に触れ、後ろから俺を抱え込み(なんだこの屈辱感)、肩口に顔を寄せた。

「っ、名前、何す──」
「……制服は私のみたい。顔とか、髪の感じもそっくりだし、体型も」
「うわっ」
「こらこらこらこら!兵助!!」
「いったあ!?なにすんの勘右衛門!!」
「あ、そうか名前──っておれからしたらそうじゃないんだって!!しかも兵助がその口調なのキモい!!」

見ないようにしていたのに。
名前の挙動に呆然として、指の動きでふにゃりと形を変える様をモロに見てしまった。

「…兵助」
「勘右衛門…俺、なんか泣きそうだ…」
「いやー…絶妙なアングル、とかじゃなくて?」
「それは名前自身も込みでこそだろ!」





なんか色々ごめんなさいな感じです。
勘右衛門は間違いなく巻き込まれ不運。


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